第81話 次は
寝起きの靄のかかった視界でリモコンを見つけ出し、テレビをつける。テレビは淡々と朝のニュースを流し始めた。
電気ケトルに水を入れ、マグカップにドリッパーを仕掛けて5分弱。ゆっくりとコーヒーをいれているうちに、意識がはっきりしてきた。
ここ数日は準備に忙しくしていたせいで、どうにもまだ眠たい。もう一眠り。そう思った時だった。
テレビに緊急速報のテロップとそれを知らせる音が流れた。地震かと身構えたが、どうやら様子が違う。
"攻略チームが新宿ダンジョンを完全攻略。異世界へ"
昨晩のうちにクリアするかと思ったが、待てども待てども。攻略チームは手こずっていた。最後までどれだけの人がライブ配信を観ていたか知らないが、今日の日本列島は寝不足だろう。
テレビのチャンネルを変えても話題は同じ。事前に用意していたのか、攻略チームの特番が流れている局もあった。勿論、戦闘シーンはひたすらエジンがモンスターを一刀両断するばかりだ。
さて、こうなったらゆっくりもしていられない。俺には俺でやることがある。コーヒーを飲み干し、腰を上げた。
#######
「本当に大丈夫なんですかねぇ?」
富沢は額の汗を拭いながら心配そうに呟いた。カオスサーガの拠点はダンジョンの中なので一年中快適な気温の筈だが、富沢は別らしい。
「大丈夫だ。奴に渡す前に検証は済ませてある。マジックポーチが破けて中のモノが全部ばら撒かれるだけで、機能としては問題ない」
「ほほほ。それは怒られそうですねぇ」
「奴には賞金3億渡したからな。文句は言わせない」
「落武者チャンネルは大丈夫なんですかねぇ?」
「その辺は和久津と五条に任せてある。再生回数が落ちたらペナルティーだ!と脅してあるから大丈夫だろう。動画のネタに悩んだ場合は富沢に連絡するように言ってある。適当に珍しい魔道具やスキルオーブを渡してくれ。それだけで当分の間はネタに困らない」
「分かりました。使い所に困っていた魔道具が沢山あるので問題ないです」
「カオスサーガはお前に任せる。権田の姿で現れるのも面倒になってきていたところだ。権田はサーカスに囚われたことにしよう」
「ほほほ!またサーカスはヘイトを稼ぎますねぇ」
「ああ、奴等には足を向けて寝られないな」
「……そろそろ行きますか?」
「ああ。見送りはいらないぞ」
#######
"はいってまーすうう"
ドアをノックしても返ってくるのはやる気のない声。金髪女から借りた合鍵でドアを開けると、布団の中から頭だけ出した目々野だ。
「な、なんで、ボス」
「久しぶりだな。目々野。ダラダラしてたか?」
「ダラダラですようう」
「そうか、良かったな」
「今日はなんの用ですうう?」
「ちょっと葛籠をな。上がるぞ」
目々野の部屋には布団と葛籠しかない。ある意味ストイックだ。
「ボス、葛籠に入るんですかあ?」
「ああそうだ。よく分かったな」
「実は僕も考えていたんですようう。葛籠に入ったらもっとダラダラ出来るんじゃないかって」
「それはどうだろうな。今度教えてやる」
「お願いしますようう。ボス」
葛籠の蓋を開けると、人間がすっぽり入っても余りある空間だ。一応、声を掛けておくか。
「黛、いるか?」
「いる」
いつも通り全身真っ黒の黛がふっと姿を現した。大鎌を持っていないのは幸いだ。
「これから出掛ける予定だ。黛も来るか?」
「いく」
「どんな所かわからないぞ?」
「平気」
「いいのか?」
「いい」
黛を抱き上げて葛籠に入り、身体を丸める。
「目々野、頼みがある」
「無理ですようう」
「そう言うな。頼む。蓋を閉めてくれないか?」
さんざん勿体ぶった後、ごそごそと布団から這い出る音がして、視界が暗転した。目々野はしっかりと役目を果たしたようだ。
葛籠が発光し始め、黛がぎゅっと身体を強張らせた。眠りに落ちる直前のように意識が虚ろになる。そろそろだな。
次は異世界だ。
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