第32話 おとりよせ

「何ですか?パイセン。一緒にダンジョンだなんて珍しい。最初の頃に行ったきりだったのに」


俺に呼び出された和久津は新宿ダンジョン入口の待機所でコーヒーを飲んでいた。ニット帽を被っているのでそこそこのイケメンに見える。


「少し1人では行き詰まってな」


「今は第8階層でしたっけ?確かにソロだと時間かかるかもですねえ」


「うむ。やはり良い絵を撮るには囮が必要だと気が付いたんだ」


「えっ?なんて言いました?」


「お、と、り」


「ちょ、なんで囮なんて単語が出てくるんですか?良い絵ってなんです?」


「和久津には囮としてモンスターを釣って貰おうかと思ってな」


「パイセン!冗談はやめて下さいよー」


「よく見ろ。これが冗談を言っている人間の顔か?」


「い、痛い!お腹痛い!パイセン今日は体調悪いので帰ります!」


「大丈夫。腹痛には囮が1番なんだ。俺の田舎では常識だぞ」


「パイセンの実家は東京じゃないですか!」


「いいからこれを着て準備しろ。和久津」


俺はマジックポーチから甲冑を取り出して和久津の前にどんどん積み重ねていく。


「えっ、いや何ですかこれ!」


「甲冑だ。今日、和久津には落武者役をやって貰う。ちゃんと折れた矢も準備しているから心配いらないぞ」


「ごめんなさい。全然話が見えないっす」


「察しが悪いな。和久津が落武者の格好をしてダンジョンを徘徊する。モンスターが和久津を見つけて襲い掛かる。そこを俺がビデオに収める」


「いやいやいやいや!それの何が面白いんですか?」


「はぁ」


「なんで溜息!」


「和久津、俺はお前をスターにしてやる。約束する。だから今日は黙って俺の言うことを聞いてくれ」


「……パイセン。自分のためにそこまで考えてくれてたんすね。ってやんないすっよ!」


「和久津。これは国で決まったことなんだ」


「どこのですか!」


「大丈夫だ。和久津を危ない目には遭わせることはしない。神に誓って!」


「パイセンの神様が一番信用ならないっす!」


今日の和久津はなかなか手強い。一度場所を変えよう。


「周りを見てみろ。お前が騒ぐからみんなびっくりしているぞ。とりあえずダンジョンに行くぞ。続きは行ってからだ」


俺は会話を切り上げて和久津をダンジョンに連れて行くことにした。しっかり首根っこを掴んでいるので逃亡の恐れはない。

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