第79話 シナリオにないメイジ(2)

『隣のメグワール学園の訓練用メイジの1つが乗っ取られ、こちらへ向かって来ています。お客様の皆様におかれては、至急反対側の出口より避難してください。繰り返します‥』


私がデパートをあてもなくふらふら歩いていると、突然このようなアナウンスが鳴り響いた。同時に、地響きが少しずつ大きくなってくる。


「え、ええっ!?」


もしかしなくても非常事態である。メイジは仮にも軍事兵器であり、いくら訓練用のものであっても、このように軍事的に無防備な施設にはひとたまりもないのだ。周りの人達がすぐさま、走りだした。しかしすぐに、1階の方からまた悲鳴が聞こえた。

私は他の客に紛れて1階へ向かうエスカレーターを下りていたのだが、途中で係員が制止し、下へ下りるなと言われた。それでも何人かが係員を無理やり押しのけて下へ駆けていったのだが、吹き抜けから覗く限り、下の階は客でぎゅうぎゅうになっており簡単にはおりれるものではないと私は悟った。ここは3階だ。

しばらくたって、またアナウンスが流れた。


『皆様、落ち着いてください。皆様、落ち着いてください。係員の指示を聞いて、落ち着いた行動をお願いします』


同時に、エスカレーター周辺の吹き抜けを通して下の階から怒号が鳴り響いた。


「おい!出口が開けられないってどういうことだ!」

「私たち、どこから出ればいいの!」


話を聞く限り、1階と地下の出口が全て鍵がかかったように開けられなくなったようだ。そんなことがあるかと思ったが、周りの様子を見る限り事実らしい。どうりで1階と2階の人が減らないわけた。


「どうしよう‥」


私はふらりと3階の無人の廊下に入って、壁にもたれた。

暴走したメイジが、もうすぐここへ向かってくる。下手すれば死傷者が出る。私も死ぬかもしれない。


<こんなメイジ、シナリオにないわ‥>


ふと、頭の中からアリサの声が聞こえた。私は周りの様子を一通り確認してから、小さい声でつぶやくように尋ねた。


「聖女様、私たちどうなるんですか?」

<分かりません、シナリオにないんです>

「‥‥?そのシナリオとは何ですか?」

<‥‥あっ>


アリサは少し沈黙した後、ごまかした。


<こっちの話です、気にしないでください>

「‥‥分かりました」


少し不審には思ったものの、私はうなずいた。アリサの声はそれからしばらく聞こえず、私はただ呆然と、地響きと騒ぐ民衆たちの様子を、吹き抜けの廊下の柵に捕まって眺めていたが、そのうちにひとつ考えた。


「聖女様」

<‥どうしましたか?>

「私の魔法で何とかなりませんか?せめてドアを壊して助けられるかなって」

<やめてください>


アリサの答えは、私にとってあまりにも意外だった。


<ここで魔法を使わないでください。あなたの力が学園内のみならず、広く知れ渡ります>


私は目を大きく見開いて、そして首を傾げた。


「‥‥?どうして知れ渡ったらいけないんですか?」

<‥‥知れ渡ると、都合の悪いことが起きます>

「そのことと人命は天秤にかけられないでしょう」

<それは‥‥そうですが‥‥>


アリサの声は急にしおらしくなった。少なくとも人を助ける立場である聖女の言葉とは到底思えないのだが、アリサは本気で私に魔法を使ってほしくないのだろうか。ますます困惑する。

ふと、私のすぐ近くに誰かが寄ってきた気配がして、振り向くとローラだった。


「‥ローラ先輩、まだいたんですか」

「はい。大変なことになりました」


ローラは不安そうにおろおろしている様子だった。いくら先輩とはいえ、見た目は私やハンナより年下だ。私はもとより困っているハンナを放っておけないような性格だ。そのハンナと見た目がよく似ていて、しかも幼く見える人が目の前にいる。私はこの子を、じゃない、ローラ先輩を助けたい。


「私、1階行ってドアを壊してきます」

「無理です」


先程まで慌てていた様子のローラは、私と会って少し落ち着きを取り戻したのか、きっぱり否定した。


「ドアや壁は盗難防止も兼ねて、並の人間の魔力では壊せないようになっているはずです」

「そこは多分なんとかなります」


私はこれでも、約281メガトンの物体を持ち上げたり、魔法を使うたび周囲を驚かせてきたり、こうして伝説の聖女と会話する機会も得られた。昨日伝説の聖女に言われたことが本当なら、私はもしかしたらそれを壊せるかもしれない。

しかしローラは、また首を振った。


「それに、1階は人込みでおしくらまんじゅうのようになっていて、まずドアまでたどり着けるか分かりません」

「あっ‥‥」


確かに言われてみればそのとおりだ。仮に私の魔力が強いとしても、それは避けて通れない。まさか道を作るために、他の客に暴力を振るうわけにも行かない。


「‥‥どうしましょう」


私が困ったようにそっぽを向くと、ローラは言い放った。


「壊すんです」

「はい?」

「メイジを壊すんです」

「えっ?で、でもメイジは1人の魔法程度で壊れるものでは‥」

「大丈夫です。方法はあります。私が指示した通りに魔法を使ってください」


そうローラが言い終わると同時に、建物全体を揺らすような大きな爆発音が響いた。轟音、地鳴りとともに多数の破片が、広大なデパートの中を舞った。私はその粉塵を結界を張ってしのいだが、何より地響きが大きすぎる。建物が壊れそうなほどの揺れだ。

見上げると、向かいにある壁がすっかり取り除かれて、星空のもとでメイジが上半身をあらわにしていた。そしてその片足が大きく後ろへ遠ざかったかと思うと、また轟くような地響きが巨大な建物全体を揺らした。壁が大量の粉塵となって、そこからメイジの脚が現れた。キックで壁を壊したようである。

轟音に負けないように、1階から、2階から、民衆の悲鳴があがった。


「‥‥分かりました」


私はローラに返事した。もう四の五の言ってられない。


<やめてください!魔法を使わず、逃げてください!>


頭の中でアリサの声が鳴り響くが、私は黙って首を横に振った。そして、ローラに尋ねた。


「ローラ先輩、私に指示を下さい」


◆ ◆ ◆


メイジの足音は、当然ハンナやレイナのいる206の部屋でも響いていた。戦車や別のメイジが一応は待機しているが、命令待ちなのか身動きできていない状態だった。敵のメイジが、市民の多くいる商業施設にぺったりくっついてしまったせいだろう。メイジの背中にはいくつかの大きな銃痕があるが、メイジを止めるには至らなかった。


「だ、大丈夫でございますか‥‥」


ハンナもレイナも窓に張り付いて、向こうの様子を見ている。ハンナがそう、ぼそりとつぶやくと、レイナは急にスマートコンを取り出し、電話をかけて叫んだ。


「ユマ!どこにいるの?」


しかしその時点では、まだユマからの応答はなく電話のかかっている状態ではなかった。レイナは改めて、まだ通話が始まっていないことを画面で確認して、大きく深呼吸した。

しばらくして、応答があった。レイナは画面の変化を見るなり、すぐにそれをぶつけるように耳に当てた。


「‥どうしたの、レイナ」

「ユマ、今どこにいるの?」

「寮の近くのデパートだよ、今メイジで大変なことになってる」


レイナは言葉を失って、スマートコンを窓枠に軽く叩きつけた。


「‥‥ユマ、あの中にいるって」

「え‥ええっ!?」


ハンナはあわてて窓を開けたが、それをレイナはすぐにぴしゃっと閉めた。


「開けではだめ、火の粉が飛ぶわ」

「それはそうでございますが‥」


ハンナはそう言うとうつむいて、力なく窓枠から手を離した。

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