第69話 声と話した(2)
「望ましくないこと‥?」
<はい、平和に対する挑戦です>
「戦争ですか?戦争なら何百年も前から続いてて‥‥」
<はい>
そう答えるアリサの顔は、悲しそうだった。だが、まっすぐ前にいる私を見つめていた。
<その戦争が、まもなくターニングポイントを迎えます。これから遠くない数年のうちに、あなたとカタリナは大きな転機を迎えます。その時に少しでもお力になりたく、私はこの時期を選んで過去からとんできました>
「とんできましたって、タイムスリップしたんですか?」
タイムスリップは今現在も想像上の魔法だ。何度か研究はされているものの、いまだ実用化には至っていない。
しかし、アリサは首を振った。
<いいえ、タイムスリップではなくもっと別の方法です。‥‥そんなことよりも、差し出がましいお願いではありますが>
「えっ?」
<あなたはカタリナを‥‥いいえ、この世界を救うために、さらに強くならなければいけません。残された時間はわずかです。私がサポートしますから‥‥魔法の勉強をしてほしいです>
そんなこと、急に言われても。第一、私は目の前にいるアリサが本物のアリサであるかすら分からないし、信頼もしていない。突然こんなことを言われても困惑する。
だが‥アリサの言葉の中で、ひとつ、気にかかることがあった。
「お姉さんを救うって‥どういうことですか?私がいないとお姉さんは‥どうなるんですか?」
<死にます>
「‥‥えっ?」
<戦死します。カタリナはあなたがいないと死ぬ運命です>
アリサは、いともたやすく、まるで知っているかのように、私の最愛の人の運命を手短に答えた。それが私には悔しく、苛ついてくるものだったが、感情を押し殺して少し目をそらした。
「‥‥そうですか」
<‥‥まだ私の話に納得していないようですね>
図星だった。目の前にいるのが本物の聖女である可能性が少しでもあるかと思うと、私はその責めるような言葉に肩を震わせた。
「い、いえ、納得しています」
<‥‥できれば明日からでも、魔法の勉強をしてほしいです。あなたが納得できればいいのですが>
アリサはやはり、私の本心を見透かしているようだった。アリサが本当に私自身だとしたら、私と心や記憶を共有していてもおかしくない。
「‥‥魔法なら学園で勉強していますが」
<授業で教わる魔法は、初歩的なものです。あれではあなた1人の魔力で戦争には勝てません>
「‥えっ?」
今日は何度も驚くことばかりだったが、私はまた、アリサの言葉を疑った。
「そ、そりゃ、あの、でも先輩たちは実践的な魔法も教わっていると聞きますし」
<あれくらい、私から見ればすべて初歩的なものです>
「戦争は1人だけでやるものではないですから‥‥」
<いいえ、あなたとカタリナの2人だけで、この何百年も続いた戦争を終わらせることができます。あなたたちには、それだけの力があります。力を発揮するためには、授業で聞くような魔法では不十分です。あなたはさらに勉強しなければいけません>
「で、でも‥」
<そろそろハンナが帰ってきます。では‥無理強いはしませんが、カタリナを死から救いたい、戦争を終わらせたいと思ったら‥いつでも私を呼び出してください>
窓にうつるアリサの体が少しずつ薄くなっていく。
「あっ、待って‥」
私は声をかけたが、アリサはにっこりと笑顔を私に見せて、そのまま消えた。
窓には、代わりに私の不安そうな顔がうつっていた。
そして、後方のドアが開いてハンナが顔を出しているところもうつっていた。私は振り返った。
「ユマさま、まだこちらにいらしていたのですね」
「あ‥うん」
私は複雑な気持ちで、ハンナにぎこちなく答えた。とりあえず、私がアリサと話していたことに、ハンナは気付いていないようだ。
「?様子がおかしいようですが、何かあったのでしょうか?」
「い、いや、何でもないよ、お風呂行こ」
「‥はい」
ハンナは安心したかのようにほっと息をなでおろした。
◆ ◆ ◆
一通り入浴を終わらせて、私はハンナ・アユミと3人でレストランに戻った。アリサのことは話さなかった。
レストランに戻ると、テンガの勝負ももう終盤だった。22時を回ったところだが、1時間以上入浴している間にいくつかのチームが連続でヘマをやったらしく、予定より早く進んでいるようだ。
酒肴として見ている分にはいいのだが、さすがに1時間2時間も続くと飽きる。いや、勝負よりも先輩との交流のほうがメインだろう。スタッフもそれを分かっていて夕食を入れたり、途中退場OKにしたりしているとは思うが、拘束時間が長すぎることは解消できていない。このゲーム、来年はないだろう。去年もあったか?
テーブルに座った私は、同じく横に座っているハンナに、ふと話しかけた。
「ハンナ」
「はい、どうなされましたか、ユマさま?」
「アリサに会ったことあるでしょ、どんな人だった?」
「‥はい?」
ハンナがキョトンとしたので、私もはっと気付いた。
「アリサさまとは、どなたですか‥?」
「あっ、何でもない、忘れて」
「はあ‥」
私は慌てて取り繕った。
そもそもアリサは2000年も前の人物だ。会っているはずがない。それなのに、私は一瞬でも、ハンナはアリサと面識があると思ってしまった。どうしたのだろう、私は疲れているのだろうか。
「何話してんの?」
クレアがハンナの横の椅子で足を組んで、私たちに尋ねた。
「ううん、ちょっと質問間違えただけ」
「ふうん」
クレアはどこか気乗りしない様子だった。私と目を合わせていると言うより、ぼんやりしている感じがした。
「どうしたの、クレア?」
「懐かしい名前を聞いた気がして‥‥あっ」
クレアは我に返ったのか、声を出して背にもたれた。
「ラジカさま、大丈夫でございますか?ご入浴など、お済みになりましたか?」
「いや、あたしは‥大丈夫」
クレアは髪の毛をかきながら答えた。
気遣うニナに対するクレアの返答にどこか違和感を持ったが、それをうまく言葉に出来ない。
何だろう。このもやもやは、何だろう。
◆ ◆ ◆
控室の入り口のカーテンが開き、また閉まった。
「‥‥何?」
テーブルの上の看板は、もうすっかり整理されていた。カタリナは、ほとんど物のないテーブルの上で、書類仕事をしていた。
「何してんの」
セレナはテーブルの椅子を乱暴に引いて、ぼさっと座った。
「さっきのキューブの始末書を書いてるのよ。万有引力の話が教官に伝わったら大変だから、事前に予防しないと。スタッフには、この件の説明は全部わたしがやるから教官から何を聞かれても必ず私を通して話すようにって言っといたわ」
「ふうん、生徒会長も大変だね」
セレナはぶっきらぼうに天井を見た。旧レストランの会場全体が1階と2階の吹き抜けのようになっていて、天井は遠い。木造りを思わせる、模様の入った茶色の金属の天井が、照明をにぶく反射している。
「‥‥ユマのこと、まだ怒ってるの?」
カタリナが突然尋ねた。
「‥正確に言うと、うちは命が惜しいんだよ」
「えっ?」
カタリナは書類を進める手を止め、顔を上げてセレナを見た。セレナは椅子の腰掛けるところに手を当て、体をカタリナに近づけた。
「今日、またユマに何かやろうと思ってるんでしょ?」
「‥‥思ってるわ」
カタリナは、目を細めてセレナから視線をそらした。セレナは「はぁぁあ‥‥」と大きくため息をついた。
「風呂は入った?」
「まだよ、これがあとちょっとで終わるから、その時に入るわ」
「じゃあ、待つ」
セレナはそう言うと、腕を組んで椅子に座り直した。
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