第43話 同級生と話した

話を聞く限りだと、宝探しが始まってまだ1時間も経っていないのに、相手のチームはすでに何人かの先輩と遭遇していたようだ。


「すごいね、まだ先輩と出会ってないなんて」

「はは‥」


私は箸で挟んだおにぎりを口に運びながら苦笑いした。すべて、カタリナから逃げるための工夫が功を奏したのである。とにかく目立たないように、足音を殺しながらとにかく隠れた。それでもカタリナには見つかる可能性があるのだが、少なくとも、並の能力を持った他の先輩たちはやり過ごせたということか。


「私たちはポイントを稼ぐために先輩がいそうなところを探したけど、どの先輩も強くて怖かった‥」

「うん、ユマさんを少し強くした感じだったな」


そうやって同級生たちが談笑しているが、当たり前だ。私ごときが先輩に勝てるはずなどない。ひとつ上の先輩を凌駕するほどの生徒は珍しい。今回の宝探しでも、先輩たちはそれをわかって手加減しているのだろう。おそらく本気になった先輩に、私はかなわない。


「大丈夫でございますか、ユマさま」


隣りにいたハンナが、下から私の顔を覗き見た。エルフの長い耳、月の光に照らされて輝く白い髪につぶらな瞳が、私の視界に入ってくる。私は口角を上げて、笑顔を作った。


「ハンナ」


ハンナには弱みを見せられない。私は顔を上げて、食べ物を口に入れた。


「どんな先輩がいんの」


クレアが食べ物を飲み終えて質問した。クレアのぼさっとした感じに慣れているのか、同級生たちはすぐに答えた。


「んーとね、さっきみたいに戦わなければいけない先輩もいるけど、カードゲームや、我慢比べなどがメインだったかな」

「なるほど、それならわいらでも勝てるということか」

「いや、それが結構むずいんだよ。カードには火がついていて触ると熱いし燃えてなくなるし、我慢比べも10分息を止めるという、下手すれば死ぬレベルだったよ」


まさに過酷である。


「それって技力と魔力を組み合わせるのが前提だったんじゃないか?」


3人組のうちの男の子がそう尋ねると、他の2人も「‥‥うん」と力なくうなずいた。


「魔力クラスの人も誘えばよかったかもね。そのぶん、ユマさんたちはいいと思うよ。魔力が2人、技力が1人いてちょうどよいバランスだと思う」

「そうかな」


私は横にいるハンナ、クレアをちらちらと見て、かすかに笑った。


◆ ◆ ◆


「学年1位であるユマさまとご一緒でうらやましいと言われました」


3人の同級生たちが立ち去った後、私がクレアと一緒にシートについたごみを払っているところでハンナが横から言ってきた。


「わえも頼りにしている」


ペンライトをあててシートを小さいボールに変えたクレアも、じっとこちらを見てきた。クレアは目つきが悪いので、まるでヤクザにガンとばされているようで苦手だ。ハンナならすぐ逃げ出すと思うし、現にハンナはそうしてきたから気持ちも分かる。


「じゃあ、お姉さんに見つかる前に早く隠れよう。ポイントは諦める」

「そうでございますね」


そうして、私、ハンナ、クレアはそそくさと茂みに身を包んだ。

風で葉が揺れる音、遠くで先輩と同級生が何かやりあっている音を聞きながら、私たちはひたすら時間の経過を待った。

それから何十分が経過しただろうか。ハンナは眠くなったのか、うとうとしては、はっと目を覚ましてを繰り返していた。


「ハンナ、寝ちゃっていいよ。私が見張るから」

「いいえ、ユマさまに負担はかけられません‥」


ハンナは頬をつねった。あくまで起きていたいようだ。


「‥それに、こうしてユマさまの隣にいられるのが幸せですから‥‥」

「‥あっ」


ハンナは私にわからないような小さい声でつぶやいたつもりだったが、しっかり聞こえていた。私は思わず声を出してしまったが、すぐに聞こえないふりをして、茂みの隙間から外の景色を見張ることに集中した。

言われてみれば、私は狭いところでずっとハンナとくっついている。それに気付いたときには少しばかりの羞恥心が襲ってきたが、「‥うん」とすぐに気持ちを落ち着かせた。ハンナから体を離すことは特に考えなかった。

と、大きな轟音とともに地響きが始まった。地面が縦揺れを断続的に繰り返す。巨体が歩いているようだった。


「な、何事でございますか」


ハンナも目が覚めたのか、隙間を必死に見つめていた。違う、後ろからだ。

振り返って、反対側の隙間に目を当てた。大きな岩で出来た巨大なゴーレムが、街灯に照らされてのっしのっしと地面を揺らしながらこちらに向かってきていた。

肩に誰かーー先輩が立っている。その先輩がメガホンを持って、叫んだ。


「例年、茂みに隠れて先輩を不意打ちしようとする不届き者がいるんだ。そこに人が隠れていたことは、蛇の人から報告があがっている。もういないかもしれないが、念のため忠告しよう。僕はこれからその茂みを踏み潰す。死にたくなければ茂みから出るんだ」


男の、旧レストランの会場で会ったカシスの声だった。先程の爽やかでどこか頼りない印象はどこへやら、実力を背景に、しっかりと相手を脅して追い詰める、そういう雰囲気の男に変わっていた。


「ユマさま」

「出よう、ハンナ。みんなは私が守る」


私たちは茂みを出て、ゴーレムと対峙した。


「ああ、誰かと思えばあなたたちか」


カシスはぴょんとゴーレムから飛び降りた。5メートルくらいの高さはあるゴーレムから、軽やかに飛び降りた。月は重力が弱いせいもあるかもしれないが、それでも私たちにとっては十分インパクトが大きかった。


「改めて、僕はカシス・デドラ。不届き者は退治するよ。あっ、そうだ、見て」


そうやってカシスがゴーレムに何か呪文をかけると、ゴーレムの胴体にぱかっといくつもの穴があいて、そこから何人もの人間が顔を出した。よく見ると同級生たちだ。


「あのゴーレムの中には、僕に負けて捕まった人たちが入っているんだよ。さっと20人は超えたかな。僕との勝負に勝ったら、あなたたちだけでなくこの人たちにも1ポイント配るよ。つまり、僕には勝つ自信があるってわけ」


いかにも強そうだ。ゴーレムに捕まった人たちが、口々に「助けて」「怖い」と言っているのが分かる。その音を一通り垂れ流した後、カシスがばちんと指を鳴らしたらゴーレムの胴体の窓が次々と埋まり、中の人達は見えなくなった。


「どういたします、ユマさま‥」


私の隣りにいるハンナは、震えている様子だった。クレアはすました顔をしているが、その実、怖がっているのだろうか。暗闇の中ではよく分からない。

左右をひと通り見て、そして私は前をまっすぐ見た。


「戦うよ」


ハンナが不安そうに、追加の質問をしてきた。


「勝てるのでございますか‥?」

「後で話す」


もしかしたら私は、チャンスを手にしたかもしれない。あのゴーレムは見たところ、並の同級生ではかなわないだろう。現に20人以上も捕まっている。1学年が技力30人、魔力30人の60名なので、3分の1がここで捕まった計算だ。もう力のある人は残っていないだろうし、ここでゴーレムに負けてあの胴体の中に捕まったら、そのまま宝探しが終わるまでカタリナと戦うことなくやり過ごせるかもしれない。


「ユマさま‥」

「分かった、そういうことね」


ハンナの隣りにいるクレアも私の意図を読み取ったのかいないのか、顔に不気味な笑みを浮かべている。ここで負けることで、目的は達成できる。


「作戦は無し!とにかく殴ってかかるよ!」

「えっ?えっ!?」

「わかった」


困惑するハンナをよそに、私とクレアはゴーレムに向かって駆け出した。


「邪魔するな!」


突如、横からツタが飛んできて、私たちのダッシュを阻んだ。

木の影から月の照らされる場所へ姿を現してみせたのは、漆黒の髪の毛を生やしたヤストだった。

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