第42話 同級生を助けた
最初から私は、とにかくカタリナを意識していた。
個人差もあるが技力が高い人は、どれだけ小さな音でも見逃さず、自分の足音や気配を消すのも上手く、戦闘向きの体質といえる。そして今は夜の森だ。暗闇のどこかに‥私たちのすぐ後ろにいてもおかしくない。
ハンナは白髪で、夜の森だと目立つから黒い帽子をかぶらせている。私が先輩に頼み込んで寮に戻って取ってきた帽子なのだが、それをかぶるときのハンナは少し頬を赤らめていた。
「もっと背を屈めて」
「は、はい」
森には整備された道が存在するが、私たちはもちろん使わない。雑草に囲まれた獣道のようなものを、私たちは体を雑草より低くして通った。
「!!」
少し物音がしたと思ってばっと真上を見たが、風で木の葉がこすれ合う音だった。
「大丈夫でございますか、ユマさま?」
「大丈夫だよ。絶対お姉さんに見つからずにやり過ごすから」
私がそう答えた瞬間、向こう側から衝突音が聞こえた。
私、ハンナ、クレアは足音を立てないように茂みに潜り込んで、隙間から音の発生した場所を覗いた。
「いやあああああ」
「助けてえええ!!!」
私たちの同級生の4年生たちが、大きな蛇に全身を巻かれて身動きが取れなくなっているところだった。
「脱出しろ、それが俺からポイントをもらう条件なんだな」
先輩らしき少年が腕を組んでいるのも見える。
「くうう、うううっ‥」
「いやっ、苦しい‥」
4年生たちは相当に体を圧迫されているようで、苦しんでいるようだった。蛇は蛇でもあれほどの巨体を後輩にどうにかしろというのも残酷な話である。
「いかがいたしますか、助けますか?」
ハンナがこそっと私に耳打ちするのだが、私は即答できなかった。
「‥助けたところで、目立つことをしたらお姉さんに見つかっちゃう‥」
「ユマさま」
ハンナは少し間を置いた。
「ユマさま、肩の力を抜いてください」
「ハンナ‥」
私は少しカタリナのことを気にしすぎたかもしれない。カタリナのことはまだ気になるが、気にしすぎてその他のことに注意が向かなくなれば本末転倒だ。
「‥うん、ありがとう。今はいったん忘れる。助けに行こう」
まだカタリナのことは怖いと思っている。今飛び出すのも、カタリナに見つかる材料を与えてしまうので怖い。でも目の前に困っている人がいて、何もしないよりはしたほうがいい。
「ありがとうございます、ユマさま」
「うん、クレアも大丈夫?」
クレアは黙ってうなずいた。
「‥うん。じゃあ、いったん様子見て作戦考えよう」
無策で飛び出すわけには行かない。私たちもあの3人のように蛇に捕まる可能性がある。理想は、さっと助けてさっと隠れることだ。都合よく、今隠れている茂みは姿を隠すのに長けている。あの3人を助けた後は、時間が来るまでここでやり過ごそう。
「見たところ、あの3人は全員技力クラスじゃない?魔法を使えばなんとかなりそう」
私が問いかけると、ハンナも驚いて何度かうなずいた。私とハンナは魔法クラス、クレアは技力クラスだ。
「確かに‥そのとおりでございます」
「あの蛇は、ホンパルという種類」
クレアが小さい声でつぶやき出した。
「ホンパルは月の極西地方を中心に生息し、火に弱い。火の魔法を使えばよい」
「クレア、物知りだね」
「‥‥ありがとう」
クレアは私から視線をそむけて、お礼を言った。
「‥というわけでハンナ、火の魔法は使える?」
「はい、使えます。ユマさまは?」
「もちろん、私も使えるよ」
カタリナより圧倒的に弱いとはいえ、私はこれでも魔法の成績は学年1位だ。ここで遅れを取るわけにはいかない。そしてさっさと終わらせてカタリナに見つかる前に隠れよう。
「あの人達を助けたら、またすぐここに隠れるよ。宝探しが終わるまでここに隠れてお姉さんをやり過ごす」
「わかりました」
「いち、に、さんで出るよ」
「はい」
「いち、に、さん‥!」
私、ハンナ、クレアは一斉に立ち上がって、茂みから姿を現した。
「!!」
「なっ!?」
蛇に捕まった生徒、そして先輩が驚く間もなく、私とハンナは手に魔力を集めた。
「ああああ!!」
雄叫びとともに、ハンナの手から少しばかりの、そして私の手から大きな火の柱が放たれる。
火の柱が蛇の足を包み、蛇は唸り声を出しながら暴れ始めた。蛇がショックで生徒たちを強く締め付け始めた。
「ユマさま、生徒たちが!」
「わかってる」
「ここはわえが」
クレアが私の隣をすっと通り過ぎたかと思うと、ぴょんと飛び跳ねて、蛇の巻いている部分に一蹴り食らわせた。突如として蛇の締め付けがゆるくなって、捕まっていた3人はぼとりぼとりと地面に落ちていった。
「クレア、すごいね」
「‥別に。弱点が見えたから」
クレアは技力のクラスだ。私が褒めたが、クレアはそっぽを向いているようだった。火に照らされているとは言え、暗闇なので表情はよく見えない。
「あの‥ありがとうございます」
助け出した3人の生徒たちが私に近づいて、口々にお礼を言ってきた。3人のうち2人は女で、1人は男だった。
「あーあ‥」
3人の後ろからもう1人、蛇を使役した先輩が頭の後ろに腕を組みながら歩いてきた。消火したようで、火の気はほとんどなく、後ろにいる蛇も落ち着いた様子だ。
「お疲れ。でも君たちにポイントは与えられないね。君たちはただ捕まっていただけだったから。ということで、蛇を追っ払った君たちに1ポイント」
そう言って、人差し指を突き立てて「1」の形を作って、私たちに示した。
私たちが助けた3人はため息をつきながらも、理解を示してくれた。
「‥まあ、仕方ないよね」
「助けてくれてありがとうね」
一方の私、ハンナ、クレアはお互いの顔を見合わせて、また先輩に視線を集めた。
「ありがとうございます、先輩」
思いかけない形で1ポイントもらった。副賞をもらうにはあと4ポイント必要なのだが、私は正直副賞に全く興味はない。頭の中にあるのは、カタリナから逃げることだけだ。早く先輩や同級生たちを追っ払って隠れよう。
「じゃあ僕はこれで。また別のところに移動するよ」
そう言って先輩は蛇に魔法をかけた。蛇がみるみる小さくなって、先輩の手のひらに乗るほどにまで縮んでしまった。あの蛇が手のひらサイズになった。
そのまま、先輩は暗闇の中に消えてしまった。
「‥すごい。あんなに大きかった蛇が」
クレアが思わずぼやいた。
私たちが助けた3人のうち、1人の子が尋ねた。
「‥それで、ユマさんたちはこれからどちらへ?」
「あ‥いいや、私たちはここの茂みに隠れていたいなって」
「ここに留まるなら、せっかくならお昼にしませんか?」
同級生がそう提案してきた。確かに宝探しが始まったのは午前11時。昼食は先輩たちが用意した弁当を、好きな時に食べてと言われて配られた。
こんな場面でもなければ一緒に食べるのも悪くなかったが、あいにく今はカタリナから逃げ隠れしなければいけない身だ。悪いが断らせていただこうと思っていたところで、ハンナが軽く手を叩いた。
「‥はい、そうでございますね」
いけない。私が割って入って断らないと。そう思って私が口を開きかけた途端、相手がすかさず次のセリフをぶちこんできた。
「ありがとう。学年1位のユマさんと一緒にいられるだけで頼もしいかな‥先輩たちはみんな強くて、怖くて‥はは。食べながら少し情報交換もしたいな」
「あ、あの‥」
私が何か言いかけた頃にはもう、クレアがポケットに入れていたボールを大きくして作ったシートを地面にしいて、男の生徒が真っ先に靴を脱いで座ってしまったところだった。もう臨戦態勢の人がいるのに、どうして断れるのだろうか。
「はぁ‥結局食べるのね」
しょうがない。さっさと食べてさっさと隠れよう。カタリナに見つかる前に。
私はため息をついて、成り行きでハンナと一緒に靴を脱いでシートに上がりこんだ。
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