第16話 メイジに試乗した
「わたし、この花がお気に入りなの」
「わあ、お姉さんらしいね」
私はカタリナに連れられながら、花を1つ1つ、丁寧に見た。どれもこれも、目に焼き付くような輝きを放っていた。
「‥あっ」
植物の隙間から、屋上の奥の方に1つの巨大なロボットがそびえ立っているのに気づいた。
「あれは、メイジ?」
「そうよ」
指差した私に、カタリナが答えた。高さ20メートルはありそうなその体は、金属でできた、デザインも人間離れして機械のようになった腕、足、胴体の組み合わせでできていた。
「あれを見せようと思ったのよ、来て」
「あ、うん」
そうして私とカタリナは、そのメイジの足元近くまで行った。
「‥すごい」
私はメイジを見上げて、息を呑んだ。
「間近で見たこと、ないでしょ?」
「うん」
練習用のメイジは地球でも乗ったことがある。ただ、転んでもいいように8メートルだとか10メートルだとか、結構小さめに作られている。本格的なメイジはこのように20メートルもの高さを誇るのだ。3階建ての建物より少し高い程度だが、真下から見るとそのあまりの迫力に圧倒されそうになる。
「乗ってみる?」
ふと、カタリナが言った。
「え、でも、これは展示用じゃ‥」
「大丈夫よ」
ためらう私の手を引いて、カタリナはそのメイジの足元近くにあるドアの前まで行った。メイジの背後にあるコンクリートの壁の向こうにある部屋だ。そのドアをノックすると、開いて中の人が顔を出した。初老の男だった。
「はい、何でしょうか‥‥あっ」
少々面倒そうだった男は、カタリナの顔を見ると顔色を変えた。
「‥‥念のため、許可証を見せてください」
「はい」
カタリナがかばんから取り出したカードを見ると、男はうなずいて「鍵を取ってくるから少しお待ち下さい」と言って、ドアを閉めた。私がそのカードがどんなものか覗こうとしたときに、カタリナはそれをまたかばんにしまった。
「それ、何?」
「ふふ。わたしが2年前に軍から特別表彰を受けたときのことは覚えてる?」
「うん」
あのときは、学生が表彰されるのは異例中の異例ということで学園中大騒ぎになっていた。さすがに軍事的なことは公にできないのか、テレビでの報道は控えめだったが、姉が表彰されて妹である私は誇りに思っていたことは覚えている。
「その時にもらったの。実際の軍人ほどの権限はないけど、一般の人にはできないことができたりするのよ」
ここでまたドアが開いて、男がひとつのキーチェーンをカタリナに手渡した。それを受け取って私に「ついてきて」と言うと、カタリナはメイジのすぐ前のところへ戻った。メイジの前腹部に、入り口があるのだ。
「さて」
と、姉は言った。
「あの入り口まで、どうやって行くと思う?」
「さあ‥階段もなにもないね」
「魔法よ」
「えっ?」
「いつもは魔法の使える人と一緒に来てたんだけど、今日はユマ、浮遊の魔法使えるでしょ?」
「うん、使える」
私は魔法の成績で学年1位だが、2位と大きな差があるわけでもなく、誰かより圧倒的に上手いわけではない。もちろんカタリナの技力のように、先輩を圧倒的に凌駕したりするわけでもない。それでも、カタリナが私を頼ってくれたという事実、ただそれだけで嬉しくなった。
「入り口はどこ?」
私が尋ねると、カタリナは一点を指差した。前腹部の上の方だ。
「あそこまでとばして」
「わかった」
私が少し腕に力を込めると、かすかな輝きとともに、私とカタリナの体がふわりと地面から浮かび上がって、カタリナの指差した方へ移動した。カタリナが鍵をメイジの腹にかざすと、ギギギとその腹の内部を隠すドアが倒れ込んできた。中には、黒い内装の中央に、2つの紫色の椅子が前後に分かれて置かれている。
「わあ‥」
練習用のメイジは小さいために椅子が横並びになっているのだが、実際のメイジはこのように前後、そして前にある椅子は後ろの椅子より低い位置に置かれていると教科書で見た。でもやはり実物を見ると違う。
私もカタリナも、そのコックピットの中に足をつけた。下の方では、当然ながら何人もの人たちがメイジの真下に集まっている。
「30年前に実際に戦争で使われたメイジで、今は型落ちしてるけど今のメイジも見た目はこんな感じよ」
「これが、実際に戦争で‥‥すごいね」
「ふふっ、そうでしょ」
カタリナは笑って、後ろの椅子に座った。カタリナがボタンを押すと、コックピットのドアがギギギと閉じて、中に申し訳程度の照明がついた。わすかな光を頼りに、私は前の椅子に座った。
メイジでは、後ろの椅子は技力の高い人が座って操縦し、前の椅子は魔力の高い人が座って魔法を放って相手を攻撃する。技力は逃げ、回避、防御、魔力は攻撃という役割分担になっている。
「椅子の前にあるテーブルみたいなのあるでしょ、蓋になってるから開けてみて」
「うん」
私は言われるままに、こっちを向いて斜めになっている台の蓋を開けた。するとそこには、ほのかに妖しい光を放つボードがあった。これに向かって魔力を込めるのだ。練習用のメイジではボードがむき出しになっているから、蓋があるととたんに格好良くなったように感じる。
「すごいや、私、学園を卒業したらこれに乗って戦うんだね」
「‥うん」
私の浮かれた声に対して、カタリナの返事は寂しそうで、険しいものだった。
「‥‥ユマ。ユマは戦争に行きたいの?」
「えっ?」
私は、暗闇であるにかかわらず、思わず後ろを振り向いた。ほのかな黒い光に照らされて、カタリナがじっと私を見ていた。
「そりゃ、行きたいか行きたくないかでいえば行きたくないけど‥」
「わたしも行きたくない」
「えっ」
でも、カタリナは学園でも優秀な成績をおさめていて、みんなのあこがれで。
「お姉さんは技力がすごいから、絶対に死なないと思うよ」
「本当にそう思うの?」
「うっ‥」
「わたしは死なないって言い切れるの?」
「それは‥自信ない」
私がそこまで答えると、カタリナはゆっくり椅子から立ち上がって、僅かな光を頼りに私の椅子まで来た。1人用ではあるが大きい椅子に無理やり詰めてきて、そしてぎゅっと私の手を掴んだ。
「わたし、死ぬならユマと一緒に死にたい」
手は震えていた。カタリナの表情ははっきり見えなかったが、声は悲痛だった。
「わたし、ユマを置いて死ねない」
「お姉さん」
いつもの頼りがいのある姉とは思えなかった。
「戦争に出る人たちはみんな、家族だったり、恋人だったり、友達だったり、大切な人がいるものよ。わたしにとっては、それがユマ」
「お姉さん‥‥」
私はすぐに反応することができなかった。
「‥だからわたし、決めたの」
「えっ?」
「戦争では、わたしとユマで同じメイジに乗って戦う」
「‥‥お姉さん、私もそれがいい」
「ありがとう」
カタリナは淋しげに笑った。
「‥でも、私の魔力、お姉さんの技力に釣り合うかな?」
「それはやってみないと分からないけど、学年1位のユマなら間違いなく候補に入るわ」
「えへ、そうかな」
「きっと」
そう言って、カタリナは私の頭を優しく撫でた。
「お姉さん」
私は思わず、無意識のうちに、気がつくとカタリナの体を抱いていた。
「‥あっ」
カタリナは熱い息を漏らした後、そのままじっとしていた。
抱いてからふと気づいた。私の方から姉を抱くのは初めてかもしれない。これまで姉の方から抱かれたときは安心感を得ることができた。でも自分から抱くと、安心感よりも他に、もうひとつのもやもやした感情が出てくる。それに気づいた私はすぐカタリナから離れようと思ったが、なぜか体の力が抜けていくのを感じる。もう少しこうしていたいとも思った。なぜかは分からないが、今抱くのをやめると、カタリナが遠い場所へ行ってしまうような気がしたのである。
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