第15話 ゲームセンターで遊んだ

一方、私とカタリナが2人でいるのを遠くから眺めている影があった。マーガレットとハンナである。2人とも帽子をかぶって、普段とは違う服を来て、物陰から覗いている。


「マーガレットさま、どうして‥こんなことをするのですか?」


ハンナが小さい声で尋ねると、マーガレットは、自身の角に対応した特注の帽子のつばを少しいじって、ささやき声で返した。


「あの2人が付き合っている証拠を握って、セレナ先輩に認めさせるのだ」

「そうすることで、マーガレットさまにどのような利益があるのですか‥?」

「マーガレットは嘘が嫌いなのだ。先輩が話をはぐらかすのが嫌いなのだ」


そんなもの、学園を卒業して軍に入ればいくらでも触れる機会はあるのだが、ハンナがそのことをうまく言葉にできないまま、マーガレットは動き出した。


「2人が奥に行くのだ。動かないなら置いてくぞ」

「あ、あの‥」


ハンナは何かを言いかけたが、マーガレットがすでに先へ進んでいったため、仕方なくその後をついていった。


◆ ◆ ◆


ゲームセンターにも、人が多かった。私とカタリナは義理とはいえ姉妹なので、手を繋いているところを見られても言い訳ができる。


「‥‥あっ、かわいい」


私が1つのクレーンゲームを見つけた。奥の方に、かわいくデフォルメされたくまのぬいぐるみが横になっていた。


「やってみる?」


そう言ってカタリナがかばんに手をかけたところで、私は素早く自分のかばんを開けて、黒い腕輪を取り出した。


「自分のお金でやるよ」

「ちぇー‥」


カタリナは少し唇を尖らせた。これまではカタリナにおごってもらうことが多かったのだが、5年生になる今、さすがに頼ってばかりではいられない。

私はその腕輪を右腕にはめ込んだ。これはコインフィチャーと呼ばれるもので、身につけるだけで機械が使用者を識別し、あらかじめ登録された口座から金を引き落とす。利用者は料金の概念を気にすることなく、自由に機械を操作したり買い物したりできる。例えば書店で買いたい本をそのままかばんに入れて店を出てもきちんと精算されるし、レジというものは原則必要ない。かといって、使用回数や費用をわかりやすいところに表示しなければいけないという法律があって、お金の使いすぎや詐欺などにも配慮されている。

私は機械のボタンを押した。クレーンが横に動いたので、私はもう1つのボタンを押した。次はクレーンが奥へ移動した。ボタンを離すとクレーンがおりてきて、ぬいぐるみをつかもうとして‥‥。


「落ちた‥」

「どんまい」


カタリナも隣で見てくれている。いつぶりだろう、2人で遊んだのは。思えばカタリナが月キャンパスに行ってしまってから、2人きりでどこか遊びに行く機会はほとんどなくなったのかもしれない。そう思うと、私の心が軽くなったような、どこかへんにくすぐったいような気持ちにさせられる。


「もう一回いくね」


その後も私は何回か機械を操作したのだが、いっこうに取れる気配がない。アームがぬいぐるみを掴んだと思ったら途中で落ちるし、持ち上がらないし、めちゃくちゃである。


「このアームは調整がゆるいね」


必死でやっている私の横で、カタリナがつぶやいた。私は手を止めて、少し肩を落として「‥‥そうかも」と言った。


「ゆるいのは、ちょっとやり方があるわ。わたしにやらせて」

「う、うん」


私がどいて、カタリナが自分のコインフィチャーを身に着けて、機械の操作を始めた。


「‥あれ?」


アームがぬいぐるみとは少しずれたところで止まったので、私は思わず声を上げた。


「お姉さん、位置がずれてる」

「これでいいの」


案の定アームはぬいぐるみを掴まなかったが、それでもアームの先が開いたはすみで、ぬいぐるみがころんと転がった。

カタリナはもう一度機械を操作した。今度はぬいぐるみの少し後ろの位置で止まった。下へ降りたアームの先が閉じてできた輪っかに引っかかってぬいぐるみが持ち上がり、また穴に向かってころんと転がった。


「わあ‥」


私のときはあまり動かなかったぬいぐるみが少しずつ確実に穴へ近づいているのを見て、私は言葉を失った。それだけにカタリナの狙いや操作は的確だった。

カタリナは3回、4回とやった。ぬいぐるみが穴ギリギリの場所まで引っかかった時、私は思わずガッツポーズして「やった」と言った。


「まだ早いわよ」


そうやって私をたしなめるカタリナも、どこか嬉しそうだった。次の挑戦で、ぬいぐるみがころんと穴に落ちた。それを取ったカタリナは、私に手渡してきた。


「あげる」

「‥えっ、いいの?」

「うん、だって欲しがってたでしょ?」


姉はにっこりと笑った。借りを作ってしまったと思ったが、不思議と悪い気はしなかった。


「ありがとう、お姉さん。私、大切にする」


そのぬいぐるみを抱いて私が言うと、カタリナはどこか嬉しそうに微笑を浮かべた。


「ありがとう、わたしも嬉しいわ」


その時の姉の気持ちを私は理解できないかもしれない。でも私にとってこれは純粋に、血はつながっていないものの私のただ1人の姉からのプレゼントだ。嬉しくなる。


◆ ◆ ◆


私とカタリナがゲームセンター内専用エレベーターに乗ったのを見て、マーガレットはその階数表示を注意深く観察した。


「6階に行ったのだ」

「や、やめましょう、こんなこと‥‥」


ハンナが目に少し涙を浮かべながらマーガレットの手首をそっと触るが、そんなことも意に介さずにマーガレットは「階段を探すのだ」と言って早歩きを始めた。


「ま、待ってください、月で早歩きは危険でございます‥」

「マーガレットは運動神経抜群だから大丈夫なのだ」


そう言ってマーガレットがそっと後ろを振り返ると、壁つたいに転ばないよう必死に抑えながら歩いているハンナの姿があった。

マーガレットは少しの間頭を抱えてから、ハンナに手を差し伸べた。


「捕まるのだ」

「ありがとうございます‥」


ハンナが掴んだ手をマーガレットは逆に強く握り返して、こう言った。


「ここは月だから転んでも痛くないと思うのだ」

「‥えっ?」


ハンナが何か聞き返す前に、マーガレットは階段へ向かって駆け出した。


◆ ◆ ◆


6階はゴーカートのレース場だった。6階の壁つたいに大きなコースがあって、それをゴーカートでくるくる回ることで競走する。コースの内部には、練習用の小さいコースもある。もちろんお金を誰かに差し出したり、どこかに挿入したりする必要はないのだが、ゴーカートに乗る順番を管理するために受付がある。


「2人、わたしはカタリナで、こちらはユマです。練習と競走できますか?」

「かしこまりました。1時間待ちになります」


受付の人はそう言って、カタリナに整理券を渡した。自分たちの番が来たら振動して鳴るタイプだ。


「1時間かかっちゃうね」


私がさりげなく言うと、カタリナもうなずいて、人でいっぱいの6階全体を見回した。


「うん、ここは人気だからね。待っている間、屋上に行ってみる?」

「屋上?分かった」


屋上はゲームセンターの外なので、今度は一般用のエレベーターへ向かった。


屋上には、植物園があった。


「わあ、きれい」


どれも月にしかない花ばかりだ。半月間咲き続けて、半月間閉じる花が多い。たまに夜行性の花もあって、それは昼である今、つぼみが閉じたままだ。もともと月に植物はなかったのだが、月にある植物はどれも、先人が遺伝的アルゴリズムとかいうわけのわからない理論を使って生成した理論に基づいて、魔法で作ったらしい。そのため鑑賞や農作など人にとって都合のいい用途に特化した種類が多く、それだけに植物園にある花はどれも自己を強調してきれいに輝いていた。むろん控えめに咲く花もないことはない。

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