第26話 三億円の使いかた

アイスクリームを食べようと冷凍庫を開けてみると、サラピンの宝くじが入れられていて、長谷川正樹(46)は自分の目を疑った。『何事?』と隣りにいたファイナルプランナー2級の問題集を解いている妻の愛子(48)に尋ねると『冷凍庫で保管すれば宝くじは当たるの!ゲン担ぎよ、ゲン担ぎ』愛子はもう当たるの限定で、まるで冷凍庫に入れておかないと宝くじは当たらないくらいのルールも知らないのかというていで正樹に声を張り上げた。取り出してテーブルに載せると、カチカチで今にも割れてボロボロで崩れてしまいそうだ。『冷凍庫に入れて宝くじがくっついちゃったり、 出して自然解凍した時にびしょびしょになってインクが消えるとか‥はないのでしょうかねえ?愛子さん』と正樹は恐る恐る尋ねると、テーブルに置かれた宝くじを見て、愛子は奇声をあげた。『ちょっと!何してくれてんの?出してしまったら運気が落ちるじゃないよ!もし三億円逃したら、アンタのこと一生恨むわよ!マジで!』三億円だよ!三億円!と愛子は三億円を連呼しながら出された宝くじを再び冷凍庫に押し込んだ。散々罵りながら、愛子は冷凍庫にビニールテープで封をした。『ちょ、アイスクリームが食べれないじゃんか』正樹が文句を言うと『三億円当たったら死ぬほど食えるわよ。お腹壊して限界突破するくらいに』なんだよ限界突破ってアイスクリームは今食べたいんだよと正樹は心の中で呟いた。『アンタが欲しがってたゴルフクラブセットも二つくらい買ってあげるし』なんだよゴルフクラブセット二つって、むしろ二つもいらないし『ボールだって、ロストボールじゃなくて、メーカーのいいボール買ってあげるし、年に3回はコンペの参加を許そう』なんかセコくないか?正樹は不満そうな表情をあらわにした。『なんてったって三億円よ!三億円!私達二人で三億円よ!三億円事件の犯人は複数犯だったから、かなり山分けに手こずったはずよ。ウチ等は二人だけだから、私が二億で、アンタが一億!』『なんでオレが一億だけなの?』『アンタ一億よ!一億!億千万よ!一億をバカにする者は一億に泣くわよ』『違うよ、普通なら一億五千万ずつだろうし』『黙らっしゃい!』愛子は甲高い声をあげて正樹の反論を制した。『買ったのは私なの、普通ならアンタに貰える権利は無いの』『オレの働いた金だぜ?』『アンタのものは私のもの、私のものは私のもの』『ジャイアンかよ!』『てかさあ、アンタ絶対に宝くじなんて買わないでしょう?堅実派でケチなんだから、それを当てたから分け前くれなんて、チャンチャラおこがましいわ。やっぱ三億円は全部私が頂くわ』愛子は正樹に対しでDRAGON BALLでいえばアンタなんてヤムチャ的な存在よとさらに嫌味を言ってきた。『あとね、アンタ、宝くじ当たったも、誰にもぜっっっっっっっっったいに、ぜっっっっっっっっっっっっったいに言っちゃ駄目よ〜駄目駄目!』愛子は結果の出てない宝くじに対し、興奮気味に正樹にまくし立てた。『いや、親はいいだろ?』瞬間、愛子の目は血走った!『バカ、バカ、バカ、バカ、カス、アンポンタン、親なんかに話したら、そっから色んなとこに盛れなく漏れるでしょうがこのルサンチマン!こういうのはネズミ講みたいなもので、一人に漏らすと、たちまち全国に広がるものなの』愛子は獣の咆哮のような怒声を正樹に浴びせてきた。『その足りない脳みそで想像してみてください。三億稼ぐのにどれだけの時間がかかりますか?それを考えれば家族も親戚も宗教もすり寄ってきますし、サギ師集団だってアンタのお金を狙うわけです〜アンタは真正のバカなんです〜』愛子は正樹の顔面に吹きかけるほどの盛大なため息をついた。『あと、アンタは会社辞めちゃ駄目よ』『なんでだよ、もう働きたくねーよ。不動産でも購入して不労所得でも得ようぜ』『アンタのお金の使いかた、本当に下品、全く美しくない、なんかお金でお金を買うようで反吐が出る』『なんだよ~じゃ愛子さんは何に使うの?』『ほとぼりが冷めるまでは貯金しておく。それからね、何度も言うけど、年明けなんかに会社辞めたら、アンタの上司や同僚たちに宝くじ当たったから辞めたと思われるじゃん、少しは考えなさい!』愛子はぴしゃりと押さえつけるように正樹に言った。『ちなみに、三億円当たったら何に使うのか、私のブログでアンケートしてみたの。皆の意見はなかなか凄いわよ。コレ見て』と愛子は自分のスマホを正樹に差し出してきた。『・住宅ローンを全額返済し、今の家を売って利便性の高い新しい家を購入する。また、第二子を出産し、その教育費にあてる。・体調不良で仕事がつらいので、退職して楽な仕事に切り替えるために使いたい。・今住んでいる所が川の近くで、南海トラフ地震の際には津波で浸水してしまうので、安全な場所に土地を買い猫にとっても暮らしやすい家を建てます。・投資をしたり、不動産や土地を購入し、駐車場として貸してお小遣いのたしにしたい。・仕事をやめて趣味を毎日楽しんで暮らす。・観劇が趣味なので、チケットを確保しまくる。・自分にとっては突飛すぎる金額で扱えきれないため、他の方や団体に有効に使ってもらいたい・親や親戚にある程度配って、自分のために旅行を思う存分したあと、あまった金で国債とか手堅いところをねらって投資をする・3億をインデックス投資に回せば、仕事をしなくても生活できる。・キャンピングカーを買って様々な場所を巡ってみたい・保険にある程度回したら、特に何をするでもなく、仕事をしないでぼーっと生きるために貯蓄しておく・今の会社の仕事が辛いので退職します・とりあえず今派遣会社で働いてるけど 仕事しないで全国各地旅行したい・まずは一生分の年金・住民税などの納付を済ませて、後は残ったお金で何をするか考える・全額ではないけれど社会貢献に使いたい。特に日本赤十字社と盲導犬協会に使います。などなど』『やっぱ会社辞めるとかってあるじゃん。投資とかも』『バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ これを反面教師にするの、投資したとこで、増えるかわからない。会社を辞めたら収入が無くなる。親や親戚に配れば贈与税はかかるし、何度もお金の無心にくる。宝くじ高額当選者の悲惨な末路はアンタも聞いたことあるでしょ〜が!』愛子は正樹にツバを飛ばしながら必死に持論を講ずると、一枚のA4用紙を正樹に突き出した。『私が宝くじ当てても、ぜっっっっっっっっっっっっったいに誰にも漏らさない誓約書書いて』正樹は愛子のあまりの迫力に気圧され、後ろの壁に思い切り後頭部をぶつけた。『もしもこれを破ってごらんなさい。櫛木理宇の「残酷依存症」より酷い目に合わせてやるんだから…』正樹は愛子のあまりの勢いに震え上がり、少しだけ失禁してしまった。そして心の中で、これだけ酷い目にあうくらいなら、いっそハズレて欲しいと願った。『で、結局、愛子さんは三億円は何に使うの?』愛子は正樹の疑問に対して愚問だと言わんばかりに目をひん剥いた。『そんなもん、全額次回の宝くじにつぎ込むに決まってるでしょーや!』正樹はまさかの回答に、やはり宝くじは絶対にハズレてくれと心の中で懸命に祈った。愛子の三億円の使いかたのほうが一番下品ではないかというのは口に出さず、心の中だけにしまい込んだ。

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