第13話 超おせっかいな神さま
最近は夢を持つものがいなくなった。実に嘆かわしいかな。私は全知全能の神で、現在に至るが、実は七年前に引退宣言をしていて、都会の喧騒を離れ田舎暮らしを満喫していたが、心の腐った政治家たちが私のもとを訪れて、税金を払わない不届きな若者が増えてきたので何とかしてもらえませんかと相談してきやがった。当時、私の神としての主な仕事は若者にヤル気を注ぐことである。そしてこの仕事は私に合っていると感じて、このまま一生、この仕事をやり続けていくのであろうと感じていたし、実際のところ特に不満や疑問も持たなかったのだ。なにしろこれをしなさいというノルマが神にはない。上司もいない。すべて自分がやりたいようにやってよかった。ただ私自身が神としての仕事が面白い為に、ついついのめり込み没頭し、趣味が不要となっている危険な状態に陥っていた。ここにきてようやく神としての仕事にストレスを感じるようになったといえる。そこで再び私は本当は自分が何をしたかったのか思い出すようになった。私は思い立ったが吉日で次の日には神を辞めた。そして私は七十代や八十代の老人たちが細々と暮らす限界集落に移り住んだ。人との交流が途絶えた場所で、田畑を耕し続ける。これこそが元神である私のやりたいことであった。農協があり、農作物共同販売所があり、都心からも人々が新鮮な野菜を求めてやってくる。田舎の人々は農業をしたことがない私にも優しく対応してくれ、ズブの素人であるにも関わらず温かく対応してくれた。せかせかしていた神時代と対比して、私には実に牧歌的な環境であった。当初、他の神々たちは、私の覚悟に対して度肝を抜かれていた。それもそうだ。神という地位を捨てて、田舎で農作業をやりたいなどと、彼らにとっては冗談にしか聞こえないだろう。文明から逸脱した原始人のように見えたに違いない。私は神を引退し、此処での生活を満喫していたが、欲深い政治家たちは、私の居場所を突き止め、神として人々に希望を持たせる依頼を何度も何度も申し込んできた。まったく他人任せにしても程がある。この夢のような隠遁生活を邪魔されたくは無かった。一生で今が一番幸せだと感じていたからだ。私がSNSでブログを更新したりすると、フォロワーたちから、貴方のような隠遁生活に憧れているというコメントがきたりする。私自身は人々から羨ましがられたいなどとは全く考えていない。そもそも神は他人の事を羨ましいなどと感じない。人それぞれ、自分の好きなことを思い切りするのが良いことなのだろうというのが神の基本的なスタンスなのである。まあしかしながら夢を思い描くことも出来ない若者の増加は、私にとっても実に嘆かわしいことである。そういうわけで、しぶしぶではないが、やや重い腰を上げ、神に復帰することに決めた。若者たちに夢を持ち、夢を実現させるためにも苦労を買ってでもするようなポテンシャルを持たせることがまずは先決なのだ。港区のアパートに住む社会的成功に乗り遅れた若者 小池くん(仮名)に夢を持たせてまともに就職させて欲しいという依頼を私は受けることにした。小池くん(仮名)の住むアパートは港区にありながらも二万八千円というかなりの低価格の築50年のボロアパートで、台風でもくれば飛んでしまいそうで、地震がくれば崩壊してしまいそうな外観であった。小池くん(仮名)の部屋の割れたガラス窓はガムテープで補修されていた。錆びてギシギシ音がする階段を登り、2階に住む小池くん(仮名)の部屋の呼び鈴を鳴らした。『ふぁ~い』と中から気の抜けた声が聞こえた。五分刈り頭のメガネで気の抜けた茄子のような輪郭をした青年が、首回りがヨレヨレの薄汚れたTシャツに、醤油をこぼした跡のついた短パンを履いたみすぼらしい姿で出てきた。『あ、おじさん、もしかして今日来る予定の神様さんですか?』小池くん(仮名)は目を輝かせて私の姿を凝視した。『ありがとうございます。ありがとうございます。本当に本当にありがとうございます。僕を大金持ちにしてくれるんですね』『いや、違う!』私が即否定すると、小池くん(仮名)は聞こえるくらいに舌打ちした。『なんだその生意気な態度は?私は全知全能の神なるぞ。私はキミに夢を与えにきたのだ。キミには夢などないであろう!え?週休5日でコンビニのアルバイトなんかで現を抜かす始末で』私は小池くんを目の前にして思い切り怒鳴り散らした。『夢?夢くらい僕にはありますよ!馬鹿にしないでください』小池くんは神を目の前にして唾を飛ばす勢いで激しく言い返してきた。『ではキミの夢はなんだ?』私は落ち着いて小池くんに尋ねた。『僕の夢は、ボケる前に死ぬことです!』なんだそりゃ?あまりに粗末な夢に私は気を失いそうになってしまった。超高齢化社会である最近の日本において、多くの日本人は老後の衰えを恐れており、ある意味『死ぬこと』よりも怖い存在というカタチでマスコミは垂れ流しているが、ある意味どうでもいい夢である。ボケて野垂れ死にしようが幸せと不幸の区別はない。『他は?他には夢はないのか?なんか具体的な』私はため息交じりに小池くんに尋ねた。『人に気兼ねせずに自由気ままに生きたい』なんだそりゃ?誰にも気兼ねせずに何をしたいのかも述べず、ならばホームレスにでもなり、ゴロゴロ昼寝してればいいではないか。あまりに切実すぎて涙が出そうになる。なんて能天気な奴だ。お金や格差に対するネガティブな感情はコイツには欠如しているのだろうか?『もっと普通の夢はないのか?』『普通?普通ってなんすか?』小池くんはやや逆ギレ気味に私に噛みついてきた。『大事なことは嫌いなことで死なないことです。これで人生のある程度の絶望感は防げます』はあ?何いってんだコイツは?『好きなことなんか無くても、今すぐ見つけなくても、もっと言えば、死ぬまで見つからなくったって別にいいじゃないですか。他人に迷惑かけてないんだから、人に迷惑かけないで、嫌いなことで死なない!過労死とかバカでしょ?仕事が辛すぎて自殺?仕事から逃げたらいいんすよ』まあまあコヤツの言わんとすることも一理あり。私は黙って話の先を促した。『やりたくないことばかり次々に見つかっても消去法でどんどん消せますよ。その代わり選択肢も減りますが』選択肢が減ると夢の叶え方も尻すぼみになるだろうが…『例えば、腹立てている状態や気持ちがささくれたまんまで毎日に臨む羽目になった際も怒りの感情に支配されることなく最終的にむしろ朗らかに生活できたりするのは、社会のルールやマナーから逸脱して、マイナーな先例を自分自身で作っちゃう。マイノリティなキャラだと思われてもいいから自分ルールを設定するの。もちろん他人に迷惑をかけない大前提で。どうすれば自分自身にとってベストな生き方なのか?外野の声は全く無視してね』はあ…まったくもう… 『キミみたいな若者がそんなだから、日本のGDPは下がる一方なんだよ』私は呆れてしまい、顎が外れそうになってしまった。まるで七十代の老人の境地に達観したかのような戯言を二十代の若者が抜け抜けと語っているのである。『別に日本のGDPに貢献したところで何も貰えないっしょ?国民栄誉賞でもくれんの? そもそも夢や目標ってそんな必要なの?特に無くても僕は普通に生きてるけど、それも毎日楽しく。図書館通ったり、散歩したりさ。所詮、人間が思いつくものなんて、実は大した事ないんだもん。せいぜい宝くじ当たって欲しいとか、温泉行きたいとか、会社で幹部になりたいとか、その程度っしょ?だいたい貴方って何者?神様なのに夢を与えに来たなんておこがましい。そんなのそこらへんの偏屈な宗教団体の教祖様でもできんじゃん。行き先も未来も何も決めないままに夢にも面白いことを待ちつつせーのでダイブするのもオツなものよ。人生自体思いがけないものよ。わかる?わっかんねーだろーなー、きっと』ぐぬぬぬぬ コヤツ、神を目の前に抜け抜けとどこぞのカルト団体と一緒にしよって…『何のためにとか、将来どうするの?とか馬鹿なこと聞かないでプリーズ。心配してもらっておいて言うのもなんだけど、余計なお世話なのよ。変なとこ誘導して僕が死ぬとき後悔したら責任とってくれるんか!って話ですよ。ボ~っとしていたらいい天気なのに勿体ないとかさ、人生損得勘定で動いてどうすんの?って話。せっかくだから何かしなくちゃとか無理繰り予定作ってもしんどいだけ』ぐぬぬぬぬ コヤツはもうダメだ。手遅れだ。自分自身を高める意思がまるで伝わってこない。もう辞めよう。やっぱり神様辞めよう。辞めて田舎で野菜を作って、ビール片手に美味しいトマトでも齧ろう。翌日、私は二度目の引退宣言をした。私は再び限界集落の隠遁生活へと戻ることに決めた。政治家が来たら、神の力を使い次の選挙は落としてやると脅してやった。庭先に出ると新緑の香りが立ち込めた。いい匂いだ。神様時代の都心においては、まったく意識することなどない新鮮な香りだ。心持ち、心が穏やかになる。ひょっとしたら私は密かに小池くん(仮名)のような生き方に憧れていたのかも知れない。彼のような気分が味わいたくて、限界集落に引きこもったのかも知れない。だとしたら皮肉なものだ。まさに彼の言う余計なお世話だったのだな。麦わら帽子をかぶり、首に手ぬぐいを巻いている姿は元神様だとは想像も出来ない。私は軽トラックのガラス窓に映る自分の姿につい笑った。何十年も農業を営んでいる人にしか見えなかった。庭先のテーブルに採れたばかりのトマトとそら豆を並べ、冷蔵庫から麒麟の瓶ビールを取り出した。シュポッと瓶ビールの蓋を開けて、トクトクとグラスに注ぎ込む。ビールで喉を潤して、塩でまぶしたそら豆を口の中に放り込む。なんともいえない歯ごたえと香りが口内に一瞬にして広がってゆく。都心のスーパーで売っているそら豆など比較にならない甘さだ。彼は彼なりに、自分で考えて生きていた。それに対して私を含め周りの人間は、人生においてやるべきことを勝手に想像し与えようとしていたのだ。彼の言う通り、おこがましい以外の何者でもない。大人なのだから自分の生き方は自分で責任をとる。周りが生き方にとやかく指摘していたら個性が死ぬことになる。観念的な正しさなど実体がない。ただ、こういったのが好き、こういった生き方がしたいという個人の気持ちだけだ。そしてそれを現実とどう折り合いつけて生きていくのか。自分がされて嫌なことを他人にしない限りは何が正しいとか言う権利など全くない。私は落ち着いたら収穫した野菜と瓶ビールを持って、小池くん(仮名)の自宅を訪ねようと決めた。神様ではなく、今度は一人の友人として。
完
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