五十九話 今日の七星さん
「んふふ~」
先月、自室に設置したショーケース。
その前に持ってきた椅子に座りながら、わたしはケースの中を眺めていた。
緊張でカチコチになっているわたしの隣で、赤坂さんがぬいぐるみを掲げて微笑んでいる。
一日疲れてしまっても、この写真を眺めているだけで心が安らぐので、ショーケースを眺めることが最近の密かな日課になっている。
ぷらぷらと足を揺らしながら暫く写真を眺めていると、不意に後ろから陽菜が声をかけてきた。
「アリス様、いい加減飽きたりしませんか?」
「飽きる? どうして?」
「……もういいです」
諦めたようにため息を零した陽菜は、わたしの机の上に歩み寄る。
鞄の中を広げたままだった机を見てまた一つため息を零した後、その中から一枚の紙を拾い上げた。
「進路希望調査票、ですか」
「今日学校で配られたの。――って、やっぱり見ちゃダメ!」
ふと教室での自分の行いを思い出して陽菜を制止する。
だけど、すでに時は遅く、陽菜は調査票に目を通していた。
「第一志望……お嫁さん、ですか。……アリス様」
「そ、そんな目で見ないで! 後で消すつもりだったのっ」
椅子の上で膝を抱えて頭をその間に埋める。
休み時間にボーっとしていたら、いつの間にか書いてしまっていた。
後で消そうと思ってたのにぃ……!
チラリと顔を上げれば、いまだに陽菜が可哀想な人を見る目で見ていた。
「そ、そもそも人のものを勝手に見ちゃダメでしょぉ! 陽菜のばーか! ばかぁ!」
「いや、あたしアリス様のメイドなんで。私物の整理、今までもずっとやってきたじゃないですか。逆ギレしないでください」
「ごめんなさい」
物凄く不機嫌そうな目で睨まれてしまった。
わたしは頭を下げながらボソリと零す。
「……少しぐらい遊んでもいいじゃない。卒業後の進路はおじい様たちが決めるんだもの」
「アリス様……」
わたしが震える声を零すと、陽菜が優しく背中に手を添えてくれる。
「それはそれとして、お嫁さんって書くのは流石にないと思います」
「もう忘れてっ!」
陽菜の手から進路希望調査票をひったくってポケットの中にしまう。
後で絶対消しておく。絶対!
「って、その手紙はなに?」
ひったくる際、陽菜のもう一方の手に手紙があるのに気付いて訊ねる。
けど、すぐに宛先を見てげんなりとした。
「ご祖父様方からです」
「…………そういえば、もうすぐそんな時期だったわね」
今月が終われば、来月からは夏休み。
わたしにとっては憂鬱な夏休みが始まる。
……もちろん、楽しいことがないわけではないけど。
「はい。恐らくアリス様の誕生日会に関することかと」
言いながら、陽菜が手渡してきたペーパーナイフを受け取って封を切る。
中に目を通すと、予想通りの内容が書かれていた。
わたしの誕生日は、八月に入ってすぐの日。
その日は七星財閥の一人娘として、財界や政界の人間も集めた誕生日パーティーが開かれる。
わたしのために開かれているパーティーだけど、わたしにとっては憂鬱な一日になる。
去年はフランスにある宮殿で開かれたけど、今年は少し趣向が違うみたいで、クルーズ船で行うみたい。
おじい様の達筆な字でそこまで書かれているのを読み続けていたわたしだけど、次の一文で驚愕に目を見開いた。
「――アリスの交際相手も招待しなさい、って、赤坂さんを、誕生日パーティーに!?」
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