五十二話 声援

 球技大会当日。

 空は夏と錯覚するほどに真っ青に晴れ渡っていた。

 その割に心地のいい風が吹いていて暑さよりも涼しさが上回る。


 そんなコンディションの中、俺はいつもの公園で七星さんが現れるのを待っていた。

 球技大会や体育祭などのイベントごとのある日は、特別に体操着のジャージで登校することが許されている。

 大抵の生徒は制服ではなくジャージを着てくるが、俺もその中の一人だ。


 いつもよりも快適な服装と気候とで気持ちよく思っていると七星さんが現れた。

 彼女もまた体操着を着て、髪をポニーテールに纏めている。


「赤坂さん、おはようございますっ」

「おはよう。気合入ってるみたいだね」

「赤坂さんのお陰で自信が付きましたから!」


 むんっと、おどけて力こぶを作って見せる七星さんに苦笑する。

 七星さんが目を開けるようになってから、ことはとんとん拍子に運んだ。


 あの後、今度はボールを見ながら開けるように練習し、その翌日にはボールを捕れるようになった。

 みっちり練習したとはいえ、土日の二日で苦手なことを克服できたのは流石というかなんというか。


 ……俺の教え方が悪かったせいで上達が遅れていたともいえるしな。


「どうかしましたか?」

「いや、なんでもない。行くか」


 笹峰さんに代わってから順調に事が進んだことを思い出して落ち込んでいると、七星さんがポニーテールを揺らしながら覗き込んできた。

 俺は慌てて顔を背け、学校に向けて自転車を向ける。


 普段制服を着た生徒で溢れる校内がジャージ一色に染まっていると、奇妙な高揚感というか、盛り上がりがある。

 廊下を行き交う生徒たちの声も明らかに浮かれていて、青春だなーみたいなことをぼんやりと思った。


 ホームルームで担任が午後の授業はちゃんと受けるようにと繰り返し口うるさく言うのは、たぶん午後の生徒たちが使い物にならないからだろう。

 実際去年も午後の授業は落ち着かない空気間があったし、何人かは寝てた。

 たぶん今年もそうなる。


 ホームルームが終わればいよいよ球技大会ということで、自分の椅子を持ってグラウンドへ出る。

 指定されたエリアに自分たちの椅子を並べてグラウンドを囲えば、いよいよ開会式が始まった。


 仰々しい行事と違ってお偉いさんの挨拶がないから、比較的速やかに終わる。


 二つあるコートで男女それぞれが試合を始めるが、何せ五クラスあるので自分たちの番が来るまでは暇を持て余す。

 幸い俺たちのクラスは初戦から試合だったので、早々にコートに入り、挨拶を交わしたら試合が始まった。


「ちょっとはちゃんとやれよ?」

「悠斗こそ」


 一緒に内野に入っている大河に笑いながら話かける。

 体育の授業とは違って、一応ちゃんとした試合なので俺は言われなくても頑張るつもりだ。


 ピーッという甲高い笛の音と共に、相手チームがボールを構えて投げてきた。

 いつものように体育会系の男子が前線を張っている間、俺たちは後ろの方で回避に徹する。

 が、後ろということは相手の外野から近いというわけで、


「あーっ」


 早速大河が残念そうな声を上げた。

 内野からのボールに意識を裂き過ぎて、体勢を崩した状態で投げられた外野からのボールを捕り切れなかったのだ。


「悠斗、あとは任せたよ」

「はいはい、さっさと外野行け」

「ひどい……」


 涙を拭う仕草をわざとらしく見せてくる大河をうざったらしく追い払いながらプレーに集中する。

 幸い我がクラスにはドッジボール自慢のクラスメートがいる。

 あいつが倒れない限り大丈夫だろう。


「くっそぉおお!!」


 倒れた。

 早速眼前でボールを弾いて両膝をついた。


 前線が崩壊し、相手チームの意識が後衛の俺たちに向けられる。

 とりあえず避け続けるしかないな。

 そう考えた時、ふと観客席が目に入った。


 俺たちのクラス。

 女子が湧きたつ中、一際存在感を放つ白髪のポニーテール。

 七星さんが俺の方を見てぐっと両手を握っていた。


「……っ」


 何故だかそれまでの逃げへ専念する思考が飛んでいき、向かってくるボールを受け止めようという気になった。

 内野から放たれるボール。

 俺は、それを受け止めた。


 両腕に走る鈍い痛み。

 それに耐えながら、今し方俺にボールを投げてきた相手へ投げ返す。


「ぐぁっ」


 弾いたボールに追いすがり、しかし捕り切れなかった相手が悔しそうな声を上げる。

 ナイス! と後方から声が飛んでくるのをよそに、俺は七星さんの方をチラと見た。


「――――!」


 少し離れているので何を言っているのか聞こえないが、七星さんは満面の笑顔でぴょんぴょんとその場を跳ねていた。

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