四十九話 基礎はキャッチボールから
「とりあえず怪我予防も兼ねて軽く準備運動からしようか」
気を取り直して。
俺はどこかワクワクした様子の七星さんに冷静にそう提案した。
「例のもの、準備できています」
「例のもの?」
ふと、壁に寄っていた笹峰さんがどこか得意げに声を上げた。
訝しみながら彼女の方を見ると、笹峰さんはどこからかラジカセを取りだした。
「きちんと例の歌が収録されたカセットを用意しています」
「例の歌?」
どや顔でカセットをセットする笹峰さん。
ラジカセから流れ出したのは、小学校や中学校、夏休みの朝の公園でよく聞く、準備体操の歌だった。
「……いやまあ確かに準備運動には最適だけどさ」
どうしてそんなに得意げなのかがわからない。
というか笹峰さん、そういうキャラだったっけ。
微妙に痛くなった頭を押さえていると、ひょこひょこと隣で七星さんが準備体操を始めたので、俺もそれに続く。
なんだか懐かしい気分になりながら準備体操を終えると、僅かに汗ばんだ。
なんというか、小さい頃は何気なくやってたけど、運動しなくなってからはこの体操だけでちゃんとした疲労を感じられるな。
「はぁ、はぁ……」
七星さんは額に滲んだ汗を笹峰さんから手渡されたタオルで拭いながら胸に手を当てて息を整えている。
落ち着いたところで用意されていたドッジボールを手に持った。
「俺は専門家じゃないからよくわかんないけど、とりあえずこういうスポーツの基礎はキャッチボールにあると思うんだ」
「なるほどですっ」
「とりあえず軽くキャッチボールをしてみよう」
「はい、先生!」
その設定、どこまで続けるんだ。まぁいいけど。
大体五メートルぐらいの距離を空けて、ボールを掴む。
俺は手はでかい方なので片手で持てる。
それを、上半身だけの動きで軽く投げた。
ボールは緩やかな放物線を描き、七星さんの胸元へ飛んでいく。
七星さんはボールを目で追いながら両手を胸の前に広げ、見事に――、
「きゃっ」
ボールを弾いていた。
てんてんてんと、弾かれたボールが俺の元へ返ってくる。
…………。
「も、もう一回行くぞ。ほらっ」
今度は下手投げで。
小さな子どもと遊んでいるかのような力でボールを投げる。
ボールは緩やかな放物線を(以下略
「きゃっ」
ボールを(以下略
…………。
「ま、待ってください~」と言いながら、てんてんと転がるボールを追いかける七星さん。
どうやら、俺は七星さんを侮っていたらしい。
「貴様、アリス様で壁当てするんじゃない!」
「え、俺が悪いの? 俺なの? ていうかその言い方むしろ失礼過ぎない!?」
いつぞやの脱衣所での出来事を想起させるような鬼気迫る顔で笹峰さんが詰め寄ってくる。
襟元を掴まれてがくがくと揺さぶられながら、俺はどうしたものかと頭を働かせた。
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