四十四話 両親の本音

「アリスちゃん。私たちはあなたたちの交際を辞めさせて縁談を受けさせるために来たわけじゃないの」

「ど、どういうことですか……?」


 お母様の優しい声にわたしは首を傾げる。

 七星財閥の実質トップでもあるおじい様たちの決定に逆らえないお母様たちが赤坂さんとの話を聞いて縁談を受けさせに来たものだと思っていたけど。


 わたしが困惑していると、お母様が不意にお父様に視線を向けた。

 二人は互いに見つめ合い、何事かを伝えあっているようだ。


 やがてお父様がはぁとため息を零しながら、「母さんの好きにしなさい」と諦めたように吐き出して立ち上がった。

 唐突な行動に驚いているうちに部屋を出て行ってしまう。

 その背中を見ていると、お母様が小さく笑った。


「あの人は頑固なところがあるから中々譲れないところがあるのよ。あと、照れ屋さんだから」

「……あの、お母様。先ほどから話が見えないのですけど……?」

「ふふっ、ごめんなさい。さっきまではあなたを試していたのよ」


 確かにそんなことを言っていた。

 何のことかわからなかったけど。


「もしあなたがお父さんの圧に屈して彼との交際を諦めると言えば、そのまま縁談を受けさせるつもりだったわ。だけど、あなたは屈しなかった。……昔の私たちみたいにね」

「昔のお父様とお母様……」


 懐かしむようで、それでいて慈しみ、愛おしんでいるかのようなお母様の表情にドキッとする。

 そういえば、外国人のお母様とお父様がどうやって出会って結婚したのか、今まで聞いたことがなかった。

 ……気になる。


 わたしがうずうずしていると、お母様はそんなわたしの考えを見透かしたかのように微笑した。


「お義父様……つまりアリスちゃんのおじい様だけどね。あの人は七星財閥の利益を何よりも求めている。だから、あなたとの縁談も有力財閥の御曹司の中から選んでいる」

「……それは、わかっています」

「だけど私の家はそういったものとは無関係よ。異国のただの農家。アリスちゃんも昔一度だけ私の実家に遊びに来たことがあるのよ」

「それは覚えていません……」


 お母様に言われて記憶を探るけど、まったく思い出せない。

 ……そういえば、遠い昔に別荘でもない場所で過ごした記憶があるような気もするけど。

 わたしが素直に言うと、「あの時はアリスちゃんも小さかったもの」と苦笑した。


 そこではたとわたしは気付いた。

 七星財閥の繁栄のため、家柄に何よりも重きを置くおじい様が七星財閥の跡取りであるお父様との結婚相手に農家のお母様を選ぶはずがないと。


 わたしが目を見開くと、お母様はにこりと笑った。


「だからね、私もアリスちゃんのことは応援してるのよ? 本当に好きな人と結ばれて幸せになって欲しいって。……あの人も素直じゃないだけでそう思っているはずよ。悠くんに嫉妬はしてるみたいだけど」

「お母様、お父様……。――って、悠くんって何ですかっ」


 お母様とお父様の想いに思わず目尻に涙が溜まりそうになる。

 だけどお母様の赤坂さんに対する呼び方が気になって、ひゅっと涙が引っ込んだ。


「悠くんは悠くんよ。赤坂悠斗くん。略して悠くん」

「か、勝手に略さないでください! ……わ、わたしだってまだ苗字で呼んでるのにっ」

「あらあら、ふふっ」


 わたしがむすーっとすると、お母様は面白そうに笑った。


「とにかくそういうことだから、縁談の話はこちらで断っておくわ。……ただ、お義父様のことだから、それで諦めるとは思えない。何かあったら私たちを頼ってね」

「あ、ありがとうございます、お母様っ」


 お母様と、そしてお父様へ感謝する一方で、わたしの中にはまだ不安も残っていた。

 七星財閥で強い影響力を持つおじい様に、お父様たちがどこまで抵抗できるのか。

 わたしたちのためにお母様たちに迷惑をかけてしまうことになる。


「アリスちゃん、そんな顔しないの。これは私たちも話し合って決めたことだから」

「どうしてそこまでしてくれるんですか?」

「だってアリスちゃん、彼のこと好きすぎるもの。そんなのを見せられたら私たちだってアリスちゃんの味方になるわよ」

「ええと……?」

「お義父様が斡旋して下さった私学の高校の話を断ってここの公立高校に入ったのは彼がいるからでしょ?」

「~~~~っ」


 ど、どどど、どうしてそれをっ!!


 わたしがひた隠していた秘密をこともなげに暴露された。

 ぶんぶんと周りを見るけど、室内にはわたしとお母様と陽菜の三人しかいない。


「頑張りなさいね。一度掴んだら離さないこと。……私みたいに、ね」

「は、はいぃ……」


 羞恥に見悶えていると、身を乗り出してきたお母様が妖艶な声音で囁いてきた。

 ……お父様がお母様に弱い理由の一端を垣間見た気がした。

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