三十九話 朝起きたらすぐ傍で美少女が寝ていた

 ……………………え、どういうこと?


 目覚めてすぐ、俺は目の前の光景に頭を抱えていた。

 いつもよりぐっすりと眠れたからか気分はよく、思考もきちんと回っている気がする。

 だというのに浮かび上がる疑問符が尽きない。


 俺のすぐ隣。顔を動かせば触れてしまいそうな距離で七星さんが気持ちよさそうに寝息を立てて眠っていた。

 ベッドの脇にうつ伏せになる形ですーすーと規則正しく肩が上下に動く。


 俺は反射的に飛び跳ねそうになったが、すんでのところで堪えた。


 ひとまずゆっくりと上体を起こす。


「……七星さん、何してるの?」


 声をかけるが、反応はない。

 寝ているんだから当たり前だが。

 ……いや、全然当たり前じゃねえ。この状況は全くもって当たり前じゃない騙されるな。


「俺は何もしてない、よな」


 うんうんと昨夜の記憶を探る。

 俺はベッドの上で英単語帳を眺めて、ほとんど寝落ちする形で眠りについた。

 ……セーフだ。何もしてない。


 とすると、七星さんが自発的に部屋に入ってきて寝ているということになるが……。


 そこでふと気付いた。七星さんが制服を着て髪も纏めていることに。


「もしかして起こしに来てくれたのか……?」


 俺を起こしに来て、寝てしまった。

 過程がめちゃくちゃだがそうとしか考えられない。


 とりあえずあのメイドが現れる前にさっさと起こすか。


「おーい、七星さーん」


 軽く肩を揺すろうと伸ばした手を、俺は途中で止めた。

 いつもはコロコロと表情が変わる顔も、今は時折にへらと緩むだけでとても気持ちよさそうに眠っている。

 まつ毛長いんだなと、七星さんを眺めながら思った。


「って、何してるんだ俺」


 ぶんぶんと顔を振って意を決して再度肩に手を伸ばす。

 そのタイミングで――、


「アリス様。これ以上は学校に遅れてしまわれま…………」

「…………おはようございます、笹峰さん」


 形だけのノックと共に扉が開かれ、廊下からいつも通りメイド服に身を包んだ笹峰さんが現れた。


 七星さんに触れようとしていた両手を上げて、身の潔白を証明する。


「違うんです。いや、何が違うのかわかんないけど、とにかく違うんです」

「…………」

「その沈黙怖いんでやめて!」


 黙ったままの笹峰さん。

 その時、「んぅ……」という声と共にもぞりとベッドの上で影が動いた。


「はぇ?」


 ゆっくりと顔を上げる七星さん。

 緩み切ったその表情のまま俺をぼんやりと見上げ、それから周りを見渡す。


 少しの時間差の後、悲鳴が室内に響き渡った。



     ◆ ◆



「…………」

「…………」

「…………」


 いつものおにぎりと比べることすらおこがましいほどに豪華な朝食を前に、この場の空気は沈み切っていた。

 笹峰さんは無言で従事に徹し、七星さんもまた無言でフォークとナイフを動かしている。

 いつもなら飛んでくる会話のボールもまったくない。


 そして俺も、当然黙々と食べ進めている。


 豪華な朝食、とは言ったが高級食材が使われているというわけではない。

 どちらかといえば丁寧な朝食というのが適切だろうか。


 明らかに焼きたてのほかほかパンにオムレツ、ソーセージにコーンスープ、そしてきちんとしたサラダと、健康的な食事が並べられている。


 確かに美味い。美味いけどもっ。


 チラチラと七星さんの様子を窺う。

 そうしているとはたと目が合ってしまった。


 慌てて目を逸らしそうになるが、そこは鋼の意志で堪える。

 そして、この機を逃さずに俺は会話を振ることにした。


「えっと……ぐっすり眠れた?」

「~~~~っ」


 バカだな、俺! バカすぎる!


 会話のカードの選択をミスったことを、顔を真っ赤にして俯く七星さんの姿で悟る。

 いやそりゃそうだろ。

 今の俺の発言は煽り以外の何物でもない。


「……その、赤坂さん」

「は、はい」


 部屋での悲鳴以来ようやく口を開いてくれた七星さん。

 一体どんな罵声が飛んでくるのか――。


「……お部屋に赤坂さんの制服を届けさせていますから、お着替えになられたらエントランスまでいらしてください」

「りょ、了解しました」


 用件を言い終えると、七星さんは再び口を閉ざしてしまった。

 なんだかいたたまれない気持ちになって、急いで朝食を平らげて先に部屋に戻る。


 廊下へ出ると、食堂から「どうして一緒に部屋に来てくれなかったのっ」「アリス様が廊下で待っていろと」「も~っっ」なんて主従のやり取りが聞こえてきたような気がした。

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