十四話 デートの誘い

「ん~~~~」


 赤坂さんが斎藤さんの運転するリムジンに乗って屋敷を後にするのを見届けたわたしは、早々にドレスを脱いでいつものラフな部屋着に着替える。

 伸びをしながらそのままベッドに飛び込むと、部屋にいた陽菜が苦言を呈してくる。


「はしたないですよ、アリス様」

「……脱衣所で男の人に抱き着いていた陽菜に言われたくないわよ」

「ッ、ア、アリス様!」


 わたしが言い返すと、陽菜は顔を真っ赤にして声を荒らげる。

 こういう陽菜を見れるのは珍しくてついからかってしまう。


 ベッドに転がりながら枕を抱き寄せる。


 泊ってくれなかったのは残念だったけど、目的は概ね達成できたと思う。

 ……特に、映画鑑賞は楽しかった。

 隣に赤坂さんが座っていてとても映画に集中はできなかったけど、今日観たのはもう何度も観てる映画だったから問題はない。


 ……って、違う違う!


「何をしているんですか……?」

「な、なんでもないわ!」


 ベッドの上で見悶えていると、平静を取り戻した陽菜が呆れた視線を向けて来る。

 わたしが慌てて体を起こすと、陽菜は小さくため息を零した。


「楽しそうですね」

「ええっ。そうだ、今後のために赤坂さん専用の部屋を用意しておきましょう! 男性用の着替えもたくさん用意しておけば色々と便利よ!」

「……はぁ、まあアリス様がそう仰るのなら」


 陽菜は何かを言いかけてやめた。

 少し不満そうにしている。


 そういえば……、


「随分と赤坂さんと親し気でしたね」


 頬を膨らませながら指摘する。

 気のせいでなければ随分と赤坂さんと陽菜が打ち解けていたように見えた。


 ……別に、脱衣所の一件が勘違いだということはわかってますけどっ。


 ただ、陽菜がああいう風に誰かに素を見せるのは珍しい。

 わたしといる時でさえ主従という関係を意識して、基本的にはかしこまった態度と口調になっている。


 もしかしたらもしかするかもしれないと本当に、本当に、ほんっとうに少しだけ思ってしまう。

 わたしと赤坂さんの関係はただの契約だから、彼がどういう恋愛をしても咎めることはできない。

 それに陽菜は可愛くてなんでもできてとても頼りになるから一目惚れしてもおかしくない。


 わたしの探りも兼ねた言葉に、しかし陽菜は心底から嫌そうな顔をした。


「……お戯れを。失礼ながら、あたしはあの男から一切の魅力を感じませんでした。何故アリス様があの男とお付き合いされているのか理解できません」

「陽菜」

「……失礼ながら、と申しました」


 わたしが少し怒りながら睨むけど、意外にも陽菜は悪びれずに言い返してきた。


「それに、あの男はアリス様と交際するうえで致命的なところが欠けています」

「致命的なところ?」

「はい。それはアリス様への愛情です」

「……っ」


 陽菜のその言葉は今のわたしには少し……ううん、凄く痛かった。

 だけど、それを悟られないようにギリギリのところで平静を装ってとぼける。


「愛情?」

「そうです。今日一日お二人の言動や行動を見た上でそのように感じました。確かにアリス様はあの男のことを心から愛しておられるようですが――」

「そ、そんな、愛してるなんて大袈裟よ。……大好きだけど」

「そういうの今はいいんで」

「ちょっとぉ!」


 ひどい。

 今日は随分と素がでてる。

 それが赤坂さんのお陰だと思うと少しだけ妬ける。


「ともかく、アリス様があの男に何かするだけで、あの男からは何もされていないように見えます」

「わたしの家に招待したのだから当たり前じゃない?」

「そういう話ではないんです。気遣いや、思いやり、そういった話です」

「…………別にわたしは赤坂さんと一緒にいるだけでいいんだけど」

「はぁ……」


 ため息を吐かれてしまった。


「いいですか、アリス様。男女の交際というのはどちらかが寄り掛かるだけではダメなんです! お互いがお互いを支え合わないと」

「……でも、陽菜って交際経験ないじゃない」

「は?」

「ご、ごめんなさい!」


 凄い眼光で睨まれた。

 慌てて平謝りする。


「聞くところによると、一緒に通学することになったキッカケもアリス様、昼食の誘いもアリス様から、そして今日のこともアリス様から。全てアリス様が動いて形になっています。本当に相手のことを好きなら、デートの一つぐらい誘うのが男というものです!」

「……そ、それはそうかもしれないけど」


 でも、赤坂さんはわたしに恋愛感情を持っていない。

 だから自分から何かしようとはしないはず。


 ……なんだろ、少し泣きたくなってきた。


 陽菜がいる手前泣くわけにはいかないけど、胸がきゅっとする。


 その時、部屋のテーブルの上に置いていたスマホが震えた。


「どうぞ」

「ありがとう」


 陽菜がスマホをとってわたしに手渡してくれる。

 わたしは早速スマホの画面を見る。


 ……っ!!


「陽菜!」

「はい?」


 わたしは胸の高鳴りと共に、すっごく自慢げな顔でスマホの画面を陽菜に見せつける。


「『七星さん。ゴールデンウィーク、どこか遊びに行きませんか』……ですか」


 そう。赤坂さんからデートのお誘いが来たのだった!

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