第11話 結城君と二人きり
「花梨、どうかした?」
「──っ。ごめん、ちょっと考え事してた」
「考え事?」
「えっと、まずあの邪鬼を倒せるかだけど、普通にやれば大丈夫だと思う。さっきは油断してたけど、まともに戦ったら、多分勝てない相手じゃない。ただね、もしかすると、あの邪鬼は最初から、私を狙ってあそこにいたのかもしれない」
「どういうこと?」
勝てない相手じゃないって言ってくれたのは心強いけど、どうもそれだけじゃないらしい。
結城君も、同じような疑問を持ったみたいだ。
「たしか、邪鬼が襲うのは、怒ったり悲しんだり、そういう負の心を持ってる奴なんだよな?」
「普通はね。だけどあの邪鬼は、私が退魔師だから襲ってきたんだと思う。あいつ、最初は何もしていなかったくせに、私が近づいていったとたん、攻撃してきたでしょ。しかも、直接襲うんじゃなくて、ゴールを壊してそれに巻き込むなんて、回りくどいやり方だった。それって、私が退魔師だって知ってたから、警戒してそんな方法をとったんじゃないのかな」
確かに。邪鬼は、人を襲うこともあれば、物を壊すことだってできるけど、大抵の場合、そのやり方はもっと直接的で単純だ。
だから花梨だって、今回のことには咄嗟に反応できなかった。
「それって、花梨が他の邪鬼を退治してまわってたから、なんかしようと思って仕掛けてきたってこと? 邪鬼って、そんなことまで考えるんだ」
私のイメージだと、邪鬼ってのは、とにかく目についた、負の心を持った人間を狙うやつ。言ってみれば、行き当たりばったりの通り魔的なものだと思っていた。
それはそれで嫌だけど、ちゃんと狙いを絞ってくるってのも、また別の怖さがある。
「そんなこと滅多にないんだけど、例外もあるの。今回は、大量の邪鬼が出てるって時点で普通じゃないんだし、おかしなことが重なったって不思議じゃないかも」
邪鬼について語る花梨は、驚くほどに真剣だ。こういう姿を見ると今更ながら、本当に退魔師やってるんだと改めて思う。
だけどそこから花梨は、唐突にこう言い放った。
「決めた。今から、さっきの邪鬼を探してくる!」
「えぇっ!? 今、授業中だよ」
どこを探す気か知らないけど、先生に見つかったら、間違いなく怒られる。それに花梨だって、念のため保健室で見てもらうように言われていた。
なのに、本人はケロリとしたものだ。
「だって、放っておいたら他の誰かを襲いだすかもしれないんだよ。それに、杏にこんなケガさせるなんて許せない」
「先生に見つかったらどうするの」
「うーん……じゃあ、こうしようか。私、体育館にタオル忘れてきたんだよね。取りに戻ろうとしたんだけど、道がわからなくて迷った。これで言い訳は完璧」
そうなのかな? 細かく聞かれたら、すぐにボロが出るような気がするけど。
だけど、やると決めた花梨はもう止まらない。
「というわけで大成。杏のこと、お願いできる?」
「ああ。それはいいけど、本当に大丈夫なのか」
「平気だって。それじゃ!」
結局花梨は、それ以上私達が止める間も無く行っちゃった。どうか、危ない目にあいませんように。あと、先生に見つかりませんように。
「久しぶりに花梨に会ったけど、ああいう一度決めたらすぐに走り出すところ、相変わらずだな」
「うん。ちょっと心配だけどね」
私と結城君。二人とも苦笑しながら、再び保健室に向かって歩きだす。
だけど花梨がいなくなったことで、さっきまでとは決定的に違うところが出てきた。
思えば花梨は、私にも結城君にもまんべんなく話しかけていて、そのおかげで会話が回っていた。だけどそれがなくなったことで、私達のやりとりも、一気に途切れる。お互い無言のまま、保健室に向かって歩いていく。
何か、話した方がいいのかな?
そう思ったけど、私が何か言うより先に、結城君の方が喋り出した。
「なあ。今さらだけど、迷惑じゃなかったか?」
「迷惑って、何が?」
「その……体育館では、足を痛めた吉野を見て、つい俺が一緒に行くなんて言ったけど、本当は嫌だってことないか」
「えぇっ!?」
まさか、そんなこと言われるなんて思わなかった。
そりゃ、肩を担いでもらってるこの体勢は、恥ずかしいし緊張もするけど、だからって嫌ってことは絶対にない。
「嫌じゃないから。むしろ、付き添ってくれてありがとうって感じだから。どうしてそんなこと思ったの?」
誤解されたくなくて、つい声が大きくなる。だけど次の言葉で、そんな興奮した気持ちが一気に静まる。
「気のせいだったらごめん。けど、吉野って最近俺のこと避けてるよな。理由もだいたいわかってるし、隠さなくていいから」
「──っ!」
まさか、ここでその話が出てくるなんて思わなかった。結城君、私が距離をとろうとしていたの、気づいてたんだ。
もちろんそれは、言い訳なんてできないくらい、全部本当のこと。なのに言われた瞬間、体がブルリと震えた。
「花梨が帰ってきて、また吉野とも前みたいに戻れるかと思ったけど、そんなの虫がよすぎるよな」
「えっと、その……」
突然のことに、なんて答えたらいいのかわからず、言葉が出てこない。
誰だって、自分が人から避けられてるって知ったら、いい気持ちなんてしない。
しかも理由までわかってるって、亜希が結城君を好きなこととか、そのせいで私が遠慮してることとか、全部知ってるってことだよね。
いったい、どんな思いでいたんだろう。
だけど、それから結城君が告げたのは、想像していたのとは、少し違うものだった。
「いいんだ。吉野が俺のこと怒るの、無理ないってわかってるから」
「えっ?」
怒るって、私が? なんで?
むしろ、私が怒られてもおかしくないと思うんだけど。
「ちょっと待って。どうして私が結城君を怒らなきゃならないの!?」
「どうしてって、俺が橘をふったから。だからそのことで怒ってるんだろ」
「えっ……?」
橘って、亜希のことだよね。ふったって、どういうこと?
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