第10話 二人の距離感

 他の子達も先生も、最初は何が起きたかわからなかったんだと思う。一瞬、誰もが言葉を失って、だけどすぐに、いたることろから悲鳴があがる。

 だけどそれ以上に、自分の心臓の方が、バクバクしていてうるさかった。

 だけどそう思えるってことは、少なくとも生きてはいるって証拠だ。

 ゴールが落ちてくる直前、私は花梨の体を突き飛ばし、その拍子に、二人そろって床に倒れ込んだ。でもそのおかげで、落ちてくるゴールそのものには、ぶつからないですんだ。

「た、助かった?」

 見るとすぐ横では、落ちてきたバスケットのゴールが、その衝撃で形を歪めていた。

 もしこれに当たっていたらどうなったか、考えただけでゾッとする。

「そうだ、花梨! 花梨は、どこもケガしてない!?」

 倒れたまま、這うようにして、同じように床に転がる花梨に近づく。

 花梨もゴールがぶつかるのは避けられたとおもうけど、かわりに、私が思い切り突き飛ばした。変な所をぶつけていたらどうしよう。

「……う、うん。私は、平気だから」

 花梨も、邪鬼から直接攻撃されることは警戒していただろうけど、こんな風に物を壊して巻き込んでくるとは思わなかったみたい。呆けたように、力なく呟く。

「本当に? 痛いところ、ない?」

「大丈夫だよ」

「どこか、強くぶつけたとかは?」

「だから、大丈夫だって。しつこい!」

 返事をしているうちに、花梨にだんだんと、いつもの調子が戻って来る。それを見て、ようやく本当に助かったんだって実感がわいてきた。

「そうだ。さっきの邪鬼は……いなくなってるか」

 花梨が思い出したように、元々ゴールのあった場所に目を向けるけど、既に逃げ出したのか、さっきまでいた邪鬼の姿はどこにもなかった。だけど私は、むしろいなくなったことにホッとする。もしもここでまた襲ってきたら、今度こそどうなるかわからないから。

 それは花梨も同じみたいで、フッと力が抜けたように肩を下げた。

 そうしているうちに、麻耶や亜希、それに男子を含めたその他の子達も、しだいに私達のところに駆け寄ってくる。

「二人とも、大丈夫?」

「うん。ちょっと体を打っただけだから」

「私も、なんともない。その……杏が助けてくれたから」

 とりあえず、二人とも無事だってことを伝えると、それから花梨は、少し恥ずかしそうに、私に向かって言う。

「えっと……助けてくれて、ありがとね」

「なに言ってるの。当たり前じゃない」

「ううん。本当に、ありがとう。ごめんね。私のせいで、杏まで危ない目にあって……」

「って、花梨。もしかして、泣いてるの?」

 いつの間にか、花梨の目には涙がたまっていた。

「泣いてない!」

「えっ、でも……」

「泣いてないーっ!」

 涙を拭いながらむきになる花梨を見て、こんな時だってのに、思わず笑顔になる。

 少し前に感じていた花梨との溝が、なんだか今は、消え去っているような気がした。

「二人とも、無事でよかったけど、じゃれあうのは後にしましょうか」

「「えっ……?」」

 先生からそう言われ、さらに、周りにいる子達がクスクスと笑っているのに気づく。狙ったわけじゃないのに返事がハモってしまって、さらに笑いが大きくなる。うう……こんな時に双子のシンクロを発揮しなくていいのに。

「とりあえず、立てる?」

「「は、はーい」」

 二人とも、恥ずかしがりながらも揃って立ち上がろうとするけど、床に足を立てたところで、急に痛みが走った。

「いたっ!」

 慌てて座り込むと、少しだけ痛みが和らぐ。だけど再び立とうとすると、また同じように痛みが走った。

「どうしたの、杏?」

「えっと……足、ひねったみたい」

 座っている間は平気だったけど、足をつこうとうとすると痛むみたい。

「人に痛いところないかって聞いておいて、自分がケガしてるじゃない」

「うう……ごめん。でも、立てないほどじゃないから」

 今度は、痛みを我慢しながら立ち上がろうとするけど、先生がそれを止めた。

「無理に立とうとしないで。ひとまず保健室に行きましょうか。でも、私はこのことを他の先生に報告しなきゃいけないし……誰か、吉野さんに付き添ってもらえない?」

「私、行きます! あっ、でも保健室ってどこにあるんだっけ?」

 真っ先に手を上げたのは花梨。だけど、まだ転校してきたばっかりだし、どこに何があるのかよくわかってないみたい。

 まあ、私が案内すればいいか。そう思ったけど、そこでさらに、別の声が入ってきた。

 それは、男子の声だった。

「あの、俺も一緒に行きます。歩けないなら支えていた方がいいだろうし、それなら、男の俺の方が、力があるから」

 声を聞いただけで誰だかかわかる。顔を向けると、そこにいたのは、思った通り、結城君だった。


「足、痛むならすぐに言ってくれ」

「う、うん。大丈夫だから……」

 気づかう言葉に、声を固くしながら返事をする。保健室に向かう途中、私は結城君に、肩を担いでもらいながら歩いていた。

 その反対側には、花梨もいる。私と、結城君と、花梨。保健室にはこの三人で行くことになった。結城君が、足を痛めた私を支えようとしてこんな体勢になったけど、こうして肩を貸してもらうのは、なんだか抵抗があった。

「だいぶ痛みも引いてきたし、もう一人で歩いても平気だと思うんだけど。それに、私、重いでしょ」

「ダメだ。引いてきたってことは、まだ完全にはなくなってないんだろ。だいたい、吉野一人くらい簡単に支えられる。保健室まで抱えていくことだってできるけど、そうするか?」

「い、今のままでいいから!」

 離してもらおうと思ったけど、あえなく失敗。それどころか、もっとすごいことになるところだった。

 すると、花梨が結城君には聞こえないよう、耳元で囁く。

「ねえ。もしかして、まだ距離感とか気にしてるの? いくらなんでも、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」

 それも、全く無いわけじゃない。だけどそうじゃない、そうじゃないの。

 だって、好きな男の子に肩を貸してもらってるんだよ。距離が近いどころか、体が密着してるんだよ。そんなの、なんだか恥ずかしい。

 結城君は、この体勢のことをどう思ってるのかな。気にはなったけど、思っているだけじゃ、もちろんそんなこと、答えてくれるはずもない。かわりに、こんなことを言い始めた。

「それにしても、これくらいですんでまだよかったよ。二人とも、もう少しで大ケガするところだったかもしれない。吉野、よく咄嗟に動けたな」

「実は、少し前から何か起こるんじゃないかって注意はしてたの。まさか、ゴールが落ちてくるなんて思わなかったけどね」

「どういうことだ?」

 もちろん結城君は、今回の事故が邪鬼のおこしたものだなんて知らない。それを知っているのは私と花梨の二人だけだし、邪鬼が何なのか知らない人には、本当のことは黙っておくつもりだ。

 だけど結城君になら、話してもいいだろう。

「実はあれ、邪鬼のしわざなの。最近多く出ているっては聞いてたけど、この学校の中には特にいるみたい」

「マジで? それって、ヤバいんじゃないのか」

 邪鬼のことを知ってるだけあって、理解も早い。けどそれだけに、話を聞いて不安にもなったみたいだ。

「そういえば、花梨はその邪鬼ってやつをやっつける修行をするために、転校していったんだよな。じゃあ、さっきの邪鬼も倒せるのか?」

 それは私も気になった。さっきの邪鬼は影形。邪鬼の中でも、力の強いやつだ。そりゃ、私と再会した時だって、影形の邪鬼を退治してたけど、やっぱり心配にはなってくる。

 だけど花梨はすぐにはそれに答えず、少しの間、じっと黙りこんでいた。

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