第9話 ゴール裏にひそむ邪鬼
その日、最後の授業は体育だった。
種目はバレーボール。何人かでチームを作って、交代で試合をやっている。
私は、いつものように亜希達と一緒のチームになったんだけど、ついさっき試合が終わって、今は見学中だ。
普段ならこんな時、みんなと一緒にうるさくないくらいのお喋りをするけど、今はそんな気分にはなれずに、一人で体育館の隅っこに立っていた。
昼休み、花梨と話して以来、心の中のモヤモヤが、どうしても拭えない。
花梨のこと、亜希のこと、それに結城君のことが、頭の中をグルグル回って、胸が苦しくなってくる。
その結城君だけど、今は男子も男子で、体育館の片面を使ってでバレーをやっている。目を向けると、ちょうど結城君が相手のコートに向かってスパイクを決めるところだった。
サッカー部に入ってる結城君だけど、元々運動は何でも得意。そんな姿を見てカッコいいなと思ったのは、一度や二度じゃなかった。好きになった理由のひとつだった。
だけど、この思いは誰にも言えない。言っちゃいけない。
「ねえ、杏──」
「ひゃぁっ!」
突然名前を呼ばれて、変な声をあげる。見ると、そこにいたのは麻耶だった。
「ちょっと、驚きすぎ。どれだけボーッとしてるのよ」
「ご、ごめん」
気持ちが沈んでるって自覚はあったけど、近くに来ていたことにも気づかないなんて、いくらなんでも重傷だ。
だけど次の言葉が、私の心をさらに揺らす。
「ねえ。妹さんと──花梨と何かあった?」
「えっ……な、なんで?」
「だって杏、どう見ても元気ないじゃない。花梨も花梨で、一緒のチームに入らないかって誘おうとしたのに、さっさと他の子達のところに行くんだもん。まだほとんど知り合いなんていないんだし、普通杏と同じチームに入ろうとするんじゃない?」
「花梨は、そういうの自由なところあるから」
そうは言ったものの、本当はそんなんじゃないってのは、私だってわかってる。
チームを作る時、花梨に声をかけるべきか少し迷ったけど、それを決めるより先に、花梨はさっさと他の子達のチームに入れてもらっていた。
それはまるで、話しかけないでと言われているようにも感じた。
「ならいいけど……」
麻耶も、私達の間にある微妙な空気を感じたんだろう。心配そうにしているけれど、その理由を言ったら、麻耶まで困らせてしまう。
そう思って黙っているけど、なんでもないとごまかす度に、だんだん自分のことが嫌いになっていくような気がした。
やりきれない思いで花梨の姿を探すと、他の子達から離れたところで、一人険しい顔をしているのを見つけた。
私のこと、怒ってるのかな。最初そう思ったけど、すぐに、花梨の視線が変なところに向いているのに気づく。
何してるんだろう?
花梨の見つめる先にあるのは、体育館の壁に設置された、バスケットのゴールだった。もちろん、バレーをやっている今は、何の関係もない。けどだからこそ、どうして花梨がそんなに見つめているのか気になった。
もう一度、今度はもっと目を凝らして、バスケットのゴールを見つめる。そして、気づいた。
「うそ!」
「えっ、どうしたの?」
私のあげた声に麻耶が驚くけど、それを気にする余裕はなかった。
花梨の見つめていたゴールの裏。そこには紛れもない、邪鬼の姿があった。
ちょっと待って。確かに、さっき花梨は、学校の中には異常なくらい邪鬼がいるって言ってたけど、いくらなんでも多すぎない?
まさか、こんなに早くその姿を見ることになるなんて、思いもしなかった。
しかもこの邪鬼は、影形。さっき花梨が退治したって言ってた、モヤの姿をしたやつよりも、もっと強い力を持っている。
どうしよう。周りのみんなに、逃げろって言った方がいいのかな。でもそんなことしても、邪鬼の姿が見えないのなら、きっとなんのことだかわからないよね。
「ねえ。本当に何もないの? なんだか、顔色悪いんだけど」
「う、うん。さっき試合で疲れたのかも。後で保健室行こうかな」
本当は、何があったか全部話したいのに、それができないのが歯痒い。そんな風に思っているのは、多分花梨も同じだ。
もしも今すぐここで邪鬼と戦ったら、間違いなく変な目で見られるし、下手をすると邪鬼が暴れて、よけい危険になる。
幸い、邪鬼は今のところそこにいるだけで、大きな動きは見せていない。だから花梨も、決して騒ごうとはせず、だけど何かあったらすぐに動けるよう、ゴールの真下に移動して、睨むように邪鬼を見張っていた。
(私にも、何か手伝えることないかな?)
そう思ったけど、邪鬼の姿を見ることしかできない私に、できることがあるとは思えない。それに何より、こんな状況でも、まだ花梨には話しかけづらかった。
ハラハラしながら、花梨と、ゴール裏に潜む邪鬼を、交互に見る。
だけど、その時気づいた。ただその場でじっとしているだけだと思っていた邪鬼。けれどよく見ると、ゴール裏にある金具に向かって、不自然に手を伸ばしている。
何をやってるんだろう。花梨の位置からだとそれがわからないのか、気づいた様子はない。
(教えた方がいいのかな?)
少しだけ迷ったけど、もしもこれが原因で、万が一のことがおきたら大変だ。そう思って、花梨のところに向かって歩き出す。
後から思えば、この判断は正しくて、あまりにギリギリのタイミングだった。
花梨まで数歩近づいたその時、固定されているはずのゴールが、グラリと揺れた。
「えっ……?」
それを見て気づく。あの邪鬼は、ゴールを支える金具を壊していたんだってことに。
だけど、今ごろわかってももう遅い。支えを失ったゴールは、自らの重さに耐えられなくなる。そして、その真下には花梨がいる。
「花梨!」
このままじゃ、花梨がケガをする。もしかしたら、死んじゃうかもしれない。一瞬でそんな恐怖が体を支配し、気がつけば、声をあげて駆け出していた。
ガシャンという大きな音が体育館中に響き渡ったのは、その直後だった。
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