第6話 幼馴染の距離感

「今日からこの学校に転入してきた、吉野花梨です。よろしくお願いします」

 朝のホームルームの時間。先生に連れられてきた花梨が、教卓の前でニッコリ笑って自己紹介をする。それを見たクラスの子達が、わずかにザワついたのがわかった。

 私も、ちょっとびっくりしたよ。今日から花梨が転校してくるのはわかってたけど、同じクラスだったんだ。

 転校生ってのは、どうしても注目を浴びるもの。だけど今回の場合、花梨だけでなく、私までみんなの視線を集めることになる。

「あと、気づいた人も多いと思うけど、そこにいる吉野杏の双子の妹です。姉共々、よろしくね」

 その一言で、周りの視線が一気に私に向かって突き刺さる。それは、花梨が自己紹介を終え、教室の隅に新たに置かれた席についてからも、なくなることはなかった。

 そして、そんなみんなの好奇心は、ホームルームが終わり先生が教室を出ていったとたん、一気に形となって現れる。

 何人かの生徒が花梨のところに寄っていき、そして私のところにも、亜希、渚、麻耶の三人がやって来た。

「杏、あんた妹なんていたの?」

「そういえば、前に聞いたことがあったっけ。今まで別々に暮らしてたの?」

「どうしてこんな時期に転校してきたのさ?」

「ちょっ、ちょっと待ってよ。今から説明するから」

 驚きながら色々聞いてくるけど、突然現れた友達の双子の妹なんて、相当にレアなケースだもん。そりゃ気になるよね。

「小学校に入ってすぐに、パパと一緒に暮らすようになったんだけど、色々あってまた一緒に住むことになったんだ」

「ああ。そういえば昔、別のクラスに双子がいたような気がしたけど、あれって杏達のことだったんだ」

 それに私が亜希達と仲良くなったのは、花梨がいなくなってからけっこう後。花梨がいたころは、クラスだって違っていたから、みんなが花梨のことをよく知らないのも無理はない。

 同じ小学校に通っていた子は他にも何人かいたけれど、花梨のことをちゃんと覚えている子はあんまりいないんじゃないかなと思う。

 で、その花梨はというと、向こうは向こうで、いくつもの質問攻撃を受けていた。

「ここに来る前は、どんな学校通ってたの?」

「山の中の、すっごく小さなところ。だから、ここの大きさにびっくりしたよ」

「間違ってたらごめんね。小学生のころ、同じクラスだったよね。その、あんまりよく覚えてないけど……」

「私もよく覚えてないからお互い様だね。これから仲良くなっていけばいいじゃない」

「双子ってやっぱり仲いいの?」

「うーん、他の兄弟姉妹のことはよく知らないからね。でも、離れて暮らしている間も、電話はしょっちゅうしていたよ」

 転校生として、元同級生として、あるいは双子について。質問の内容は様々だけど、花梨はそのすべてに、物怖じすることなくハキハキと答えていく。私だったら、圧倒されて言葉が出なくなっちゃいそう。

 だけど、質問に答えている途中で、不意に花梨の言葉が途切れる。そしてその目は、少し離れたところから様子を見ていた、一人の男子に向けられていた。結城君だ。

「大成、大成だよね。背、伸びてるじゃない。前は、私とあんまり変わらなかったのに!」

「ああ。久しぶりだな、吉野。そりゃ、最後に会ってからけっこう経ったんだし、背だって伸びるさ」

 いきなり呼ばれて面をくらう結城君だけど、すぐに笑顔でそれに応える。

 私と小学校に入る前からの幼馴染みである結城君は、当然花梨とも幼馴染み。たまに花梨がこっちに帰ってきた時は、会って一緒に遊ぶことも何度かあった。

 ただ、私と結城君は、少し前からお互い下の名前でなく名字で呼び合うようになっていたけど、花梨は今も、結城君を大成と呼ぶ。さらに──

「吉野だなんて、どうしたのさ。前みたいに、花梨でいいって。だいたい、吉野じゃ私か杏かわからないじゃない」

「まあ、そうだな。──花梨」

 結城君も、花梨のことを名前で呼び始める。それを見て、私は内心ヒヤリとする。

 確かに、私も花梨も同じ吉野だから、両方その呼び方だと紛らわしいよ。だけど、お互下の名前呼び合うのって、なんだかすっごく距離が近いっていうか、少しだけ特別な感じがしない?

 別に、それが嫌ってわけじゃない。ただそうなると、色々と複雑なところがあるの。

 ちらりと、隣にいる亜希を見る。すると亜希もまたこっちを見ていて、私達の目が合った。

「なに?」

「な、なんでもないけど……」

 とは言ったけど、本当は、ちょっぴり思うところがある。

 私だって、結城君のことは、元々は大成って呼んでいた。それが変わったのは、亜希が結城君のことを好きだって知ってからだ。

 亜希の気持ちを考えて、少しだけ、結城君との距離をとるようになった。呼び方を下の名前に変えたのも、そのひとつだ。

 なら、花梨と結城君がお互い名前で呼び合っているのを見て、亜希はどう思うだろう。

「杏の妹、結城君と仲いいんだね」

「えっ──そ、そうかな。そりゃ、昔からの友達だけど、最近は一年くらい会ってなかったよ」

 亜希の言葉を聞いて、焦りながら答える。わざわざ仲がいいですよってアピールたって、いいことはなさそうだ。

 すると亜希は、さらにこんなことを言ってきた。

「そう? せっかくだから、杏も結城君と下の名前で呼び合ってみたら?」

「えっ──」

 いいの? 一瞬そう思ったけど、すぐに気づく。

 多分亜希は、私に断ってほしくて、わざとこんなことを言ったんだって。

「私はいいよ。もう結城くんで慣れちゃってるし、それに、男子に名前呼びされるのも、なんだか恥ずかしいから」

「ふーん。まあ、それもそうよね」

 満足そうに頷くのを見て、自分の対応が間違っていなかったとわかる。

 見ると、私達のやり取りを見守っていた渚と麻耶も、どこかホッとしているようだった。

 それから亜希は、改めて花梨を見ながら、席を立つ。

「さてと。そろそろ、私達も挨拶しようかしらね。杏、紹介してくれる?」

「う、うん。そうだね。花梨ーっ!」

 亜希に促され花梨を呼ぶと、花梨も結城君との話をやめて、こっちを向く。

「あっ、杏。その人達、杏の友達? これからよろしくね」

 屈託のない笑顔を見せる花梨。どうやら、さっきまでの微妙な空気には、気づいていないみたいだ。

 だけど、その方がいいかもしれない。

「こっちこそよろしく。ほんと、杏にそっくりね。ビックリしたわ」

「双子だからね~」

 花梨は妹だし、亜希達は大事な友達だ。みんなが挨拶を交わすのを見ながら、どうか仲良くやってほしいと、心の中で祈っていた。

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