退魔師一家の平凡な私

無月兄

第1話 平凡な私と、ちょっと普通じゃない家族

 出かける前に、玄関にある姿見で、おかしなところはないか確認する。この春入学したばかりの中学校の制服は、この辺りの女の子の間ではかわいいと評判だ。そんな、かわいい制服に身を包んだ私は──普通だ。

 決して自分の見た目が嫌いってわけじゃないけど、かといって人目を引くような何かがあるってわけじゃない。それは、外見だけじゃなくって中身も同じ。学校の勉強は、まん中くらいか、がんばってもそれよりちょっと上がせいいっぱい。運動だってそう。そんな、どこまでも普通で平凡な女の子。それが私、吉野杏だ。

「杏、なにしてるの? 早く学校行かないと、遅刻するわよ」

 いつまでも動かない私を見て、後からやってきたママが言う。

 この家には、私とママの二人暮らしだ。他にも家族はいるんだけど、今は離れたところに住んでいるんだ。って言っても、べつに家族の仲が悪いってわけじゃないよ。

「今から行くとこ。それに、まだ余裕あるから」

「ならいいけど。この時間は車も多いんだから、慌てて事故にあわないよう気をつけるのよ」

「わかってるよ。もう小さい子どもじゃないんだから」

 もう中学生になったってのに、出かける時に、ママからこんな風に注意されるのは相変わらずだ。そして、ママから気をつけるように言われるのは、車だけじゃなかった。

「それから、邪鬼にも注意すること。最近、この街にたくさん現れるようになってるみたいだから」

「はーい」

 返事をしながら靴を履き、学校へと向かう。いつもよりほんの少し出るのが遅れたけど、ママにも言ったように、まだまだ時間に余裕はある。いつものように、家の前のちょっとした坂を上がって、交差点を通り、学校までの道のりを半分くらいまで進んだ時だった。その道の途中に、黒いモヤのようなものがかかっているのを見つけたのは。

(──邪鬼じゃきだ)

 この黒いモヤのようなものこそ、さっきママの言ってた、邪鬼ってやつだ。これを見つけた以上、ここから先には進まない方がいい。そう思って足を止めると、不意に後ろから声が飛んできた。

「吉野。こんなところで急に立ち止まって、どうしたんだよ?」

 この声は──

「ゆ、結城君?」

 振り返ると、そこには思った通り、一人の男子の姿があった。

 彼の名前は、結城大成君。中学の同級生で、クラスメイト。それに家が近所で、小学校に入る前から一緒に遊んでいた、幼馴染みってやつだ。

 って言っても、結城君は小学校の終わりくらいには、サッカー部のエースでみんなの人気者。キラキラしていて、いつの間にか私とは住む世界が違う人、みたいな感じになっていた。

 それに最近じゃ、わけあって前と比べて話す回数も減ってきている。正直今も、声をかけられてどうしようって思ってるんだ。

 すると結城君は、そんな私を見て、少し寂しそうな顔をする。

「もしかして、何か邪魔したか? だったら悪い。俺、先に学校行ってるから」

 そう言って、さっさと先に進もうとする結城君。それを見て、私は慌てた。

 だって、この道の先には邪鬼がいる。だけど、結城君にはそれは見えないんだ。だからこそ、このまま行かせるわけにはいかなかった。

「ま、まって!」

 結城君の足が止まり、こっちを向く。

「え……えっとね。今、この道の先に、邪鬼がいるの」

「邪鬼って──いるのか、ここに?」

 邪鬼。それを聞いたとたん、結城君の顔色が変わる。だけど私は、それを見て少しだけホッとする。

 だって普通の人は、いきなり邪鬼なんて言われても、なんのことだかわからないし、話を聞いてくれないかもしれない。けど、結城君は違う。

「邪鬼って、たしか人間の良くない感情をエサにする、妖怪みたいなやつだよな?」

「うん。怒ったり、悲しんだり、後悔したり、そういう気持ちを持った人からは、目には見えない負気ふきっていう気が出てくるの。邪鬼はその負気を集めるために、人間を襲おうとするんだ」

 負気とか、妖怪みたいなやつとか、もしこれが結城君でなく他の人なら、とても信じてもらえないだろう。だけど結城君はある程度事情を知っていて、そのおかげで、こうしてなんとか引き留めることができた。

「負気を集めるって、どんなことをするんだ?」

「えっとね。今ここにいるのは、黒いモヤみたいなやつなんだけど、それに触れたら、どこかケガしたり、体調が悪くなったりするの。そんなことになったら、当然嫌な気持ちになるでしょ。そしたら負気が出てくるから、それを吸い取ろうとするんだよ」

「そんなやつが、ここにいるのか」

 私の話を聞いた結城君は、険しい顔で道の先を見つめている。邪鬼の姿は見えないけれど、だからよけいに警戒しているのかもしれない。

 だけど、このタイプの邪鬼と出会った時どうすればいいか、私は知っている。

「大丈夫。モヤの形をした邪鬼は、邪鬼の中でも一番力が弱くて、ハッキリとした意思もほとんどないの。直接触れなきゃ何もおきないし、大抵は、少しの間待ってたら、勝手にいなくなるから。だから、それまで近づかなければ平気」

「じゃあ、しばらくここで待ってたらなんとかなるのか?」

「たぶん、そうだと思う」

 決して近寄らずにやり過ごす。それが、モヤの形をした邪鬼と出会った時の対処法だった。そうして、私も結城君も、それ以上先へは進まず、足を止める。

 幸い、今は私たち以外にまわりに人はいなかったから、それを不思議がられることも、誰かが邪鬼のいるところに向かっていくこともなかった。

 そして待つこと数分。そこにあったモヤが、急にあたりに溶け込むみたいに薄くなっていき、あっという間に消えてしまった。

 よかった、いなくなった。

「邪鬼、いなくなったよ」

「そうなのか? 俺には全然見えないけどな」

 結城君は、さっきから目を細くして、道の先をじっと見てたけど、邪鬼の姿はさっぱりわからなかったみたい。

 結城君だけじゃない。ほとんどの人には、邪鬼の姿なんて見ることはできないんだ。

「そんなのが見えるなんて、あいかわらず吉野はすごいな」

「そんなことないよ」

 すごいと言われて、私は反射的にそれを否定する。

 確かに、邪鬼の姿が見えるってのは、私にとって数少ない、普通じゃないところだと思う。けどだからといって、決してすごいなんて言われるようなものじゃない。

「うちは、パパが代々退魔師の家系だから、私はその力をちょっぴりもらっているだけだよ」

 そう。私のママは普通の会社員だけど、実はパパの方は、ちょっと普通じゃない。

 パパは、先祖代々、さっきの邪鬼みたいなのをやっつける、退魔師って仕事をやっていて、しかもその中でもかなり偉い人なの。私が邪鬼について色々知ってるのも、全部パパから教わったから。

 今は離れて暮らしているのも、そんなお仕事の関係なんだ。

 退魔師のことも、本当は邪鬼と同じくあまり人には言えないことなんだけど、幼馴染みの結城君には、私達がまだ小さかったころに、全部しゃべっていた。

「いや、親がそういう仕事をしてるってだけで、十分すごいだろ」

「ううん、違うよ」

 また、すごいと言ってくる結城君。だけど私も私で、やっぱり答えは変わらない。

 だって、私はちっともすごくないんだから。

「本当にすごい人だったら、さっきの邪鬼だって、あっという間にやっつけられるよ。だけど私は見えるだけで、なにもできない。そんなの、全然すごくないし、特別でもないんだよ」

 邪鬼が見えるってのは、確かに他の人からすれば、驚かれることかもしれない。だけどたとえ見つけたとしても、私にできるのはそれだけだ。あとは、逃げ出すか、今みたいに勝手にいなくなってくれるのを待つしかない。

「そうかな……」

 キッパリと言う私を見て、結城君はなんだか少し寂しそうだったけど、こればっかりは本当なんだからしかたない。

「それより、邪鬼もいなくなったことだし、早く学校行かなきゃ」

「そうだな。急がないと」

 そこまで長くはないけど、ここで待っていた分、よけいに時間がかかっちゃった。まだまだ遅刻しそうな時間じゃないけれど、ちょっと急いだ方がいいかも。

 私と結城君は、少しだけ足を早めながら、学校に続く道を歩きはじめた。

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