亜人

「……ん?」


 帰りの道中、何か聞こえた。

 人の声だ。

 こんな朝早くにご苦労だな~と思いながら、この世界の庶民の生活が気になった俺は声に耳を傾ける。


「亜人が町に入るんじゃねー!」


 聞こえてきたのは、俺の想像を斜め上に逸れるものだった。

 同時に嫌な記憶が蘇る。


 引きこもっていた学校生活。

 カマ野郎と呼ばれてきた地獄のような日々。

 その声は前世の僕を馬鹿にしてきた声音と似ていた。

 見下している相手を寄ってたかって虐め、悦に浸る声だ。


「こっからでてけー!」

「これでもくらえー!」

「当たったー!」


 見れば、そこには先日の雨で泥沼みたいになっている畑。

 その中で体中泥だらけにしている三人の子供たちが、

 道を歩いている一人の少年に向かって泥を投げつけていた。


「顔に当てたら10点な!」」

「俺あたった! 俺ゆうしょうなー!」

「俺だよ俺! 俺がゆうしょうー!」


 いじめの現場だ。

 何処の世界でもこういった奴はいるようだ。

 自分より下の奴には何をしてもいいと思っている奴らが。

 格下だから反撃されないと、自分たちとは違うから悪くないと思ってる奴らが。


 いじめられている子は足を怪我しているらしい。

 歩き方が利き足であろう右足を庇うような動きをしている。

 そのせいでイジメっ子たちの攻撃から逃げ切れないでいた。



 怪我している子を寄ってたかって……!



 気が付けば俺の身体は動きだしていた。


「やめないか!」


 俺はいじめっ子といじめられっ子の間に入り込んだ。


「なんだよお前!」

「関係ねーやつが入ってくんなよ!」

「亜人の味方すんのかよ!」


 石を投げる手を止め、俺を睨んでくるいじめっ子たち。

 どうやら標的が一瞬で俺の方に向いたようだ。

 後はどうやってこの子を逃がすか……。


「だったら何?」

「かっこつけてんじゃねえよ!」

「おまえ、伯爵んちのヤツだな!」

「お坊ちゃんかしゃしゃってくんな!」


 何だ、俺の事を知っている?

 妙だな、俺はこの世に生まれて七年間一度も外から出てない。

 こうして抜け出したことは何度もあるが、人に見られてチクられる危険性を考慮して見つからないようにしてきた。

 なのに何で俺の顔を知ってるんだ?


「貴族の子供が亜人の味方していーのかよ!?」

「伯爵が亜人の味方だって言ってやろーぜ!」

「母ちゃんたちに言いつけてやろーぜ!」


 いい加減うるさくなった俺は杖を取り出して軽く振るう。

 杖の先から迸る青い電流。

 バチバチと派手な音を立てて子供たちを威圧した。


「……で、誰が先に丸焼きになる?」

「「「ッヒ!?」」」


 短い悲鳴を上げて下がるいじめっ子たち。

 そうだ、それでいい。そのままさっさと帰れ。


「ふ…ふんだ! 魔法が何だってんだ!」

「そ、そうだぜ! ま、魔法使いはせっきんせんに弱いんだ」

「聞いたことあるぜ! 魔法使いは呪文唱えなくちゃいけないから剣士には勝てないって!」


 ガクガクと震えながら虚勢を張るいじめっ子。

 おいおい、まさかコイツら本気で言ってるのか?


 確かに魔法使いは接近戦が苦手だ。

 呪文を唱えるという工程がある以上、どうしても魔法発動にはタイムラグがあり、そこを突かれて負けるという例はいくらでもある。

 だが、それでも魔法を使えるというアドバンテージを覆すには足りない。


 近すぎるなら距離を離せばいいだけのこと。

 いじめっ子たちと俺の間には3歩ほどの差があり、俺が後ろに逃げながら呪文を唱えれば十分魔法は発動する。

 それに、魔法使いが接近戦が出来ないと考えるのは軽率だ。

 魔法使いにとって杖は打撃武器にもなるし、中には白兵戦をしながら呪文を唱えられる魔法使いだっている。


 魔法が使えるのとそうでないのとでは大きな差がある。

 ソレは決して簡単に埋められるものではない。


「魔法使えるからって見下しやがって!」


 そうこうしているうちにリーダー格らしき子供が殴りかかった。

 年は11、2ぐらいだろうか。

 女の子だが背は高く、意外とガッチリしている。

 同年代同士の殴り合いならまず負けたことはないだろう。

 だが、俺には通じない。


「おそっ」


 ソイツのパンチはあまりにもお粗末だった。

 コイツの拳が当たる間に7発は殴れるぞ。

 無論、魔力を使わない素の状態でだ。


 軽く頬を殴った。

 力は込めてない。

 軽くジャブを放った程度……いや、ただの手打ちだ。

 いくらいじめっ子とはいえ、俺とコイツとでは大分精神的に年の差がある。

 そんあ相手に本気で殴るわけがない。


「……フッ!?」


 ガボンと、何かが割れる音が聞こえた。

 拳から伝わる硬い骨を砕く感触。

 間違いない、俺はコイツの顎の骨を折った。


「~~~~~~~!!!?」


 顎を抑えて転がりまわるリーダー格の子供。

 ソレを見た取り巻きのいじめっ子たちが彼へと寄り添う。


「しょ、しょうちゃん!?」

「顎が……顎が変な形になってる!」


 マズい! 加減を誤ってしまった!

 俺は慌てて取り巻きを押し退け、杖をリーダー格の子に向けた。


「清らかな水よ! 彼の者を癒せ! 骨を繋げ! キュア・ボーン!」


 早口で呪文を唱える。

 途端、青い光がリーダー格の子の顎に当たり、骨折を一瞬で癒した。


 回復魔法。

 水の精霊の力を借りて、生物が持つ自己再生力によって傷を治す魔法。

 初級だとせいぜいかすり傷を治す程度だが、極めることで一瞬で大けがも治せる。

 ただ、自己再生力を上げるという特性上、欠損してしばらく経った傷などは治せないし、使った後はかけた相手の体力を怪我のひどさに比例して消耗させてしまう。

 まあ、この程度なら大したことないが。


「これで治ったが今日は安静にした方がいい」

「ヒィ!!」


 取り巻き達の方へ目を向けた瞬間、怯えたような表情を見せた。


「く、来るな化け物!」

「ヒィぃぃぃぃぃ!」


 いじめっ子たちはガキ大将の肩を支えながら俺から逃げていった。

 うん、ちゃんと友達は見捨てず一緒に抱えるだ。

 なんでその優しさを他の人にも向けられないの?


「君、大丈夫? 荷物は無事?」


 とりあえず、いじめられた子に振り返る。

 瞬間、俺は言葉を失った


「わーぉ……」


 驚くほどの美少女。

 ドルフィに匹敵する程だ。


 少女は怯えた顔を向けてきた。

 まるで小動物のような保護欲を誘う。

 まあ、あんな目に遭ったのだから当然か。


 この子の美しさはこびりついた汚れのせいで台無しだ。

 先程のいじめっ子に田んぼにでも落とされたのか、体中泥だらけ。

 しょうがない、キレイにしてやるか。


「目を瞑って」

「え? う…うん」


 素直に従う泥だらけの美少女。

 可愛いな。


「清らかな水よ 彼の者を洗え 泥を落とせ クリーン」

「わぁっ!」


 慌てて逃げようとするが、もう遅い。

 呪文を唱えると同時に青い光が彼女の汚れを落とし、綺麗に洗濯してやった。


 本当に魔法は便利だ。便利すぎて普段の生活も物ぐさになってしまう。


「よし、こんなもんかな」


 光が止むと同時に、その子の全貌が目に映る。


 肩まで伸びる金色の髪に、長く尖った耳。

 ソレを見た瞬間、ある単語が俺の頭の中に浮かんだ。


 亜人。

 人類に敵対する種族だ。

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