第9話


 俺は父上と共に魔法の練習を行うことになった。

 魔法を使うためには杖がいると渡してきたが、無しでも使えると言ったのだげど……。


「魔法を使うためには魔法発動媒体が必要不可欠だぞ?」

「………え?」


 一瞬、父上の言ったことが理解出来ずにフリーズしてしまう。

 え? 何言ってるの? 俺、五歳の頃から魔力使ってたよ? 強化魔法も使えるよ? どいうことなの?

 それから話を聞いたが、父上は話をするのが得意ではないので自分なりにまとめると……。


「魔力が酒樽にたまっている酒だとすると、杖は酒樽から魔力を引き出す桶のようなものですね?」

「そ、そういうことになるな」


 こういうことだ。

 つまりいくら魔力があっても、ソレを引き出す媒体がなくては魔力を外に出すことは出来ないということだ。


「(待てよ、ということは魔力って本来体外に出すものではないということか?)」


 6歳を迎えて気づいたことなのだが、俺の魔力は外に出すことに向いてない。

 体内或いは自分の身体そのもに魔力を流して強化するのと、外に流して他の物質を魔力強化するのとでは効率やら威力やらが極端に下がる。

 この結果から、俺は魔力とは外に作用する効果に向いてないのではと思ったのだが……。


「(なるほど、俺のやっていた魔力トレは“邪道”だったということか)」


 今日、俺はやっと理解した。

 俺のやっていた魔力トレは本来の魔法ではないと。

 所詮は俺の独学と想像でやっていたことなのでいつか限界が来るとは思っていたが、まさかこんな形で迎えるとは思わなかった。

 もっとも、全てが無駄というわけではないが。


「では、魔法を使うための杖を選んでもらう。……おい」


 父上が偉そうに高圧的な声で呼ぶと、後ろで待機していた老人が箱を持って近づいてきた。

 老人は細長い木製の指揮棒のようなものを俺に渡す。


「竜馬の毛を芯に使ったトネリコの杖でございます」

「毛を芯に使う? 毛なんて柔らかいものを芯に使って意味あるの?」

「はい。杖の芯とは魔力を引き出す性質を持つ生物の体の一部を加工して作るのです」

「なるほど。ソレで、コレを振ればいいのですか」


 言うなり、俺は軽く杖を振った。

 何かが爆発する音がしたので俺はそっと返却した。


「スギとユニコーンの毛の杖でございます」

「…………」


 俺は杖を振った。

 バン、という破裂音がどこからか響いた。

 何となく手に馴染むような感覚が無い。何処となく違和感があり、再び俺は返却した。


 老人が杖を取り出しに行く間、俺は父上に振り返った。


「父上もこんな具合でしたか?」

「……いや、すぐに見つかった。普通はそうなんだ。予め合う杖の目星をつけて用意するのが。あのジジイ、アルコを舐めているじゃないのか?」


 まずい、このままではまた親父の親バカが発動してしまう。その前にさっさと俺に合う杖を選ばなきゃ。

 そんなことを考えてると、杖の老人が戻ってきた。


「……オークの木に水龍の毛でございます」


 恐る恐るといった様子で杖を渡す老人。

 先程と違う態度に若干訝しんだが、特に何か害がるわけでもないので受け取る。


 手にした瞬間、この杖は先程の二本と違う気がした。

 何というか、しっくり来る。

 初めて握ったというのに、何故か慣れ親しんだ感覚がその杖にはあった。


 三度目の杖を振った瞬間―――





『ガギャアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!』




 瞬間、俺は龍の影を視た。


 東洋の龍だ。

 蛇みたいに畝る巨体は津波の如く。

 毒々しい紫色の鱗に、腐ったように濁った色の瞳。

 龍はこちらを嘲笑うかのような顔で牙を剥き出して近付いて来る。


「坊ちゃん……坊ちゃん!!」

「……………ッハ!」


 老人の声で現実に戻る俺。

 何ださっきのは? ま、幻……だったのか?

 いや。それにしては嫌にリアルな気が……。


「どうでしょうか、もう一度軽く振っては?」

「あ…ああ」


 

 試しにもう一度振ると、杖から光の球が溢れた。

 綺麗だが何処となく不安感を抱かせるような紫の光。

 まるで森を眺めているような感覚だ。


 光は俺の周囲を数秒程ゆっくりと舞い、ゆっくりと消えて行った。

 今回はさっきのような幻は見えない。

 なら、さっきのは何だったんだ?

 

「素晴らしい! 素晴らしいですぞアルコ坊ちゃま! まさか、その杖がここまで合う方がいらっしゃるとは……」

「この杖、何か問題でも?」

「いえ、龍が素材の杖はとても強いものになるのです。ただ、扱いが難しくて……。下級の竜なら問題はないのですが、上級の龍では相性の悪いものが持つと最悪命を奪われかねます」


 なんて危ないものを渡してるんだこのジジイは。


「恐らく、貴方にしか扱えまいでしょうな。いやはや、私が生きているうちにその杖の持ち主に会えるとは……。素晴らしい杖なのだが、今まで使い手が見当たらなかったんですよ」

「なるほど」


 老人は満足そうに俺の杖を見つめた。

 しかしソレも数秒程、すぐに商人の顔に戻って次の杖を持ってきた。


「コレは魚竜の骨と樫の木の杖でございます。普段はコレを使って練習してみてはどうでしょうか」

「ん?何故違う杖を持たなくちゃいけないんだ?」

「魔法の杖は魔力が安定しないと折れやすいのです。ですから普段は替えの効く杖うを使い、いざという時にその杖を使うのです」

「なるほど。つまり龍が上質で竜は量産だと」

「そういうことです」

「そうか。……父上、両方俺は欲しい」

「うむ。ではソレを買おう」

「ありがとうございます」


 こうして俺は二本の杖を購入した。

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