第214話○瑠乃の一歩目、華菜恵の二歩目
太田さんが内線を掛け終わって、少ししてから笠原さんと米花さんに加えて、俳優セクションでセクションリーダーを務めている
審査員の準備も整って、いよいよ最終審査が始まる。まず最初は歌。前と比べて表現力が付いていて、だいぶ良くなっている。私もあっという間に抜かされないように頑張らないと。
次は演技で、私の出番。やりとりしていると演技力の高さにビックリする。これは既に彩春と同じレベルなんじゃないだろうか。私も負けられないぞ。あれ?私の時は台本を1つしかやらなかったのに3つもやるの?やっぱり私の時とは違うなあ。
そして最後はダンス。まだまだ発展途上という感じだけど、歌も演技もこれだけ向上しているとダンスもすぐにレベルが上がりそう。
こんな身近なところに最大のライバルが出現とかやっぱり瑠乃はすごい!
「瑠乃、お疲れ、華菜恵はそれ集計しちゃってくれる?」
「もう済ませてあります!」
「もう!?早いわね。そうしたらさっき教えたソフトを立ち上げて、うん、それ、あっ、もうたちあげてあるのね。それでそこから……えっ、こっちも入力済み?えーと……。うん、寸評とかも含めて完璧ね。しかも、ケース分けも全部入力済ませてあるの!?あれ?私、このシステムの使い方教えたっけ?」
「審査をしているときにヘルプ開いてマニュアル読んでたんです。所々マニュアルと違うところもありましたけど、類推出来ましたし、入力自体はそんなに難しくなかったんで紙の集計を検算したあと入力しておきました。もちろん確定はさせずに一時保存だけの状態です。」
「……太田さん、これはいい人材を見つけましたね。」
「本当にいい人材です。うらやましいですね。俳優セクションに来て欲しいですよ。」
「確かに米花君、棚町君のいうとおりだな。」
「ええっ!?私なんてまだまだです……。」
「いや、沼館さん、実はそのタレント評価管理システムは、とっつきにくい上にマニュアルにも不備がたくさんあって、ちゃんと使える人はかなり限られるんです。いま全面リニューアル中なんですが、それをマニュアル読んですぐに使えるのは、ちょっと群を抜いています。」
「そうよ。ビックリしちゃった……。」
「そ、そうだったんですね……。」
「それに友達が審査している中でそちらに気をとられることなく、自分の与えられた役割をしっかりと果たそうとする姿勢も素晴らしいです。」
「笠原さん、ありがとうございます……。」
まさか華菜恵がこの4人からそんなすごい評価を受けるなんて!華菜恵の事務処理能力はすごいんだなあ……。
「じゃあ、今日の審査について、私から説明します。」
そういうと笠原さんが立ち上がった。
「結論から申し上げると最終審査合格です。本所属の書面を太田さんから渡してもらいますので、記入して提出をお願いします。以前、太田さんの方から確認してもらったときには本名のままでデビューということでしたが、そこも最終決定しておいて下さい。保証人のサインはこちらから郵送等で依頼しておきます。」
「あ、ありがとうございます!本名で頑張りたいと思います!」
「判りました。それではそのように進めます。書類手続きが順調にいけば2月7日に本所属となります。そして、実は今日の審査、別のオーディションも兼ねていまして、柊さんにはデビューの舞台として、3月26日の渋アリこけら落とし公演を用意します。少しですがセリフのある役です。また、公式サイトやパンフレットに顔写真は出ませんが、名前と役名が載ります。まだ、主役とかの最終オーディション中なので舞台稽古の開始は2月後半からになります。ただ、演技レッスンは早速明日から入ってください。」
「わ、わかりました!ありがとうございます!がんばります!」
なるほど、それで棚町さんが審査に入っていて、演技審査が3通りあったんだね。そのあと、人を呼びます、ということでしばし待っていると彩春、朋夏、大石さんがやってきた。
「作品としてのデビューは渋アリこけら落としですが、まず本所属初日に日向夏さんの定期配信へ出演していただきます。日向夏さんの配信がきっかけですからちょうど良いかと思います。」
「瑠乃、よろしくね!」
「こちらこそ、よろしくおねがいします!」
「なんか敬語!?」
「一応、芸能界の先輩ですから!」
「配信では途中で敬語を崩す感じにしようね。」
「はい!」
「そこに岡里さんもゲストで出ていただくことになっているので、そのあと9日の岡里さんの定期配信にも出演して下さい。」
「こっちもよろしく。」
「よろしくおねがいします!」
9日って私も出演することになっていたような……。
「あれ?9日の配信って。」
「はい、早緑さんもご出演いただくので、そこで表向きは初顔合わせですね。早緑さんの歌ってみたがデビューに至るきっかけですからちょうどいいと思います。」
「なるほど、わかりました!」
「早緑さんもよろしくお願いします!」
「こちらこそ!」
「舞台でのデビューに備えてレッスンとともに名前を知ってもらうための活動を太田さんが手配してくれるので、いろいろと大変だと思いますが頑張りましょう。」
「ありがとうございます!がんばります!」
瑠乃は本名で活動することもあって、彩春とは同じ大学の同級生であることをオープンにしていくそうだ。確かに大学で一緒にいるところを見られているのにはじめましてはおかしいもんね。
いやあ、無事デビューがきまって良かったなあ!なんか芸能界としても仲間が仲間として広がっていく!たのしみだ!
瑠乃は着替えるので先にスタジオを出る。そういえば、さっきエレベーターホールにいた女性は大丈夫だったのかな?なんとなく雑談が続いているので、聞いてみよう。
「あの、先ほど、11階のエレベーターホールあたりで、笠原さん、米花さんたちと話しながら泣いている花束を持った女性がいらしたんですけど……。」
「あー、あの方は、今日付けで引退されたアイドルです。」
「あっ、そうだったんですね。」
「所属されて5年ほど活動を頑張ってらしたんですが、なかなか飛躍出来ず、残念ながら……。」
「素質はあったんですけどね。いろいろとタイミングや運が悪くて、我々の力が及びませんでした。」
「確かにこの世界、みんなが勝ち上がれるわけではないですもんね……。」
「ええ、それは仕方のないところです。本当はアイドルとして羽ばたいて欲しかったですけどね。」
「あの方はどうされるんですか?」
「ご実家が京都で旅館を経営されているので、これからは女将修行だそうですよ。」
「なるほど……。引退したあとって考えたこともなかったです……。」
「今回彼女は実家に戻られますが、やむなく引退される場合には、ご本人の意向も踏まえながら、就職を希望されるケースでは、大崎の関連会社などでの雇用や懇意にしている鶴亀さん、東横高速さん、RNAさんなどへの就職活動を斡旋することがあります。」
「もちろん、別の事務所でもう一度、という希望のある方や斡旋を辞退されるケースもけっこうありますので、すべてではないですが。芸能人として厳しいレッスンで鍛えてきた人たちは精神力もあるので、採用したいという企業はそれなりにあるんです。」
「そこまでされているんですか!?」
「可能な限り、第二の人生も支援すべしというのが創業者の遺訓です。」
大崎って本当にすごい事務所なんだな……。
でも、仲間が夢半ばで引退することがないように自分も日々努力して、みんなで頑張って、それぞれフォローして、夢に向かってみんなで羽ばたきたいよね!
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