第207話●桜内先生との初対面 

 コンコン


 10分くらい待っているとドアをノックする音がする。幸大が来たかな?


「失礼します。帯屋先生と桜内先生をお連れしました。」

「はい、入ってもらって下さい。」


 最初に入ってきたのは幸大。次に入ってきたのは……ええっ!?


「あれ!?!朱石あかいしさん!?」

「あっ!高倉さん!?」

「……とりあえず整理した方が良さそうなので座りましょうか。」


 こういうときでも冷静な太田さんだけど顔を見ると明らかに驚いた顔をしている。そりゃおどろくよね。あれ?でも幸大は全然驚いていないな。なんだろう、と思っていたら幸大がそのまま説明モードに入ってくれた。


「実は桜内先生と私は小学校からの幼なじみなんです。去年の年末、京高ホテルのディナーショーが終わった直後に早緑さんの楽屋へ行ったと桜内先生からRINEをもらいました。当日、みんないるグルチャでRINEしていた内容から、もしや、と思って、一緒に行った友達の名前を聞いたら志満さんだということが判った次第です。それで、みんなと会っているだろうということも推測できたんですけど、さすがに関係性を私が勝手に暴露するわけにも行かないので、今日、一緒に着いてきてもらった感じです。」

「そうか、こうちゃん、勝手にいっちゃいけないもんね。」

「さすが帯屋先生、その判断と今日のこれはベストだと思います。ちなみに大石くんはこの件知ってます?」

「はい、契約時点で幼なじみが雨東作品のコミカライズをやっていることは話してありました。その上でディナーショーの翌日にこの件を相談して、打ち合わせで直接会って知るのであれば事務所としては不可避なので、ということで今日、こういうことにしました。」

「さすが大石くん、確かにその通り。」


 話を聞いていて、一つ疑問が……。


「あの、桜内先生。棟居さんは先生が商業漫画家であることとかはご存じですか?」

「ペンネームも含めて知ってます。しーちゃん、あっ、棟居さんとは同じ高校で一緒に漫研に入っていて、仲良くなったんです。私が商業デビューしたのは、高校2年の時にKAKUKAWAさんのIKARUGA新人まんがグランプリの大賞を受賞したことがきっかけなんですが、このコンテストには棟居さんとか4人の漫研仲間と一緒に応募したんです。彼女を含めたみんなは残念ながら落選でしたが……。受賞した『赤い月と青い太陽』の連載が始まったあと、月刊の連載だけじゃなく、読み切りとかコミカライズとかの依頼も入ってくるようになって、一人では無理になってしまったんです。それで棟居さんも含めて4人の漫研仲間にアシスタントとして手伝ってもらっています。」

「そうすると棟居さんは雨東作品のコミカライズもご存じなんですね。」

「雨東先生、棟居さんはみんながなにをやっているか話をした場所でいろいろと聞いていたからね。自分のことではないから、あえてなにもいわなかったんじゃないかな。」

「ああ、そうですね。確かに。」


 そうするともう一つ疑問が。


「桜内先生の作品がアニメ化するにあたって、岡里さんが出演されることは決まっていたと思うんですけど、あったことはなかったんですか?」

「あの時期はちょうど年末進行で連載とか読み切りとかの締め切りがキツくて制作会見とか制作記念パーティとかは全部欠席したんです……。オーディションの最終選考も大学の制作発表と重なって出られませんでしたし。」

「岡里さんのことはご存じでした?」

「もちろん、配役決定の情報をいただいたときに確認して顔写真も拝見していましたから。ただ、ディナーショーでそれを話すと私のことをあの場にいた皆さんに全部話さないといけないので黙っていました。さすがにあの場では誰が聞いているか判らなかったので……。」

「確かにそれはありますね。」


 うん?何か急に見つめ合った。なんかさっきからこの二人、すごい関係が近くないか?なんて考えていたら幸大が居住まいを正した。


「えー、さらにご説明しておくと桜内先生と私は年末から交際しています。もちろん大石さんも白子さんもご存じです。」

「棟居さんは私に彼氏がいることは知ってます。名前を教えて写真を見せたので多分判っていて黙っているんだと思います。」

「実は雨東先生の作品が取り持ってくれたんだよ。」

「えっ、俺の作品きっかけなのか!?」

「うん、KAKUKAWAさんからコミカライズの依頼があったときに一度は断ったんだけど、俺のタッチに近い感じで描ける漫画家の知り合いがいたら紹介して欲しいって言われたんだ。それで幼なじみで商業デビューしていることを知っていた彼女を一昨年の6月に紹介して、挿絵との整合性も考えなきゃいけないっていうことで連絡をこまめに取り合うようになって、いまに至る。」

「雨東先生は私たちのキューピッドですね。」

「見ての通りたいした奴ではないですけどね。それにしてもこんなご縁があるとは。よかったら桜内先生をみんなに紹介したいんですが、太田さんいかがでしょうね?」

「私個人としては問題ないと思いますが、その前にKAKUKAWAさんとしてはいかがですか?」

「うちも特段問題ないですが、その辺の決定権は我々よりも御社にあるかと。」

「えっ?」

「実は1月5日付けで大崎さんに仮所属させていただいたんです。」

「ええっ!?ちょっと待って下さいね。」


 そういうと太田さんはタブレットを取り出して何やら確認しはじめた。


「確かに1月5日付けの社内向けタレント契約情報に桜内先生のお名前もありますね……。」

「えっ、どんな流れだったのか、もう少し詳しく教えてくれよ。」


 幸大の説明によるとせまじょのコミカライズという話が来たとき、幸大はマンガを描かないので一度断った。そのあと、白子さんから「帯屋先生のお知り合いとかで、帯屋先生の挿絵のようなタッチで描ける人はいないか」という打診があった。年に何度か中学校時代の親しい友人たちと一緒に食事に行っていて、そこでのやりとりで商業デビューしていることを知っていた朱石さんを紹介したとのこと。

 白子さんによると朱石さんはKAKUKAWAのIKARUGA新人まんがグランプリ大賞を受賞後に商業デビューをしていてKAKUKAWAとは既に取引も実績もあった上にテストで数枚書いてもらったところ、十分、幸大の挿絵に近いイラストに仕上がっていたので、そのまま依頼することになったのだとか。

 それがきっかけで挿絵との整合性に関する相談とかで個別に連絡を取り合うようになっていたのが、大崎所属の橋渡しをする関係で毎日のように電話をしたり、打ち合わせに同席したついでに二人で食事をしたりするようになって、急速に関係が進展した結果、クリスマスに幸大から告白をして交際がスタートした、という流れだそうだ。


「桜内先生はKAKUKAWAで賞を取ってデビューしていますが専属ということではないのでほかからも仕事の依頼が来るんですけど、それが手に負えないくらいの量になっている、誰かにマネージメントして欲しいと前から言っていたので、私が仮所属する説明を受けていたときに大石さんへ打診して紹介したんです。」

「こうちゃん、じゃなくて帯屋先生に紹介してもらえたおかげで本当に助かりました……。美大に行きながらなので、仕事はある程度セーブしたいんですけど、その回答をするのもまた大変だったんです。両親にも一筆もらったりしていたら年が明けてしまったんですけどね。」

「桜内先生も担当は大石さんですか?」

「はい、そうです。」

「大石くんやるわね……。」

「棟居さんはもしかしてそれも。」

「はい。アシスタントで入ってもらっているので。」

「なるほど……。そうしたらこれは幸大から話してもらった方がいいな。」

「もちろん、そのつもりだよ。今日、このあと、みんなにグルチャして時間取れないか聞くつもり。」

「それがいいな。すみません、お待たせしました。打ち合わせはじめましょうか。」

「判りました。」


 ここからは白子さんの仕切りで順調に打ち合わせが進んでいく。表紙絵も挿絵もコミカライズも楽しみだ!

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