第158話●大崎の報酬ランク制度

「そうか、少ないからこんな感じでひとりひとり個室みたいになっているんですね。」


 太田さんのデスクに限らず、大崎のマネージャさんたちのデスクは、会社を舞台にしたドラマで見かけるような机がずらっと並んだようなスタイルではなく、割としっかりしたガラス張りになった壁で仕切られた個室になっていて、メインデスクのほかにサブデスクやポット類、隣で座って話が出来るようにイスが置いてあったりする。ただ、どのデスクもキャビネット類はあっても背の高いロッカーや本棚はなく、ガラス張りになっていて、さらにけっこう使われていないデスクも多いので、目的のデスクが判っていると割と遠目にも中に人がいるかが判る感じだ。ちなみにこの時間もそこそこ人がいるのが見える。


「これは人数というよりも守秘義務の厳しい資料とかもたくさんあるから不在の時には鍵を掛けられるように個室スタイルになっているの。だから防音は配慮されてなくて、隣の話し声とかが普通に聞こえるけどね。」

「でもガラス張りなんですね。」

「旧本社の時はちゃんとした壁で仕切られてたんだけど、マネージャークラスだと結構狭いスペースだから周囲が見えない壁で仕切られていると圧迫感がすごいのよ。せっかく広いところへ移転出来るならっていうことでこんなスタイルになったそうよ。ちなみにガラスじゃなくて透明な強化アクリル板だけどね。」

「なるほどそんな感じなんですね。」

「太田さんのデスクは、サブデスクがほかより1つ多い3つもあって、しかも向こうのデスクにはない4人掛けの応接セットまで置いてあるんですよね。なんか広めな感じがしますね。」

「職位が上がると広いデスクスペースを割り当ててもらえる、というか強制的に大きなデスクへ移動を命じられるのよ。荷物が多いからデスクの引っ越しは死ぬほど面倒よ……。もう移動しなくていいはずだけど。」

「この広さだとアシスタントさんがあと3人くらいはいっても大丈夫ですね。」

「さすがにいまはまだ3人もアシスタントに入ってもらう必要はないけど、確かに最大3人は来てもらえるかな。」

「とりあえずは二人ですか?」

「そうよ。みんなの仕事のボリュームは新卒のアシスタントマネージャが配属される頃にはちょうどいい塩梅になりそうかなあって思ってたんだけど、予想より早く、みんなの仕事のボリュームが大きくなってきたからね。」


 確かに俺はもちろん、明貴子さんも紗和さんも仕事がたくさん受けられるようになったっていっていたなあ。でも、契約書の確認とか報酬の交渉とかを全部おまかせにできるから事務量が減ったこともあって、安心して受けられるっていってたんだよな。その辺太田さんに話した方がいいよなあ。よし、話しておくか!


「ああ、それは交渉ごとを全部おまかせできるようになって安心して仕事できるからだってみんないってましたよ。」

「えっ、先生だけじゃなくてみんなも?」

「私も聞きました。雨東さん以外だと儘田さんと澄華もそういってました。」

「そっかー、それだといいんだけどね。」


 あっ!太田さんが照れてる!これは珍しいものを見たかもしれない!


「ま、まあさ、みんなが活躍しているのに体制が整っていないのは一番まずいからね。当面はアルバイト一人でなんとか頑張って、4月に新卒が来たらだいぶ楽になると思う。」

「確かにそんな感じだともう担当するタレントを増やせないですね。」

「さすがにちょっといまは増やすつもりないわね。まあ、大石くんはこの前担当の声優が一人、クジゴジっていうライバー事務所へ移籍してバーチャルライバーになっちゃったからちょうど良かったんじゃないかな。」

「えっ、大崎ってこんなにタレントに手厚いのに別の所へ移籍しちゃうんですね。」

「うーん、大崎って基本的にマネジメント料を報酬の60%でもらっているからね。健保とかレッスン料無料とかそういうのはいらないから少しでも取り分を増やして欲しいっていう人もけっこういるのよ。」

「あー、そうか。確かにそういう考え方もありますよね。私も6割ですしね。」

「俺も6割だな。」

「……ちょっと二人とも専属マネージメント契約書をちゃんと確認してからサインした!?うちは本契約から3か月目までは基本的に一律60%だけど、そのあとはランクがかなり上に行くとマネージメント料のパーセンテージが下がるのよ?」

「「えっ!?」」


 あれ?そんなことになっていたのか!?


「うちのランクが過去3か月の平均報酬月額に応じて25段階に分かれているのはさすがに知ってるわよね?」

「はい、それはもちろん。」

「自分たちのランクも知っているわよね?」

「私はAですね。」

「俺もAだな。」

「うん、知っているかどうかだけ聞いたんだけど……。まあいいわ。改めて説明するから、ちゃんと憶えておいてね。まず、全体の7割くらいの人はランクが上下しても6割から動かない。でも、上から数えて6つのランクは5%ずつマネージメント料が下がるの。ランクが高い層は全体報酬が多い、つまり、それだけギャラの単価そのものが高くなってるっていうことだからそのままだと移籍する人も出てくるし、なにより人的にも時間的にも設備的にもコストパフォーマンスがいいから料率下げても会社としては収益が上がる。だから料率を下げても問題ないわけ。」

「確かにそうですね!」

「いくら同棲していても個別契約だからいわないつもりだったのに二人とも自分から暴露しちゃったから話しちゃうけど、美愛はランクAになった8月分の報酬から、先生は元々ランクAなので本所属後3か月経った10月分の報酬から、それぞれマネージメント料が一番低い30%になっているからね。」

「ということはランクが下がるというのは……。」

「例えば、先生の問題の時にランクを大幅に下げられてTからYまでのどこかになった人はマネージメント料率も当然上がってる。Yだと90%。ちなみにZになったら契約解除ね。」

「契約解除……。」

「そういえば仮所属の時ってマネージメント料取られませんでしたね?」

「うちは仮所属って『ランク未設定』っていう扱いなの。仮所属って基本的に仕事が少ない前提だからバックダンサーとかで仕事をしてもマネージメント料は一切取らない。ちなみに本所属へ移行したあとで仕事やギャラが少ないとランクが下げられてマネージメント料の料率が最大90%まで行く。」

「私はけっこう報酬ありましたけどそれでも仮所属でしたね。」

「事務所によってはすぐ本所属にしているけど、うちが基本的に仮所属を通すのは、ほら、最初って、どの程度の仕事があって、報酬がどれくらい見込めるのか見えないでしょ。特に大崎には、テレビとかにたくさん出ている半分タレントみたいな作家さんは何人かいたけど、そういうことをしていない純粋な作家が所属したのは先生が初めてだったから、どんな状況なのかを見極める必要があったの。」

「なるほど、そういうことでしたか。」

「逆に朱鷺野先生は状況が見えていたからすぐ本所属にしても問題がなかった感じかな。朱鷺野先生はネームバリューがすごいから所属発表もなるべく早くしたかったしね。」

「朱鷺野先生の時は反響すごかったですしね。」

「美愛も本当なら少しずつ上がって実感してもらえたんだろうけど、急に仕事が増えて一気にランクが上がったんで見えにくくなったのかもね。」

「そうだったんですね……。」

「もう、その辺も全部契約書に書いてあるから改めてちゃんと契約書は確認してよ?」

「「判りました……。」」

「まあ、そんな感じでいろいろな考え方の人がいて、様々なやり方をする事務所が大中小とたくさん存在しているから競争も起きて、業界が発展していくっていう側面もある。もちろん、私は担当しているみんなの仕事が減ってランクが下がらないように仕事の状況を把握しながら必要に応じて営業活動をする。マネージャってそういう仕事だからね。私も二人に移籍されないようにちゃんと頑張らないとね!」


 社会の仕組みは本当にいろいろと考えられて作られているんだなあ。太田さんに頼りっぱなしになるのではなくて、ちゃんと仕事をこなして、自分でもランクを下げられないように頑張らないといけないな!

 そんな話をしていたらだいぶ遅くなって、23時を回ってしまった。太田さんも帰るということで、社用車でマンションの地下まで送ってもらえることになった。


「俺は地下の車寄せを使うのはじめてだなあ。」

「ふつうの地下車路だけどね。」

「まあ、何でも初めては楽しいよね!」


 たどり着いてみると確かに普通の車路だった……。


「今日はありがとうございました。」

「じゃあ、また明日ね。」

「はい、おやすみなさい。」


 走り去る太田さんの社用車を見送って、家に入る。もうしっかりと晩ご飯を食べるという時間でもなかったので、とりあえずカップ麺でおなかを満たし、二人でざっとお風呂に入って、歯を磨いてそのまま一緒にベッドへ潜り込んだ。二人で一緒のベッドだからかあっという間に夢の世界へ誘われた……。

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