第182話○ちょっと!?二人ともなにいってるの!?

 笹原さんが急に居住まいを正した。なんだろう?


「そして交際を正式発表すると同時にお二人は同棲される計画です。」

「そんな計画もあるんですね!?」

「一人だと何かあったときにすぐ対応できる人がいない、とはいえ家族に引っ越してもらうのも難しい、それなら同棲しちゃえばいい、そんな感じですよね?」

「雨東先生、よくわかりましたね!?」


 笹原さんがすごい感心されている。


「早緑さんと私が同棲することになった理由が似たような流れだったんですよ。」

「そっか、二人もそんな感じだったんだね。」

「うん、私のお父さんが一人暮らしは心配だから雨東さんに同棲してもらえないかって。」

「えっ!?早緑様のお父様が!?」

「彼が雨東先生だって判ったんで、一気に信頼度が上がったみたい。」

「なるほどなあ、それにしてもあそこはかなり安全だよね。正面の入り口も関係者用の入り口も常に警備員さんが監視しているそうだし。」

「そうなんですけどそれだけでは足りないと思っています。」


 再び、笹原さんが話に入ってきた。


「まず前提として、表通り玄関、路地の入り口ともに警備体制は強化します。大学への通学も含めて極力お二人の送り迎えは社用車で行い、地下の車路からそのままマンションに出入りしていただけるようにします。同棲にあたって、お二人には17階の1701に住んでいただくのですが、万が一を考えて、現在日向夏さんが住んでらっしゃる1803はそのまま日向夏さんに配信部屋としてお使いいただきます。」

「同棲しちゃうと配信部屋が作れなくなっちゃうからどうしようって相談したらOKもらえてビックリしたよ。」

「二つ借りてもいいんですね!?」

「早緑さんの驚きはもっともだと思います。実はあのマンション、場所があまり良くないせいか、1Kはともかく、広い部屋は人気がなくて昔から上層階の空きが多いんです。最近の若いタレントさんはプライベート空間をけっこう重視されるので、多少家賃が高くなっても共同生活より寮やワンルームを希望される方がほとんどでして、新人タレントに共同で住んでもらうにしても限界があります。こちらとしては空いている部屋を所定の負担金を出して使っていただけるなら助かるんで問題ないんです。しかも今回は安全面の確保という重要な課題もありますからなおさらです。」

「なるほど、確かにそうですね。」

「あと、関係する皆様のエレベーターキーの設定を変更して、10階と17階と18階の3カ所に止められるようにさせていただければ、と考えています。」

「それは?」

「はい、何かあったときにすぐ行き来していただきやすくするためです。警備員の監視はありますが、どういう手法で侵入してくるか判りませんし、マンション周辺で何かあるとも限りません。そのときに例えば一時的に別の階の部屋にすぐ避難して警備員が駆けつけるのを待つとか、そういう選択肢が採れるようにしたいと思います。」

「確かにそれは考えておくべきことですね。」

「避難場所は複数の候補があった方がいいので、後日、皆さんと親しいと伺っている儘田先生と上水さんにもお願いする予定です。また、17階は4室全部あいているのですが、一番エレベーター側の1705には関係者に入ってもらう予定でこのあと打診することになっています。」

「関係者、ですか?」

「うん、だいたい誰か判るでしょ?」

「太田さん、それは柊さんと朱鷺野先生ですか?」

「岡里さん、ご名答。もともと二人から瑠乃が本所属になったらあのマンションに住みたいっていう話をもらっていたの。それで、ちょっと前倒しになるけど、こちらからお願いする部分もあるからいま住んでいるマンションの解約違約金は負担した上で、瑠乃が本所属できるまでは負担金を減額する予定。」

「すごい体制ですね!?」

「ニュースになったので早緑さんもご存じかもしれませんが、実は数年前に弊社のタレントで似たようなストーカー騒動があったときに弊社で借り上げているマンションの非常階段を使ってストーカーが入ってきてしまって、対象となるタレントの住んでいる部屋の前で待ち構えるという事態があったんです。そのときは該当のタレントがエレベーターの中から気がついて、犯人がエレベーターに乗り込む前に1階まで戻ることが出来て無事だったんですが、犯人を警備員が取り押さえるまで、当該のタレントはずっと警備員室で隠れていないといけないという事態になりました。そのときの体制はやはり十数年前に似たような騒動があった際の反省から強化したものだったんですが、なかなか穴は埋められず……。そうしたこともあり、何かあったときの体制はいろいろと取れる方がいいだろうという判断をしています。皆さんが偶然同じマンションにいてくださるよしみで何卒ご協力ください。」


 そういうと笹原さんは立ち上がり、頭を下げた。


「そんな、笹原さん、頭を上げてください。私は大崎にはかなりお世話になりましたし、いまもお世話になっています。そして、仲間にも助けられていまがあります。仲間が窮地なんですから協力するのは当たり前です。早緑さんどう思う?」

「私も雨東さんに賛成。笹原さん、むしろ協力させてください。」

「私もぜひ協力させてください。マスケイさんは素敵な親友、へべすは昔からの戦友ですから。」

「みんな!ありがとう!」

「本当にありがとう……。」


 二人はそういうと号泣してしまった。大切な仲間を苦しめている奴らが早く捕まるといいのだけど……。私は思わず近寄って朋夏の手を握ってしまう。彩春もやってきて、背中をなでている。二人が落ち着いたところで、再び沢辺さんが話し始める。


「前段がかなり長くなってしまいましたが、弊社としてはストーカー騒動が落ち着くまでマスケイさんの希有な才能が埋もれたまま、そしてストーカー騒動の影響で活動をやめられてしまうのはとてももったいないと考えておりまして、なんとか活動できないか、と考えました。」

「正直、いまでもプロとしてやっていけるかっていわれると自信はない。でも、ここまでのことをしてくれるんだから俺もやれるところまではやりたいと思ってさ。ライブとかならいままでも姿をさらしていたから問題ないんだけど、テレビとか配信とかで姿を見せるのはやっぱり抵抗感が大きいんだよ。」

「それでアバターなのか、なるほどな。」

「はい、そうなんです。元々は早緑さんのバーチャルプロジェクトまでで終わりの予定だったんですが、今回の件を受けて、雨東先生も含めて急遽追加しました。マスケイさんが先にあって、一人だと逆に目立ちすぎてしまうので、雨東先生も入れさせていただいた次第です。巻き込む形になってしまって申し訳ないのですが……。」

「いえ、むしろありがたかったです。実は声出しもそろそろ考えたいと思っていたところなので。」

「そういっていただけると……。ありがとうございます。」


 笹原さんが圭司の話を受けてまた頭を下げた。


「いえいえ、気になさらないで下さい。」

「そのような状況であったものですから、告知配信では特に触れず、準備を進めた上で、4月の放送開始時にあらためて正式発表するという流れを想定しています。」

「歌い手としての活動も少しずつ復活させようと思っているんだ。」

「そうするとアルバイトはやらない感じ?」

「アルバイトではないですが、1月からアシスタントとして働いていただきます。」


 沢辺さんがはっきりと回答する。


「そんなこと出来るんですか!?」

「別に本所属だからって、裏方しちゃいけないわけじゃないからね。働いてもらった分は、報酬として支払うことには変わりないし。あと、この状況ではほかでバイトも出来ないでしょ。大崎で働く分には帰りに社用車でそのまま送れるから。」

「確かに太田さんの言うとおりですけど。」

「それにアバターでのライブはそんなに数はないからさ。メインの活動は歌ってみた動画になる。そうすると必然的に時間が空くからね。」


 なんか圭司がニヤニヤし始めた。なんだろう?


「建前は、そうだろうな。」

「雨東、なんか含むな。」

「いや、愛しの彼女のためにいろいろとやってあげたいんだろ?隠すなって。俺は同じことしてるからおまえの気持ちはよく判るよ。」


 圭司!?何のろけはじめてるの!?


「あっ、そうか。おまえは俺と同じ立場だな。まあまあ、本音は間違いなくそれだよ。」

「「ちょっと!?二人ともなにいってるの!?」」


 照れるからやめてよー、もう!ちょっと!彩春の顔が虚無になっちゃったよ!


「なんか突然砂糖がばらまかれて『けっリア充どもが!』って感じだけど、まじめにうらやましいなあ。」

「岡里さんにもそのうちいい人が見つかりますよ。」

「だといいんですけどね。」


 彩春にもちゃんといい人が見つかると思う。だって、こんなに素敵な女性なんだもん。彩春に彼氏さんが出来たら6人で食事とか行きたいよね。その日を楽しみに待とう!

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