第123話○ここなの驚愕

 11月10日月曜日からついに5thアルバムの収録が始まった。といっても今日はレッスンを受けながら歌い込みをしていく段階。いつも通り、初めてその曲を歌う初日には収録風景を撮ってもらう。撮った映像は早速その日の夜に圭司と確認した。圭司が積極的に感想を話してくれて、前とは違うということをこうした所からも感じられる。もらう一言一言が本当に嬉しくて、収録をもっと頑張ろうという気合いに変えてくれる。


 そして今日はオーディオブックの完成台本を使った読み合わせをした。まさか朋夏がリムジンを呼ぶとは思わなかったので驚いたものの打ち合わせ自体はとても有意義でスムーズだった。台本もBGMも今日初めて確認したけど、予想以上に素晴らしいものになっていて、演者として気合いが入る。やっぱり圭司も紗和もすごい実力のある人たちなんだよね。彩春にしても朋夏にしてもここなちゃんにしてもすごい人ばかりで、そういう人たちとこうやって切磋琢磨できるのはありがたい。


 無事に打ち合わせが終わって、KAKUKAWAの本社をあとにする。もっと時間がかかるかと思ったら1時間くらいで終わってしまったのでまだ18時少し前だ。

 太田さんは「今日は家族で外食なの!」といってそのまま帰って行った。沢辺さんは別の担当がファイブトランチというバトルロワイヤルゲームの「バーチャルライバー対抗公式大会」に参加するそうで、その立ち会いがあるんだとか。


「儘田先生と上水さんはこのあとお時間ある?」

「私は家に帰るだけです!儘田さんはいかがですか?」

「うん、私も家に帰るだけだね。」

「そういえば、上水さんはご自宅はどの辺?」

「私は美愛さん、雨東先生と同じ大崎のマンションです!」

「えっ、じゃあみんな同じ所に住んでいるのか。」

「儘田さんも岡里さんも日向夏さんもだったんですね!」


 そういえば、ここはみんな同じマンションだった。それもすごいよね。


「じゃあ、せっかくなのでみんなで一緒に帰りましょう!」

「儘田さん、ここなちゃん、いまから驚くと思うよっていうことだけ伝えておくね。」

「えっ、早緑さん、何が起きるんですか!?」


 紗和とここなちゃんに予告をしていたらさっき乗ってきたリムジンが日洋九段高校の前までやってきた。


「えっ!?リムジン!?」

「あー、リムジンですか……。」


 ここなちゃんが驚きの声を上げる。紗和はそれほどでもないのかな?


「とりあえず乗ってから説明するね!」


 彩春がそう声を掛けるとみんなぞろぞろとリムジンへ乗り込んで座る。朋夏が借りたことなどを自分で説明するとここなちゃんは目を丸くしていた。気持ちはよく判る。あまり驚いていなかった紗和は「日向夏さんから『ご飯を食べに行こう!』って誘われるとけっこうな回数がリムジンだったので」とのこと。もう何度も乗っていたのね……。


 そして朋夏が「割と早く終わったから食事会をしよう!さっき予約しておいたんだ!」と言い出した。いつの間に予約したのか判らないけど、私たちはこのままリムジンに乗っていれば運転手さんも行き先は知っているらしい。


 車内でも盛り上がっていたらいつの間にかリムジンは横浜まで来ている。


「えっ、ここ横浜!?」

「さすが地元民。横浜だよ。」

「こんな所まで来て食事するの?」

「うん、横浜モニュメントタワーホテルの68階にあるフレンチの個室押さえた!あっ、私が出すから安心してね!」

「「「えっ!?」」」


 そりゃみんなおどろ……彩春と紗和は驚いていない。


「朋夏、ここ、本当に好きだよね……。高校の頃から何度使っているやら。」

「私もこの一ヶ月で既に3回くらい連れてきてもらっているんだよね……。」

「眺めがいいし、料理は美味しいし、個室ならドレスコードもそんなにうるさくないし、最高なんだよね。」


 ここなちゃんは完全に目が点になっている……。


「上水さんに説明しておくとトップクラスのVTuberは配信するとウルトラギフトっていう投げ銭機能で、すごい金額がファンから直接もらえる。それ以外にも動画の広告とか企業とのコラボとかで収入がたくさんある。日向夏さんはVTuberの中でもトップクラスなのでここにいる6人の中でダントツにすごい額のお金をもらってる。だから気にしなくていい。」

「すごいですね……。」


 圭司に細かく説明してもらったけど、本当にすごい世界だよね。推定年収何千万とか、本当によく判らない。


「いやあ、照れるなあ。」

「朋夏、褒められていないからね!?」

「えっー!彩春ひどいよぉ!」


 ホテルのレストランまでやってくると見慣れた人影が二人。もちろん、瑠乃と明貴子だ。


「やあっ!」

「こんばんは。」

「二人も呼んじゃった!」


 紗和がニコニコしながら二人に話しかける。


「何か日曜日以来、二人とは毎日会ってるね!」

「初めて話をしてからまだ3日とは思えない濃さだよ。」

「なんか朋夏にたかっている感じだけどね!」

「一人でご飯食べるの大嫌いだから、むしろ私が付き合ってもらっているんだよ!だから気にしないで!」

「そうそう、朋夏はたくさん稼いでるからねー。どんどんごちそうになるといいよ!」

「彩春がいじめる!」

「私は、配信でウルギフして返せるけどね!」

「そうか!明貴子はそれがあった!」


 朋夏はそういう所で本当に出し惜しみしないのがすごい。でも、そのおかげでなんか紗和も瑠乃と明貴子にだいぶ親しみを持ってくれているみたい。ここなちゃんがきょとんとしている……あっ!初対面だった!


「そうだ、紹介しないとね。彼女が同じマネージャで私がまだデビューする前から仲良くしてくれている上水ここなちゃん。」

「上水ここなです!よろしくお願いします!」

「こちらは二人とも大学の同級生なんだけど、こっちが太田さんにスカウトされた柊瑠乃で、こっちが恋愛小説を書いている朱鷺野澄華先生。」

「柊瑠乃です。よろしくお願いします。」

「朱鷺野澄華です。」

「朱鷺野先生!先生の恋愛小説大好きです!最近だと『隣のクラスの黒田くんに告白させる100通りのやり方』は移動中に何度も読み返してます!」

「えっ、あっ、ありがとうございます。私の物語を原作にしたコミカライズの載っている雑誌に上水さんのグラビアが出ていることが多かったのでよく拝見してました。お目にかかれて嬉しいです!」


 ここにも明貴子のファンがいた!


「朱鷺野先生のファン、やっぱり多いなあ。」


 瑠乃がニヤニヤして明貴子のことを冷やかす。


「もう、あんまり冷やかさないでよ……。」


 明貴子が照れてる!珍しい!

 当たり前だけどホテルの食事は美味しかった。いろいろな話で盛り上がり、デザートまで堪能して、またリムジンに乗って帰る。


「未亜、どうしたの?」

「うーん、ちょっと考えてた。」

「えっ、なになに?」

「朋夏の金銭感覚がおかしいのはなぜだろう、じゃない?」

「えー!彩春ひどい!」

「うん、朋夏の金銭感覚はもちろんずれているけど、それと同時にこんなすごい人が、親友で、圭司と私のファンで、いつも味方でいてくれるのは、すごいありがたいなあって。」

「それはあるな。本当にありがたいよね。」

「な、なんか、急にほめられると照れるよぉ……。でも、それはお互い様だと思うけどね。」

「えっ、そうかな?」

「だって、ファンで推しであこがれだった人たちが、それとは全然違うところで知り合って仲良くなった大親友だったんだよ。こんなに運命感じるような嬉しいことないって!私もすごく力になっているし、毎日が楽しい。だからお互い様だよ。」

「そうか!そうだね!うん、今後もよろしくね!」

「もちろん!」

「そういう関係いいね。」

「儘田先生も!まだまだどんどん遊びに行こ!仲良くなるには遊ぶのが一番!ここなちゃんもね!」

「はい!ありがとうございます!」


 紗和がなんか思いついたみたい。


「あっ、岡里さん、誕生パーティ、二人を誘ってみてもいいかな?」

「ママダPとここなちゃんがいいならOKだよ!」

「私も大歓迎です!」

「そんなわけで今度の土曜日に皆さんがここなちゃんと私の誕生パーティをしてくれるの。朱鷺野先生と柊さんは今度の土曜日は暇?」

「えっ、そんな楽しそうなイベントがあるの!行きたい!瑠乃は?」

「私も大丈夫だよ!」


 紗和、これはこの二人にも例の件、話すつもりなんだな。圭司がこの前、何処まで真実だったか説明済みなのはあるけど、もう、そんなに気心知れたのか。朋夏ってやっぱり私たちのムードメーカーだよね。そんなわけで、誕生パーティは総勢8人ということになった。


 どんどん輪が広がっていくのはとても嬉しいし、リムジンに乗せてもらったり、あんなすごいところで食事を出来るなんて、ものすごい貴重な経験をさせてもらっている。でも、なんか、うまく言語化できない漠然としたもやもやがある。帰ったら圭司に相談してみよう。


 ――――――――――――――――


【作者より】


 123話ですが、いろいろと操作をしているときに誤って削除してしまったようで、あらためて新規に立項しました。ハートなどを付けていただいてたのに申し訳ありません。

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