第183話●例の依頼に隠した腹案

「それでもう一つ皆様に依頼があります。」


 前に朋夏さんから聞いていたオープニング・エンディング曲の件がついに沢辺さんから話に出た。発注書を渡されたので確認すると正式な依頼はBS鶴亀大崎からになっている。依頼先と理由は1月に予定している新番組告知配信で出るそうだ。


「そういえば、あの二人にも何か協力してもらうの?」


 未亜が俺も気になっていたことを質問する。


「早緑様への直接の回答ではないんだけど、発注書にも記載してあるとおり、今回の楽曲にはコーラスパートを作ってもらうんだ。でもまだ人選が決まっていないんだよね。」


 これは朋夏さん、何か腹案があるな。


「ちなみにこの番組は視聴者も巻き込んで進めていきたいんだけど、オープニングとエンディングは初回からいきなり流すことになっているんで、放送が始まってから募集するのでは遅いんだよね。」

「うんうん、なるほどね。」


 これ、彩春さんはなんとなく流れを読んでいる感じがする。


「それでさ、事前に募集することも考えたんだけど、公募の審査だとちょっと時間がなさ過ぎて、難しいんだ。」

「あー、それはそうだね。」


 未亜もなんか流れが判ってきた感じだな。


「しかもこのコーラス部分ってノーギャラだし、名前も基本的に出せないからさ。VTuber仲間とかプロで仕事をしている人にはお願い出来ないんだよ。」


 慧一も気がついたっぽくてニヤニヤしている。同じくニヤニヤしていた彩春さんが話を投げかける。


「あっ、なるほどね。そうしたら私たちの配信を見てくれている『』とかにお願いするのはどうかな?」

「そんな都合良くノーギャラでやってくれる『』とかいるかな?いろははあるの?」

「うん、ちょっとがあるから声をかけてみるけど、美愛とかどうかな?」

「そうだね、私もやってくれそうながあるから『』に声掛けてみるよ。」

「私ものある『』に声を掛けてみるから候補の人が出たら教えてくれるかな?一応候補の人たちにはここに来てもらって面接と実技をしたうえでをしないといけないと思うから。」

「そのって、誰がするの?」

「番組のレギュラー出演者である私といろは、早緑様。それと作曲を担当する儘田先生、編曲を担当するマスケイさん、作詞を担当する雨東先生と朱鷺野先生。あとは大崎エージェンシー審査事務局ということで沢辺さんによる合議だよ。」

「ちなみに断られて最終的に二人しかいなかったら?」

「その場合もちゃんとはするよ。この経緯はちゃんと公表するから、をした上でしないとダメだと思うからね。」

「なるほどだね。」

「うん、でしょ。」


 本当にもうみんな最近この辺の腹芸がすごいな。太田さんも大石さんも笠原さんもニヤニヤしちゃってるよ。


「実際には仲間内での協力で実現するのが、視聴者から見ると日向夏さんがMCであることを利用して私利私欲を実現したように見える。面白いわよね。」

「いや、本当にそうですね。私も沢辺さんからこの話をもらったときにこれは面白いと感心しました。日向夏さんはアイデアが豊富ですよ。」


 太田さんと笠原さんから大絶賛されて顔を赤くする朋夏さん。いや、本当にアイデアパーソンだよね。

 その後も細かいいきさつなんかを聞いていたらカミソリ入りの手紙が入る前の時点で朋夏さんのいままでやってきた対処策に感心した慧一はプロジェクトへの参加を了承していたんだそうだ。確かにそれは魅力的な引き換え条件だったよね……。そして、会社からは慧一と朋夏さんの問題が解決するまで、報酬に委託費みたいなものを乗せてくれるという提案をいただいた。三人とも「そんなものはいらない」といったのだけど、会社としては本来業務でないことをお願いする以上は、上場企業としてのコンプライアンス上、個別契約を別途結んだ上で報酬を出す必要があると押し切られてしまった。うん、その分、ちゃんとほかで返せるように頑張ろう。


 ある程度話も終わったところで、五人で一緒に帰る。今日は沢辺さんが社用車で地下車路まで送ってくれるとのこと。沢辺さんの社用車駐車スペースは地下3階にあるということでいつもより下の階まで移動する。全員乗り込むとそのまま出発だ。沢辺さんも今日はこのまま帰るとのこと。


「専用の社用車が使えるようになったタイミングでちょうど社用車の更新があったんでいきなり新車を使わせてもらえることになりましたけど、そもそも専用社用車がもらえたのは日向夏さんのおかげですからねー。」

「たまたまですよー。沢辺さんだったら近いうちにディレクターになっていたと思いますしね。」

「大崎って、入社7年から8年くらい経たないとディレクターには昇格しないことが多いんです。」

「そうだったんですね!?太田さんがもうチーフをされているのでもっと早いのかと思いました。」

「一般的な社員だとプロデューサーは12年から15年、チーフは入社20年くらいでなる感じですから。太田さんが優秀すぎて、イレギュラーすぎるんですよ……。」


 やっぱり太田さんってすごい人なんだな……。そんな話をしていてふと思ったことがあるから聞いてみるかな。


「沢辺さんって実家にお住まいなんですか?」

「いえ、私は広島から大学入学にあわせて出てきたので一人暮らしですよ。」

「へえー!」

「ちなみに会社の近くにある大崎管理の社宅に住んでます。」

「えっ!?大崎の寮ってタレントだけじゃないんですね!?」

「一種の社宅ですからね。タレントさんと同じ社宅に住んでいる独身社員もけっこういます。」

「そうすると我々の住んでいるところにもマネージャさんがいるんですかね?」

「あっ、あそこは地下に駐車場がないのでマネージャは住んでないと思います。専用共用を問わず、運転した社用車のまま、帰ることが多いので、駐車場のない物件はマネージャに割り当てられないはずです。」

「そういうことなんですね。」

「希望されたアシスタントアルバイトさんに住んでいただくこともありますね。」

「えっ!?アルバイトがですか!?」

「はい。大崎のアルバイトってタレントさんの守秘義務統制の観点から社員か本所属しているタレントさんの紹介が必須なんですけど、実家が遠いと夜遅くまで働いていただくことが出来ないので、大崎の管理している物件に入っていただくケースもあります。」

「そうするとけっこう物件たくさんあるんですね。」

「具体的な数は把握していないですが、23区内だけでも70以上あるんじゃないですかね。」

「そんなに!?」

「皆さんが住んでいる所みたいにマンションの一部を使っているケースもありますが、一番多いのは元々大手企業の社宅や社員寮として使われていた建物を譲り受けて建て直したケースだそうです。バブル崩壊と会計制度の変更で、社宅や社員寮を手放す会社さんはけっこうあるんですけど、それをこつこつと購入して、代わりに借り上げマンションを解約していまに至ると聞いています。さっきも話に出たように借り上げマンションはセキュリティ面でどうしても制約がありますしね。うちの場合、新人タレントさんや地方から上京してきたタレントさんに住んでいただくことが多いので、そういう物件が一番手頃なんですよ。もちろんプライバシーやセキュリティを万全にする建物にします。」

「私たちが住んでいる物件は珍しいんですね。」

「トップランクのタレントさんだと寮みたいな物件にはなじまず、かといって普通のタワマンではセキュリティ的には万全とはいえないケースもあるので、そういう方々に住んでいただく場所として皆さんが住まれているようなはじめから大崎の要求仕様に則って建てられた物件を用意しています。あのマンションは1Kもあるので珍しいハイブリッドタイプですけど。ちなみに五大芸能事務所はどこも似たり寄ったりです。この辺の話は公表している話ではないので、世間の皆様は多分知らないでしょうけどね。」


 ほへー、五大事務所って本当に大きな企業体なんだなあ……。

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