第170話○サイン会ツアーラスト!そしてラジオ!

 いよいよサイン会ツアーもラスト。今日はミニトーチお台場シアターアーバンスペース店でのサイン会のあと、すぐに浜松町の文明放送へ移動するというタイトなスケジュール。圭司は久しぶりにラジオの生放送に立ち会うことになっている。まずはいったん太田さんのデスクで今後の連絡手段について説明を受ける。


「チャットツールとして、『Tlack』っていうのを導入したからアプリをインストールしておいてね。パソコン用のソフトもあるから必要ならそちらにも。マニュアルはこれ。」

「RINEみたいなものですか?」

「あれとはまたちょっと違うんだけど、大人数でチャットしたり、ダイレクトにリアルタイムでメッセージのやりとりが出来る感じかな。メインは直接のやりとりになると思うけど、一応、大崎の社員やアルバイト、本所属タレント、仮所属タレント、特待レッスン生がみんなで使える会議室みたいなものも用意はある。あと、特定の人しか参加出来ない非公開チャンネルも作れるようになっているわね。」

「そうしたら事務所仲間で作っているグルチャもこっちへ移動させた方が良いかもしれないですね。」

「ああ、そうね。そうしてもらえると助かる。」

「RINEに投げておきます。」


 そのあとは新しい社用車でお台場へ。


「美愛の今後のスケジュールなんだけど、春の改編時期にジャパンテレビのゴールデンで放送される街歩きの特番に出演が決まったわよ。」

「もしかしてそれって!」

「ええ、岡里さんと渋谷の街歩き。ロケは、ライブ前で申し訳ないんだけど、3月頭の予定。」

「判りました!楽しみにしています!」

「あと、いまうちの会社が東鉄とうてつさんとか鶴亀かくきさんとかと作っている渋谷のアリーナがあるんだけど、3月26日のこけら落とし公演に美愛も出演が決まった。ちなみに出演者はまだ公開前だから気をつけてね。」

「ええっ!?……あれ?『美愛も』っていうことはほかの方々も出演されるんですね。」

「そうよ。昼過ぎからは演劇をやって、夜は音楽フェスね。美愛の出番がどの辺になるかは判らないけど、この前、4番手に上がったから最後の方じゃないかな。」

「いつの間に4番手に!?それだとトリは鶴本さんですね。」

「いや、トリは多分音楽セクションの大森おおもり早智子さちこさんじゃないかなあ。最近紅白には呼ばれなくなっちゃったけど、ラスボスの異名を持つ、うちの所属ミュージシャンでは一番の大御所演歌歌手だし。」

「あー、確かにそうですね。」

「いずれにしても詳細が固まったらまた共有するわね。」

「判りました!」


 後部座席と運転席って前は会話しづらかったけど、確かに新しい社用車は話しやすいなあ、なんて思っていたら車はレインボーブリッジにさしかかるところだった。


「レインボーブリッジは何度通ってもいい眺めだよね。」

「もう見飽きたかと思ったけど、そうでもないんだね。」

「うん、時間帯によってけっこう眺めも違うから。」

「美愛はやっぱりその辺がアーティストよね。」

「そうですか?」

「何度通ってもいい眺めだって、同じことをいっていた人がいるのよ。」

「へえー!どなたですか?」

「ラン。」

「えっ!?鶴本さんですか!?」

「そうよ。ランは何度通っても飽きないっていってたわ。」


 まさか、鶴本さんとそんな共通点があったなんて!そんな話をしながら眺めを楽しみつつ、サイン会の会場へとたどり着く。これまでと同じような流れで最後のサイン会も滞りなく終了。いままでで一番年齢層が高めだった。お台場っていう場所柄もあるのかな?

 ほっとする間もなく、いま来た道を引き返して、浜松町の文明放送へ向かう。文明放送には駐車場がないので、近くのコインパーキングから歩道を歩かなければならない。早緑美愛とわからないように車の中でウイッグを取ってしまう。


 事前の簡単な打ち合わせから台本の読み合わせする。今日は事前に雨東先生と一緒なことが太田さんから文明放送へ伝わっていたので、台本にも見に来ている旨が書かれていた。


「今日は台本を見ているから心構えが出来ますよ。」

「はははっ!そんなに何度もサプライズはないですよ、雨東先生!」


 ディレクターの戸城としろ拳也けんやさんが大笑いして、圭司が照れくさそうにしていた。まあ、台本にはないけど、だいぶ慣れてきたからアドリブしちゃうつもりだけどね!


 時間が近くなって、ブースに入る。あとはいつも通りだ。久々に圭司が副調整室にいるのは少し緊張したけど、それをネタにしてフリートークが出来たから良しとしよう!帰りは家まで太田さんが送ってくれることになった。スムーズに車は進み、マンションの地下で太田さんとわかれ、二人で部屋に戻る。ご飯を済ませて、お風呂に入ったところで早速Tlackの設定をはじめる。


「へえ、こんな画面なのか。」

「パソコンでもアプリでも使えるんだね。既にいくつかのチャンネル?に入っているね。」

「なるほど、『#全体連絡』っていうチャンネルを見ると全員登録があるんだね。なんかすごいなあ。」

「いる人のリストが膨大すぎて何が何だか判らないね。これだけいるとナンパとかしてくる人も出そうだけど。」

「マニュアル見ると変なDMが来たら、画面のスクショを撮って、担当マネージャまでDMで即連絡、判らなければ事務所へ来たときに見せるって書いてあるからまあ未亜が懸念するようなことはなさそう。」

「そうか、会社が管理してるんだから変なことしたらすぐにばれるんだね。」

「そういうことだね。」

「……マニュアルの後ろに『12月1日付けで総務部情報システム課が情報システム部へ組織変更となり、同時に13階へ移転したので何かあれば質問に来て下さい』っていう感じのことが書いてあるね。」

「本当だ。サポートデスクが出来たんだね。何か判らないことがあったら聞きにいってみようか。」

「うん、そうしよう!」


 大崎って、けっこう歴史のある会社なのに次々と新しいことを導入出来るっていうのもすごいよね。


「朋夏から事務所仲間の方にグルチャだね。」

「Tlackにチャンネルつくって招待したって、早いなあ。」

「本当だ。もう招待されているね。非公開のプライベートチャンネルらしい。」

「なるほど、朋夏さん、コラボとかの話し合いで個人的にTlackを契約して作っているから慣れているのか。」

「朋夏、本当にすごいよね……。たまに同じ大学生なのかって疑いたくなる。」

「本当だよなあ……。あっ、この前話していた件、正式に稟議に回してもらったのか。」

「太田さんは何もいってなかったからまだ知らないのかもね。」

「そうかもしれないな。」

「これは関係者が多いから太田さんから正式に話があるまで様子見にした方がいいよね。」

「うん、それがいいと思う。」

「あっ、彩春が確認して、朋夏からも正式に話が来るまで様子見でってきたね。」

「朋夏の行動力ってすごいよなあ。それにしても慧一くんをどうやって口説いたんだろう?そういえば圭司ってマスケイ知ってた?」

「いや、俺はあまり歌い手とか詳しくなかったんで、正直知らなかった。でもなんかみんな知っていたみたいだったからマスケイについてあの後ちょくちょく調べたんだ。ブログの更新と動画の投稿は完全に止まっているけど、ツイストはたまにしているのね。」

「そうなんだ。」

「うん。『200万再生ありがとうございます。』とかだけで、活動に関するツイストではないけどね。逆に活動休止みたいなツイストもしていないんだよね。完全に自然消滅している感じ。」

「活動休止なんて正式にしていたら下手するとネットニュースになりかねないからね。」

「いや、本当にそんな感じの歌い手なんだって調べて判ったよ。さすがになんで休止状態になったかまでは書かれていないけど。」

「でも、休止を宣言していないなら久々に新作投稿しても問題ないのかな?」

「問題ないと思うよ。スマイルで調べてみると3年とか5年とか全然音沙汰がなかった著名歌い手が久々に投稿したとかけっこうあった。」

「そんなもんなんだね。」

「完全に素人だったり、逆に実はプロだったり。そんな背景を見せることなく、自分の好きなタイミングで自由に投稿できるからプロのシンガーとしてデビューしていないケースも多いというのも判って、慧一はそんな立ち位置でいたいのかもなあって思ったよ。」

「へえ!そこまで調べているのはさすが圭司だね。」

「判らないことがあるととりあえず調べて見るっていう習慣になっているからかもな。」

「私は全然だよー。やっぱり圭司は作家に向いているんだと思うよ。」

「そうかな?まだ将来は定められていないけど、やっぱり書いたり調べたりって好きだからいまの延長で専業化を考えていくのが一番いいのかもしれないな。」

「うん、私は賛成。」

「それに俺が家で仕事をしていたら未亜はアイドルであっても女優であっても外で活躍しやすくなる。太田さんのところみたいにね。」

「ほんと、そこまで考えてくれる人ってなかなかいないよ。」

「そうかな?」

「そうだよ。」

「未亜がいうならそうなんだろうな。俺としては当たり前のことだけどさ。」


 本当にすごいよ、圭司は……。

 圭司は明貴子みたいに多作ではないけど、きっといまのスタイルを進めていけば、圭司らしい作家像を見つけられそうな気がする。私が支えてもらっているように私も圭司のことを支えるぞ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る