第145話●太田さんへの重要な相談

 今日は早緑美愛の定期配信第一回がある。未亜はその前にこの前取材を受けた「ザクフィ」の表紙写真撮影で別行動だ。「ザクフィ」の表紙はウエディングドレスが定番なので、もちろん未亜もウエディングドレスでの撮影となる。「ウエディングドレスを先に着るなんて婚期が遅れるー。」といって笑っていたけど、まあ、大学卒業までは確実に結婚しないからある意味では遅れるのかも?って、プロポーズするって決めてから未亜と結婚することが前提の思考になっている自分が面白い。


 そんなわけで、未亜がウエディングドレスで撮影している間、いつもの「仕事の状況確認」の時間だ。いつもと違うのは重要な相談がある点。太田さんには予告はしていないけど、いろいろと考えて、プロポーズする件は太田さんには事前にちゃんと話しておくべきだという結論になった。


「先生もだいぶ状況良くなったわね。」

「おかげさまで。本当にみんなのおかげです。」

「どういたしまして。」

「あの、今日は早緑さんにはまだいっていない、大事な相談があります。」

「えっ!?なに!?」


 あっ、太田さんがすごい驚いた顔をしている。切り出し方が悪かったかな。まあ、このまま続けよう。


「12月26日に早緑さんを休みにしていただいていたと思うんですけど、その前日、25日の夜、ディナーショーが終わったあと、早緑さんに正式にプロポーズをしようと思っています。」

「えっ!もうそこまでちゃんと考えているの!?」

「はい。私のゴタゴタがあったときに早緑さんから『一生一緒にいる』といわれていて、プロポーズされたようなものなんですけど、それはそれで、私からもちゃんと筋を通したいな、と。」

「来年結婚とかしちゃう感じ?」

「えっ!?あっ、そんなに早くはないです。正式に籍を入れたり、結婚式をしたりというのは大学卒業してからになると思います。」

「ああ、びっくりした……。いや、もちろんそれならそれで私も手はずを整えるんだけど、今後の戦略が大きく変わるからね。」

「はい、そこはちゃんと。公表するしない、するならどのタイミングでする、みたいなことは大事だと思うので、会社に迷惑がかからないようにしたくて、それで事前にいまこうやって話をしています。もちろん、早緑さんからOKをもらってからにはなりますけど。」

「美愛がNG出すなんて絶対にないわよ。それにしても先生、本当にありがとうね。」

「えっ!?」


 突然、太田さんが頭を下げた!?


「いや、そこまでちゃんと考えてくれるタレントばかりじゃないから。こうやって事前に予告してもらえるとちゃんと戦略も考えられて本当に助かるのよ……。」

「ああ、なるほど。私も早緑さんの夢を叶えたいですし、これだけお世話になっている会社に恩を仇で返すようなことはしたくないですから。」

「それならもう話しておくけど、たぶん、早々に公表した方がいいんだろうなって思っている。社内での協議ももちろんいるんだけどね。」

「えっ!?そうなんですか!?」


 えっ、いきなり公表の方向なのか!?


「ええ。だって、例の記者会見以降、『結婚秒読みか』みたいな話になっていて、紅白の記者会見でも『婚約者はなんておっしゃってましたか?』なんて質問が出るような見られ方なのよ?それで人気が落ちるどころか、美愛の人気はむしろそれが理由で『憧れの女性』『女性が応援したくなる女性』っていう感じで女性人気がどんどん上がっている。」

「そうですね、ラジオのメールも女性からのメールが多いですもんね。」

「そうなのよ。しかも先生も同じだからね。女性誌とか結婚情報誌とかから先生への原稿依頼もすごいでしょ。」

「確かに今月に入ってからの依頼がそっち方面増えたなあ、と思ってました。」

「あれ、11月頭に出た『MUSIC Journal』で美愛のインタビューが載ったときに『ライブツアーの時は雨東が家の一切をやってくれたおかげでツアーに集中できました』って書いてもらったのがきっかけなのよ。」

「そうなんですか?」

「女性からは『二人で一緒に進んでいくっていう会見の話は本当なんだ』『女性が外で働いてもちゃんとフォローしてさらに自分もしっかり仕事をしているのはすごい』っていう反応ばかり。美愛の男性ファンも『さみあんを本当に大事にしている』って見直している人がすごい多くて、すごいいい相乗効果よ。」

「まさかそんなことに!?当たり前のことを当たり前にやっているだけなんですけどね。」

「やっぱりまだまだ女性が家事をするのが当たり前みたいな人は多いからね。先生とか私の夫とかみたいに家で仕事をするのがメインだから家のことは任せろっていう男性は少ないもの。」


 なんか、太田さんがしれっとのろけたような気がする。


「だから、もう公表すると『やっぱりなあ』とか『えっ、まだだったの?』になると思う。」

「じゃあ、先々は問題なさそうですね。」

「うん、問題ないわよ。」


 よし、ここでもう一つの相談を……。


「それで、一つお願いがありまして。」

「なになに。」

「早緑さんの左手「9号よ。」早い!」

「そりゃ、プロフィールはちゃんと押さえているもの。年一回、契約更新日までにうちの健保で健康診断を受けてもらっていて、ついでにプロフィールの更新とか衣装準備のデータ取りとかのために一通り身体計測しているのよ。美愛は更新当日の10月1日に受けているから今も変わっていないと思う。」

「そんなこともするんですね!?」

「先生も正式契約したときに国民健康保険国保からうちの健保に移ったでしょ?」

「あれ?そうでしたっけ?」

「もう、保険証見てみて。」

「……大崎エージェンシーグループ健康保険組合って書いてありますね。」

「ね、はいっているでしょ?この業界って、自社の社員はマスコミ事業健保かコマーシャル事業健保、小規模な事務所だと全国健康保険協会協会けんぽ、タレントには個人加入できるタレント健保か国保を自分で選んでねっていうスタンスのところが多いんだけど、うちも含めた五大事務所は昔からそれぞれ所謂企業健保を作っているの。ほかもそうだけど、うちも子会社の社員とか所属タレントとかレッスン講師とかも含めて、本人が拒否しない限り、全員うちの健保組合に入ってもらっているのよ。」


 五大事務所って、所属タレントへの福利厚生が厚すぎるだろう!?


「そうだったんですね。」

「そうよ。来年の年度初めくらいに大崎健保から検診の案内が郵送されるはず。契約更新に必要な条件としているから先生もちゃんと受けてね。大崎スタジオビルの方にある健診センターで受けられる。」

「大崎ってそんなのもあるんですね!?」

「そりゃ、トップタレントが普通の人と一緒に健康診断受けたら大変なことになるもの。」

「確かにそうですね。」

「それに健康保険組合って、直営の健診センター持っているところ多いのよ。」


 太田さんと話しているといろいろは知識が増える。なんか執筆にも役立ちそうだ。


「話を戻すと美愛の左手薬指は9号だから。ちなみに発表したあとは付けたままでも問題なくなる代わりにテレビとかにも映るからね。ものすごい高いものでなくていいけど、それなりのものにはしてね。」


 ううっ、太田さんからプレッシャーが!


「が、がんばります。」

「指輪を買うところのイメージが付かなければ、大崎と取引のあるジュエリー専門店を紹介しましょうか?宝飾類は芸能界と切っても切れないから懇意にしている店があるの。多分、市価より勉強してくれるしね。」

「あっ、そうしたら紹介してもらえると助かります。」

「判った。そうしたらサイン会ツアーが終わったあとくらいのタイミングで案内するわね。日程決めたら連絡する。予算感とかもそのときに。美愛にはいつもと同じように私と同行で取材っていうスケジュールを入れておけばいいと思う。」

「いろいろとありがとうございます。」

「いえいえ。本音を言うと先生と美愛、そして朱鷺野先生の報酬実績がすごい伸びたおかげで今月は私の営業成績がトップ3に入りそうなの。ランの担当を外れてからは本当に久しぶり!だから先生が長く大崎にいて活躍してもらえるように打算も含まれているのよ。」


 出た、太田さんの「打算」。今日のこれは照れ隠しかな?顔がちょっと赤くてニヤニヤしているし。

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