第140話○日向夏へべす公式チャンネル「早緑様が遊びに来たよ!」生配信前半戦

 朋夏が配信部屋の扉を開けると幕が掛かっていて、すだれをあげるようなイメージで中に入る。中に入ると扉のある壁側にイスや机などがあり、反対側にカメラなどの機材が設置されている。さらにカメラの向こう側にも椅子などが置いてある。なるほど右奥のクローゼットと左奥の棚からものを取り出しやすいようにこういう配置になっているんだね。全体的に幕が張ってあって、クロマキースタジオさながらの状況だ。

 中に入って何気なく配信ページを確認したら、配信をはじめる前にもかかわらず、待機数が既に5万を超えていて、驚いてしまった。朋夏もとい日向夏さんも驚いていたからかなりすごいことなのだと思う。


「日向夏さん、あれはいつも置いてあるの?」


 うっかり配信されていてもいいように配信部屋に入ったら芸名で呼び合うということを事前に決めている。


「ンンッ、いや、あれは今回、雨東先生に座ってもらうんで用意したんだよ。」


 朋夏は配信部屋に入った途端、いつもの地声ではなく、日向夏さんの声色に変わった!切り替えが早い!事前にアーカイブを少し見ていたけど、知らずに聴いていたら絶対判らないくらい違う。声優さんも出来そうな感じ。この声で渋谷バラードみたいな難しい曲まで歌っちゃうんだから本当にすごい。


「そうなのか!日向夏さんありがとう。」

「いえいえ!どういたしまして!」

「簡単に部屋の説明をしておくね。このビデオカメラがメインのカメラ。これは実写撮影で配信される。蓋は雨東先生がカメラの向こう側に座ったらはずすね。いつもは使わないんだけど、今回みたいに実写の人とオフコラボをするときだけ使うんだ。まあ、これを使ったのはいままでいろはとここなちゃんだけだけどね。だから早緑様はこれを見て話をしてね。」

「うん、わかった。」

「ビデオカメラの下にもう一台蓋をしてあるデジタルカメラがあるけどこれは今回使わない。普段は私のモーションを読み取るセンサーとして使ってる。さらにその下にあるモニタは、真ん中が実際に配信されている映像、左右がコメントを表示するモニタ。この垂れ幕のすぐ後ろに付いている小さいのが私の顔の表情を読み取るWebカメラ。カメラの下にある3つの小型モニタはそっちにあるのと同じようにコメントが見られる。部屋の両端にあって、こっちに向いているのが私の動きを読み取ってモーションを動かすビデオカメラ。」

「なんかいろいろな機材があるんだね。」

「単純に上半身だけを撮って一人で配信するならスマホだけでも出来るんだけどね。いろいろなことをしようとすると機材がだんだん増えて、パソコンとかの知識も必要になってくるんだよ。」

「なるほどなあ。だから日向夏さんはパソコンに詳しいのか。」

「うん、必要に迫られるからね。それで、この配置角度とか垂れ幕の位置とか服装とかは、クロマキー合成する配信をするためにいろはと二人でいろいろと試した結果なんだ。」

「へー!すごいね。」

「個人勢は企業勢と違って、自分たちで全部やるしかないからね。クロマキー以外の部分なんかもつむぎの家に行ったり、つむぎがうちに来たり、本当に何度もオフコラボした成果だよ。私もいまは企業勢みたいなものだけど、大崎は割と自由にやらせてくれるから、引き続き、こんな創意工夫も自分で出来て楽しいよ。」

「大崎の配信スタジオもそんな感じなのかな。」

「あっちはデジタルセクションが担当して完全にその手のプロが構築したからうちよりも精度も高いなあ。そもそも全身タイツを着なくてもいいしね。」


 そんな感じでやりとりしているうちに19時が近くなってきた。朋夏は自前で立てている幌の後ろに入り、私はその幌から外れたところに座る。そして雨東先生は向こう側から見守っている。

 朋夏が指でカウントダウンを見せてくれる。0になったところで配信開始のボタンを押したみたい。


「しめなったか!みんな、見ちょるかな?日向夏へべすちゃが!」


 VTuberというのは特徴的なあいさつから入るそうだ。日向夏さんは宮崎弁のあいさつで「こんばんは!みんな見ているかな?日向夏へべすだよ!」といっている。


「ということで今日はとても緊張してるんだよ。らしくないってうるさいからね。つむぎが凸してきたときでもそんなことなかった?あたり前じゃない、あのときは誰だか知らなかったんだから。」


 さっきも説明されたように撮影用カメラの下にモニタが三つ置いてある。真ん中は実際に配信されている映像。左はMeTubeのコメント、右はスマイル生放送のコメント。それぞれコメントビューアー?というソフトでコメントだけが大きく表示されるようになっている。ものすごい勢いで流れていくコメントをどんどん読み上げながら会話をしている日向夏さんにただただ感心していた。


「もう画面には映っているけど、改めて紹介します!私の推しで尊敬するアイドルシンガー、早緑美愛さんです!」

「みんな、こんばんはー!早緑美愛だよ!今日は日向夏さんの配信にお呼ばれしました!」

「いやあ、早緑様だよ、みんな!えっ、手を出すなって、そんな神聖な存在だよ、隣にいるだけでもうドキドキで手なんか出せないよー!初めましての人もいると思うので、改めて関係を説明するよ。早緑様と私は同じ事務所なんだ。そうそう大崎エージェンシー。早緑様が所属しているから入ったんだろうって、まあ否定は出来ないな!いつかお目にかかりたいと願っていたら、偶然が重なって、自己紹介させてもらえて、そこからかなり親しくさせてもらっています。えっ知ってる?配信見てくれている人は仲良くなっていく過程も全部知っているけど、初めましての人もいるからね!」


 それぞれ「日向夏へべす」と「早緑美愛」として知り合った公式見解はこんな感じになっている。うそはつきたくないので、ちゃんと事実しかいっていない。もちろん実際にはその前があるわけだけどね。


「いやあ、噂には聞いていたけど、日向夏さん、すごいね。」

「好きは隠さないからね!そうそう今日は一つの野望があってね。早緑様にお願いがあるんですけど、よろしいでしょうか?」


 なぜか敬語をつかわれた!どんなお願いをしてくるの!?


「なんでそんな急に敬語!?私で出来ることならオーケーだよ。」

「日向夏さんじゃなくて、へべすって呼び捨てにして欲しいなあって。」

「ええっ!?いいの!?」

「もちろん!さあさあ!」

「へべす!」

「あああああああああ!!!!!みんな聴いた!?早緑様が私を呼び捨てだよ!」


 配信は事前に聴いておいたけど、それのどれよりもテンションが高い!


「へべすは、『美愛って呼んで』っていってもしてくれなさそう。」

「推しを呼び捨てにするなんて恐れ多いから!本当は敬語で常に話したいくらいなのに!」

「敬語は禁止だから!敬語を使うようになったら静かに離れていくよ!」

「いやあああああ!せっかく仲良くなれたのにそれは困る!」


 テンションが高い配信はまだ続くようだ!

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