第135話○朗読劇の通しレッスン

 圭司から「二人が思い合っている」という話を聞いた翌日の木曜日、ランチにそれとなく朋夏と慧一くんを見ていたけど、確かにソースを同時に取ろうとして手が触れて慌てて二人とも引っ込めたり、話をしていて目線が合ってしまった時に急いで目をそらしたり、二人だけの世界を作り上げているのにお互い話が出来なくなって真っ赤になっていたり、わかりやすいくらいのラブコメをしてる。明貴子も二人の方を見てニヤニヤしていたから気がついているみたい。作家先生二人はほんとにその辺めざといよね。そして木曜日は授業のあと、5thアルバムの収録をみっちりこなした。かなり進捗が良くて嬉しくなる。


 翌金曜日は収録の前に二人で有明の無地逸品へ行って、食洗機に対応した食器をいろいろと選んだ。毎日使うものだからシンプルで、あとは割れちゃうかもしれないから同じものをまた買いやすい方がいいよねっていうことで、それなら無地逸品がいいんじゃないかとなった次第。二人とも好みのデザインとか価値観とかがかなり近くて、本当に気楽。今回は強引に説得して私が自分のカードで払ったよ!私もいいところ見せたいんだもん!そして買ったものはその場で配送の手続きをして、23日の午前着で送ってもらう。大皿とかも買ったからこれでいつでもホームパーティが出来るね。


 今日は、土曜日をほぼ一日使って、朗読劇の通しレッスンをする。個別には練習していたけど、みんなで一堂に会して配信を意識した練習をするのは最初で最後なので有効に使いたい。


 朋夏から「せっかくだからみんなで事務所へ行こう!9時にマンション地下一階のエレベーターホールで待ち合わせね。」といわれたので、朝ご飯を食べて、9時少し前に圭司と家を出るとちょうど彩春が出てくるところだった。


「おはよう!」

「今日はよろしく!」

「圭司くんは楽しみじゃない?」

「ああ、そうだね。自分の作品を演じてもらうのって日向夏さんの耐久朗読以来だからね。アニメの収録もまだ始まってないし。」

「おはよう!」

「みんなおはよう!」


 エレベータホールで話をしていたら朋夏と紗和も出てきた。エレベーターで降りていると10階に止まり、心菜ここなちゃんも乗ってきた。


「あっ、みなさん、おはようございます!」

「心菜ちゃん、おはよう!ナイスタイミングだね!」

「えへへ、ちょうど良かったです!」


 地下一階から白山通りに出ると前にも乗ったことのある見慣れた大きな車が止まっていた。そう、リムジンだ。


「今日はこちらで事務所へ向かいますよ!」


 6人で乗り込むと早速出発する。


「まだ二回目なのにリムジンが来ているのを当たり前だと思うようになってきちゃったよ……。」

「圭司くんもだいぶ毒されてきたね。」

「私もそれなりには印税もらっているけどさすがにリムジンは無理だなあ……。」

「朋夏さん、本当にすごいですよね……。」

「心菜ちゃんは、こんな大人になっちゃダメだよ。」

「えー!彩春、それはひどいよー!」

「ほんとうのこと……ええっ!?」


 そんな話をしていたらスマホをチラ見した彩春が突然変な声を上げた。何かをと思ったらみんなが見えるようにスマホの画面を見せる。そこにはこう書いてあった。


[週刊スクープの(株)スクープニュースが破産へ(日本商工データバンク)]

「「「「「えっ!」」」」」


 記事によると昨日付で事業を停止して弁護士に破産手続きの委任をしたそうだ。負債総額とかは出ているけどそれ以上の詳しい話は載っていなかった。

 そして、記事を見ていた朋夏が何かを思いついたようでニヤニヤし始めた。


「悪は滅びる運命なんだよ!」

「朋夏がどや顔でなんかいってる。」

「朋夏がいうとなんかしっくりくるのはなぜなんだろう?」

「私が善人だからだね!」

「はいはい。」

「また彩春がいじめる!」


 朋夏はすっかりオチ担当だよね。


「そうだ、昨日、4人には授業の合間とかで聞いたんだけど、志満と華菜恵を大学仲間のグルチャに招待してもいいかな?」

「うん、かまわないよ。未亜は?」

「私は賛成!」

「朋夏は聞かなくても賛成だろうから招待するね!」

「志満ちゃんと華菜恵ちゃんなら賛成だけどちゃんと意見を聞いてよお!」

「朋夏さんってそんな感じなんですね!憶えておきます!」

「心菜ちゃん!?」


 そんな会話で盛り上がりながら事務所まで向かう。


「今日は17階のレッスンルーム1701だって。」


 この朗読劇は朋夏の仕切りなので、いろいろと朋夏が手配をしてくれている。

 事務所の車寄せでリムジンを降りるとみんなでまずは16階へ向かう。圭司と紗和は休憩スペースでみんなが着替えて出てくるのを待つことになっている。

 16階まで上がると休憩スペースに三人の人影が……一人は沢辺さわべ舞衣子まいこさんで、あっ、瑠乃と明貴子だ。


「みなさん、おはようございます。」

「みんな、おはよう。」

「今日は見学させてもらうよ!よろしくね!」

「二人で見てくれるんだね。」

「うん、太田さんにお願いしたら沢辺さんに話を通してくれて。」


 沢辺さんが申し訳なさそうにしている。


「日向夏さんに話をしておこうかと思ったんですけど、太田さんが『黙っておいて当日驚かせるといいですよ』っていうもんですから。先輩にはなかなかさからえないんですよ。」

「あー、太田さんって、お茶目ですよね……。」


 沢辺さんは、新卒で入社した翌年、部署配属されたときはアイドルセクションでアシスタントマネージャをしていたそうだ。入社3年目、正式なマネージャになるときにバラエティセクションへ異動して、2年ほど様々なタレントを担当して、5年目の夏に日向夏さんの担当にもなった。ちなみにまだ5年目の沢辺さんが日向夏さんの担当になったのは、日向夏さんの「出来れば年齢の近い女性がありがたい」という希望に対して、それまでのマネージメント能力が買われていた若手のホープである沢辺さんがマッチしていたから、とのこと。

 そして、デジタルセクションが出来たときに本当だったら、職位がマネージャで、1セクションしか担当できない沢辺さんは担当を外れるはずだった。ところが、日向夏さんの強い希望で、デジタルセクションへ異動した、という流れらしい。


 この前、太田さんがこっそり教えてくれたんだけど、日向夏さんは企業案件の引き合いもギャランティもネームバリューもすごくて、会社的には所属時点から鶴本さんと同格のランク最上位に位置していて、だから仮所属をすっ飛ばして、そのまま本所属になったんだとか。確かに所属タレントの公式ニュース一覧は「ライバー」で絞り込むと一番上に「日向夏へべす」と書いてあった。ちなみに西陣つむぎ時代の彩春は朋夏よりも上だったそうで、彼女も仮所属を飛ばしてそのまま本所属という珍しい事例なんだって。VTuber時代から落ちたとはいえ、彩春も「声優」で絞り込むと本所属が70人くらいいる中で10番目なんだからやっぱりすごい。


 その人が希望したというのは会社的にはかなり大きな発言力になるとともにそんなすごい人が一緒に来て欲しいというまでの信頼を得ている沢辺さんに対する評価もうなぎ登りになったんだとか。そのおかげで沢辺さんは元々担当していたタレントも継続して担当できるようにマネージャからディレクターに職位が上がったというのだから朋夏は天然だけど、やっぱりすごい、どう見ても天然だけど。そして、そんな人にも関係ない太田さんはやっぱりマイペースなんだろう。


 トレーニングウェアに着替えて、みんなでレッスンルームへ向かう。4人でストレッチをしていると演技指導をして下さる大崎スタジオ&アカデミーの森崎もりさき詩郎しろう先生がいらっしゃった。


 まずは通しで一通り朗読劇を進める。やっぱり彩春の演技がびっくりするくらい上手かった。森崎先生は最初かなり厳しい顔をしていたのだけど、特に指導も入らずだんだんとにこやかな顔になっていった。


「はい、大枠は問題ないと思います。みなさん、かなり仕上げていらっしゃったので驚きました。ただ、最初の出だしは皆さん緊張していたのか、ちょっと表現力が弱かったのではじめからちゃんと演技できるように緊張感に慣れて下さいね。何しろ配信で生演技な訳ですから。では、細かいところを指導していきますので、はじめからまたお願いします。」


 そこからはかなり細かく指導が入る。特に朋夏と心菜ちゃんは普段演技のレッスンを受けているわけではないので、先生から見ると気になる点が多いようで、発声方法なども含めた指摘やアドバイスをたくさんもらっていた。お昼休憩を挟んで、約4時間、みっちりと指導をしてもらう。とても勉強になったし、刺激的で充実していた!

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