第105話○未亜の感動

 いよいよ今年もあと二ヶ月。11月に入った。

 ランチで面白い状況になった圭司を見てニヤニヤしてしまった。いつものしっかりとした圭司も大好きだけど、ああいう困った感じの圭司も大好き。


 とてもいいものが見られたあとは、いつも通り大学の授業をこなす。そして今日は圭司が紹介してもらった心療内科へ一緒に向かう。圭司はすでに2回ほど診察を受けているのだけど、先生には事務所から圭司が雨東であることは伝わっているので、パートナーである私にも治療に参加してほしいという話になったそうだ。私としては圭司と一緒に歩むのに必要な当たり前のことだと思うので、一緒に診療所へ向かう。


 先生によると今回のケースは状況的に中学の時に受けたトラウマと今回の報道によって受けたショックの両方が複合したPTSDによるものと推察されるそうで、まずはそちらの治療に入っているとのこと。その上で、これまでの状況を私からも聞きたいということでこれまでにあったことと私がしたことを説明をする。先生によると私のしたことは結果として、心理療法の一つにあたるものだったそうで「早緑さんのされたことは、偶然とはいえ、お伺いする限りではその時点では最適なことだったと推定されます。きっとお二人の絆がもたらした必然だったのかもしれないですね。」といわれて、あのとき、ちゃんと圭司のためになることが出来ていたんだとちょっと涙が出そうになった……。

 現状では薬を出す状況ではないので、心理療法を進めるそうだ。私も何回かに一回で良いので、一緒に来て欲しいとのことで快諾する。


 診療のあと、私は打ち合わせのため、事務所へ向かう。圭司はいよいよ第四巻が出るということで自宅へ戻り書籍化作業に没頭することになっている。彼女として、一読者として、本当に楽しみ!


 ミーティングルームEに入るようにRINEが来ていたのでそのまま7階へ向かう。太田さんは既にミーティングルームへいるみたいだ。


「おはようございます!」

「美愛、おはよう。さっそくだけど、まず、3月のライブ、場所と日程が確定できたわよ。」

「おっ!どこですか?」

「来年3月19日、20日、21日の3Daysで有明にある東京パークプレイハウス。」

「えっ、3Daysですか!会場は初めて聴きます。」

「最近出来た劇場型アリーナホールなんだけど、キャパ自体はイプロプラスより狭いから3Daysにした。でも、ここも会場の質は抜群よ。あなたの経験値としても役に立つと思う。」

「それはたのしみです!」

「動員数が多いから公式サイトで今日の21時にもう告知だけ出してしまう予定。」

「判りました!」


 久々のライブ、楽しみだ!


「それで、いつもだと翌日に打ち上げやっていたのを一日ずらすけど、ごめんね。」

「いえいえ!大切なご用事があるんですね。」

「息子と娘の卒業式なの。」

「えっ!?お子さんいらしたんですね!?幼稚園とかですか?」

「小学校の卒業式。ちなみに双子の姉弟きょうだいよ。」

「そんなに大きなお子さんがいるようには見えないですね!?」

「よくいわれる。ほめ言葉として受け取っておくわね。」


 太田さんの顔が赤い。まさか!太田さんが照れてる!


「コホン。えっと、話を続けるとあとは今月から美愛の配信を定期的にやることになった。」

「そうなんですね。」

「一時期すごかったオファーが落ち着いたのと配信スタジオができるので、事務所の配信も定期的にやることにしたの。」

「いつやるとかもう決まっているんですか?」

「毎月最終月曜日で調整中。いい機会だからスマイルの有料チャンネルを立ち上げて、MeTubeの収益化申請もしておくわね。」

「判りました。その辺はおまかせします。楽しみにしています!」


 収益化の申請をしたり有料チャンネルにしたりすると何がどうなるのかよく判らないけど、太田さんにその辺はおまかせするのが一番だよね。そういえば、ラジオは基本的にゲスト無しって聴いているけど、配信にはゲスト呼べるのかな?また、近くなったら確認してみよう。


「あとは、シークレットライブのセトリが決まった。こんな感じ。」

「確認します!」


 印刷された紙に書いてあったのは、

 First Impression、Good Day Holiday、愛について教えて欲しい、ギムナジウム、奇跡を信じますか

 の5曲。


「4曲がライブ初披露ですね!これはレッスン頑張らないとって、あれ?ファンクラブのシークレットライブより少ないですね。」

「無料ご招待だからね。昼夜二回公演で時間も1時間だし。そのかわり初披露づくしにしたけど。」

「なるほど!」

「明日から早速レッスンになるけどよろしくね。」

「判りました!」

「それともうひとつ。急な話で本当に申し訳ないのだけど、今月の15日は大学をおやすみして欲しい。朝から夕方まで拘束だから。」

「はい、判りました。どうしてもはずせない仕事なら仕方ないです。出席必須ではないので雨東さんに聴いてフォローします。」

「あと、年末年始は29日から元日まで私用も含めて確実に予定空けてね。」

「今のところ、空いてますが、泊まりのロケとかですか?」

「あなた、年末にそんなことする訳ないじゃない……。」

「えっ、なにがあるんですか?」

「昼過ぎにブラジリアの古宇田こうださんから連絡もらったの。おめでとう。紅白歌謡祭の出場が決まった。」

「えっ……。」


 私は頭の中が真っ白になってしまった。


「今年は、楽曲の売れ行きもかなりのものだったし、ライブツアーの最中からNKHの出演依頼を極力受けた上でさらにNKHの番組ディレクターにも営業掛けて貢献度を増やして、交際宣言で話題性、この前の会見で好感度も抜群だったから、いけるかな、とは思っていたけど、正式に決まるとホッとするわね……あれ?美愛?」

「……まさか、わたしが紅白……。」

「そうよ、紅白出場歌手よ。」


 あまりの衝撃とうれしさに涙が出てきてしまう……。


「うん、本当におめでとう。ランが初出場したときもそんな感じだったわ。」

「……すみません、この前、箱根のロケ旅行の時に雨東さんと紅白歌謡祭に出られたらすごいって話をしていたところで……。」

「まあ、いまの状況ならもしかしてって思ってくれるくらいでちょうどいいと思う。それで、15日は公式に出場歌手が発表されて、初出場歌手の会見があるからできるだけ出て欲しいの。」

「あの会見、いろいろな所から取材が来て、本当に大きく報道されますもんね。」

「そうなの。やっぱりあの会見に出ておくかどうかで注目度も大きく変わるからね。」


 スポーツ紙だけじゃなくてなぜか民放でも取り上げられるもんね……。


「はい、判りました!ちなみに曲はもう決まっているんですか?」

「内示はもらっていて、現時点では『主役』の予定。」

「『主役』を歌わせてもらえるんですね。」

「この前出たMUSICSで歌ったじゃない。あれが視聴者からすごい評判だったんだって。」

「そうだったんですね!」

「ものすごい気持ちが入っていたもんね。」

「あー、えーと……。」

「気持ちが入る理由は、なんとなく想像つくけど、そういうのを『芸の肥やし』っていうのよ。だから問題なし。」

「それなら良かったです。」

「なかなか気持ちは切り替えられないとは思うけど、上手く糧にして先へ進むのも大事だってことはそろそろ伝えておくわね。」

「はい!」

「先生もだいぶ落ち着いてきたわね。」

「ええ、心療内科の先生にも薬を飲む状況ではないっていわれましたし、実際、家で見ていてもたまにだるそうにしているときもありますけど、概ね問題はなさそうです。」

「私も話をしているけど、前と違って、先生自身の昔のこととかを話してくれるようになったから、だいぶ良くなっていると思う。」

「太田さん、心理カウンセラーみたいですね。」

「まあね。さすがに心療内科の先生ほどは無理だけど、こういう世界だからどうしてもメンタルのケアって重要なのよ。それは大学の時に学んだことが役に立ったかな。」

「えっ、太田さんって大学は心理学だったんですか?」

「ええ、そうよ。横宗大の心理だから。おもいきり心理学をやってた。」


 ええっ!そこがつながるの!


「そうすると百合ちゃんの先輩になる予定なんですね。」

「そうか、その辺、契約したあと、百合には話してたけど、美愛には話してなかったわね。中高も横宗女学院だから百合が進学すれば完全に百合の先輩になる。ちなみに芸能活動禁止の件はもちろん知っていて、百合から報告ももらったけど、ほら私立だと担任とかが普通に残ってるじゃない?」

「確かにいますね!私も6年次の担任から連絡来ますよ!」

「でしょ?それで、高3の時の担任とは飲みに行っちゃう仲だから相談をして、実は事前にどうすればいいか確認したのよ。その先生、いまでは進路学習指導主任だからその先生が問題ないって判断できる内容にすれば完璧だからね。」

「太田さん、それはすごい伝手でしたね!?」

「うん、とてもラッキーだった!それでその先生にも相談しつつ、あの対策まとめたの。うちにレッスン生契約と特待特約があって本当に良かったわ。」

「百合ちゃん心強いかもですね。」

「どうかなあ。大学卒業してもう14年、高校は18年だからねー。あっ、でも内進テストの件は相談に乗っているわよ。あれ、だいたい毎年傾向変わらないはずだから。百合も部活の先輩から引き継がれてきた試験対策持ってたけどね。」

「大学入学が楽しみですね。」

「そうね、レッスンも順調だし、かなり楽しみ。」


 百合ちゃんにそんなことまでしてるんじゃ太田さん忙しそうだよなあ。


「ここなちゃんもいまが一番大変そうですし、太田さん忙しいですね。」

「うーん、そうでもないわよ。ここなはグラビアに加えて歌番組の仕事もオファー来るようになって、もうこちらから積極的に足で売り込みへ回る段階過ぎたから。もちろん、美愛ももう向こうから仕事が来る。雨東先生も儘田先生も原稿や曲の依頼は普通に引き合いあるからこちらから営業する必要はない。百合はデビュー前で売り込みをする段階じゃないでしょ。」

「えっ、仕事を取りに回らなくてもいいんですね。」

「うん、紅白みたいに狙ったタイトルはもちろん足で稼ぐけど、そうでなければ、逆に今の段階で積極的に営業かけ過ぎると『あそこは実は仕事が来てないんじゃないか』って、逆効果になる。」

「なるほど、そういうのも重要なんですね。」

「そうよー。」

「太田さんすごいですね……。」

「14年もこの仕事やっているとこつみたいなものはわかってくるからね。周りのマネージャたちも超トップクラスのタレントでもない限り、何人も抱えてるでしょ?」

「確かにそうですね。」

「そんな感じだから私もあと一人くらい新人アイドルを育てる余裕があるのよね……。それで、いい人材いないかなあって、街中はもちろん、MeTubeとかスマイルとかTickTakuとか時間を見つけては見て回っているんだけど、なかなか百合みたいな出会いはそうはないわよね。」

「いても他が見つけたらそっちに先を越されそうですし。」

「そうなのよ!だから美愛も良さそうな人がいたら教えてね。」

「どこまでお役に立てるか判らないですけど、わかりました!」

「やっぱり人を育てて一流にするのって楽しいのよね。もちろん、有望な新人を抱えて育てることは私の売り上げ目標の達成にもつながるっていう打算もあるんだけどね。」


 出た!打算!今日のこれは照れ隠しだね。それにしてもマネージャー業っていうのもなかなか奥が深いんだなあ。


 ――――――――――――――――


【作者より】


 今回の内容は、様々な事例を参考にして、各種知見などに配慮しながら慎重に記載したものですが、あくまでフィクションであり、医師等による診察や医学的なアドバイスの代わりになるものではありません。個別の疾患に関しては必ず専門家へ相談していただくようにお願いいたします。

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