第096話●実家で協議

 百合から俺と未亜にヘルプ要請がきたのは、百合が未亜に相談をしてから二日後の金曜日だった。

 百合によるとその後毎日のように父さんと話をしようとしているそうだが、父さんは百合がアイドルになることに首を横に振るばかりだとか。


『お父さんが全然話を聞いてくれなくて……。』

『うーん、父さんがそんなに聞く耳を持たないっていうのは不思議なんだけどなあ。』

『でも、晩ご飯の時とかに話をしようとするとあとにしろっていわれて、そのあとにしようとするとお風呂入ったりして、なんか話させてもらえなくて……。』


 うーん、父さんはそういうことをする人じゃないはずなんだけどなあ。ちょっと電話してみるか。


『わかった、ちょっと俺から父さんに連絡してみるよ。』

『……うん、お願いします……。』


 通話を切ると未亜が心配そうに聴いてきた。


「大丈夫かな?」

「なんか多分百合が上手くないんだと思う。電話で聴いてみるよ。」


 父さんに電話を掛けるとすぐに出てくれた。


『おや、圭司珍しいな。百合のことだろ?』

『えっ、父さんなんで判るの?』

『そりゃ、お前らの親だからな。百合は全然話にならなくてな。』

『それはアイドルになるのが反対という意味で?』

『現時点では反対だな。だが、それは百合がちゃんと説明しないからだ。』

『というと?』

『百合になんでアイドルになりたいんだって聴いても「なりたいから」としかいわないんだぞ。それじゃあ賛成なんて出来ないだろ?』

「百合ちゃん……。」


 未亜が思わず声を出してしまう。


『近くに未亜さんがいるのか?』

『ああ、いるよ。スピーカーにしてある。』

『未亜さんも百合のためにいろいろと申し訳ないですね。』

『いえいえ!』

『百合をスカウトしたのは未亜さんのお知り合いの方とかですか?百合が『その人は未亜さんも知っている人で問題ないから』っていってましたが。』

『えっ!?あー、百合ちゃんをスカウトしたのは圭司さんと私のマネージャですね。』

『えっ、太田さんですか?百合はなんでそういう大事なことを……。』


 本当に百合、なぜそういう大事なところを……。


『多分、百合は気持ちばかり前のめりになっていて、反対されることを前提にして、なんとか同意をもらおうとしてるんじゃないかと思う。圭司は知ってると思うが、百合は一度そうなるとなかなか理論的な話が出来なくなるんだ。だからこれ以上、百合と話をしていても埒があきそうにない。だが、私から太田さんに連絡するのも変な話だ。申し訳ないけど、圭司が間に入って、太田さんにこちらへお越しいただくように話をしてもらえないかな?』

『父さん、判ったよ。太田さんは一回会っているからどんな人だか知っているよね?』

『もちろん。太田さんには感謝してもしきれない。その太田さんが百合をスカウトしたいといっているのであれば、無碍に断るのは良くない。だからこの件は、一度ちゃんとお目にかかって大人同士で話をしたいと思う。』

『じゃあ、太田さんに話をしてみる。』

『可能なら明日来てもらえないかな。こういうのは早いところ動いてしまった方がいいから。』

『判った、聴いて返答するよ。』


 太田さんは問題ない、是が非でも、ということで夕方から仕事のある未亜も一緒に行けるように午前中で段取りをした。


「圭司の実家へ行くのは二回目だね。」

「あの時は電車とバスを乗り継いで行ったなあ。」


 今日は太田さんの運転する社用車で俺の実家へ向かっている。


「今日は建設的な話が出来そうな気がしているわ。」

「だといいんですけどね。」


 近くのコインパーキングを案内しようかと思ったけど、太田さんは完璧に場所を把握していた。一度来たところは割と憶えているんだとか。実家に着くと今日はインターホンで呼び出して開けてもらう。部活で百合がいないので、5人がリビングに勢揃いした。


「太田さん、ご無沙汰しております。あらためて、その節は本当にありがとうございました。」

「いえ、私どもができる限りのことはいたしましたが、本来はああなる前にもっと出来たことがあったのではないかと反省しております。」

「それはそうかもしれませんが……。まあ、今日はそのことではなく、百合のことですね。」

「はい、端的に申し上げれば、百合さんをお預かりしたい、と。」

「私も頭ごなしに否定するわけではありません。ただ、私にとって芸能界というのはどうにも理解しがたい世界なのです。圭司のようにひどい目に遭う可能性もある。嫉妬や怨念が渦巻く世界のようにしか見えない。」

「なるほど、あまり関わりのない方からはそう見えるかもしれません。」

「百合と話をしていてもアイドルになりたいから認めて欲しいという一点張りで細かいことが全く見えない。親を説得出来ないようでは、大成するのも難しいのでは?」

「それは一理ありますね。」

「ただ、私どもは太田さんと御社に大きな借りがあるといってもいい。だから双方で条件をすりあわせることが出来るのか、御社との間で協議をしたいと思います。」

「そういっていただけるのは大変ありがたいです。」

「こちらも百合と話をして、人の前に出て目立つことはどういうことなのか、しっかりと向き合わせます。それと同時に御社との間では、私が懸念している事柄を随時電話などですりあわせさせて下さい。」

「はい、判りました。」

「大崎エージェンシーという会社がどんな会社なのかもしっかり見定めたいので、すりあわせで懸念事項が大方片付いたあと、御社に訪問して最終協議、ということでいかがでしょうか。」

「えっ、弊社までおこしいただけるんですか!?」

「はい。私は新卒研修の際、『その会社を知るには会社の中を見るのが一番』だと教えられ、それを実践してきています。実際、社内を拝見させていただくとその会社の未来はなんとなく見えます。ですので、御社の中を見せていただいて、どんな会社なのかを体感したいと思います。」

「その点も承知いたしました。」

「今日の所の話はそれだけです。」

「えっ、それだけ?」


 俺は思わず聴いてしまった。


「……圭司は何を期待していたんだ?」

「いや、『百合は絶対にアイドルなんかにしない!』とか何かそんなことになってしまうんじゃないかと……。」

「そんな感情論で話をしてどうする……。こういうことは理詰めでしっかりと検討することが大事なんだ。きちんと懸念事項をクリアしたら好きなようにやればいい。圭司も条件をクリアしたから大学からは自主性に任せたんだ。」

「……先生のご両親はすごいわね……。」

「……そんなことはないですよ。圭司のことをきちっと救って下さった太田さんと大崎エージェンシーという会社の方がすごいですよ。……と、まあそんな話をしていても仕方ないですね。未亜さんは今日はお仕事だとか。」

「あっ、はい、そうです。」

「では、そろそろ、お時間では。ここから都内は車ですと用賀の渋滞もあって1時間半は見ないといけませんから。」

「そうですね、本日は失礼いたします。あらためてまたご連絡いたします。」

「はい、連絡は以前お渡しした名刺に書いてある私の携帯にいただければ。」

「判りました、そのようにさせていただきます。」


 すっかり父さんの手のひらの上で転がされた感じはするもののとりあえず完全な反対ではないんだな。あとは太田さんに任せよう。

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