第086話○親友とのお食事会

 マツノキ出版倒産の件は、太田さんからの連絡で知った。私のデビュー2周年記念日にそんなニュースが入ってこなくてもいいのにって思ったけど、こればかりは仕方ないよね……。太田さんが個別に圭司へフォローしてくれたみたいなので、これについては圭司が何かいってこない限りは、私からは触れないことにした。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ようこそ!入って入って!」


 1803号室のインターホンを押すと朋夏がすぐにドアを開けて招いてくれる。


「おじゃましまーす!」


 玄関の右側に部屋がないくらいで中に入ると作りはだいたい一緒だ。部屋全体がカラフルで華やか、だけど居心地の良い感じにまとまっている。家具がそういうタイプの家具なんだね。6人座れるダイニングに既にいろいろと用意されているけど、お箸が四膳?


「朋夏、ほかに誰か来るの?」

「なんでー?」


 台所で料理をしながらこちらの質問に回答する朋夏。


「いや、お箸が四膳あるから。」


 ピンポーン

「あっ、ちょっと迎えにいってくるね。」


 そういうと料理を中断して朋夏は玄関へ向かった。


「飯出さんは誰を呼んだんだろう?」

「ここへは基本的に部外者は呼ばないだろうし、誰だか判らないなあ。」


「ただいまー!」

「おじゃましまーす!」


 この声は!


「えっ、彩春!?」

「未亜と高倉くん、こんばんはー!」


 同じ大学で親しくしている彩春も関係者なの!?


「突然呼んじゃったけど、二人の担当マネージャ太田さん、彩春の担当マネージャ大石さん、私の担当マネージャ沢辺さんには実は了承もらってあるよ。」

「太田さんが知っているなら問題ないな。」

「うん、そだね。」

「私、料理の続きしてるから三人で話してて。」


 そういうと朋夏は台所へ行って、彩春が席に着いた。


「朋夏と私は実は元々高校の頃から配信仲間で知り合いだったの。進学先も二人で話し合って、ソーシャルマーケティングとかデジタルマーケティングとかで有名な先生が多いこの大学を決めたんだ。」

「やっぱり、二人もそうなんだ。実は私もそうだったの。」

「俺もそうだな。その辺の授業取れるかな?」

「ほかに私たちみたいな人がどれくらいいるかだよねー。あんまりもういないような気もすけど。」


 彩春の予想はどうだろう?ほかにもいそうな気がする……。


「そういえば、配信仲間ってことは岡里さんもVTuberやっているんだ。」

「正確にいうとやってた、だけどね。」

「えっ、引退しちゃったの?」

「少し前にVTuberのネットストーカー騒動が話題になったの、知ってるかな?」

「うん、聞いたことある。」


 同棲を始めた頃くらいに「アフートピックス」に出ていたのを記憶しているけど、なんかすごい有名な人だったみたいで、けっこう大騒ぎになっていたような……。


「あれの被害者、西陣つむぎが私。」

「えっ。」

「実際にはネットストーカーといってもメールとかコメントとかの嫌がらせだけだったのがいろいろなんか膨らんじゃって騒ぎが大きくなっただけなんだけどね。大学入学と同時に大崎所属のVになってたから、ストーカーの件は、事務所で対応してくれるっていっていたんだけど、正直、大学に入ったあと、何をするにもアバターが必要なVとしての活動に制約と限界を感じはじめていてね。同じ声を生かした仕事をするなら声優の方がいいんじゃないかって相談していたんだ。そこにこのトラブルが起きたから大石さんに話をして声優セクションへの移籍オーディションを受けさせてもらったの。そうしたら、無事に合格したからVのほうは完全に引退した感じかな。事務所が守ってくれるって判ったから逆に安心して顔出しする声優になれたんだよね。」

「そんなことが。」


 彩春のことは判ったけど、彩春は私たちのことをどこまで聞いてるんだろう。


「彩春って、私と圭司のこと、聞いてるの?」

「私は何も聞いていないから二人が大崎で何をしているタレントなのかは知らないよ。とりあえず朋夏から『四人で食事会するよ、マネージャには全部OKもらったよ』っていわれただけなの。」

「太田さんから返事来た。話は沢辺さん経由で聞いててOK出してるって。未亜は岡里さんと今後イベントとかで絡みがあるかもしれないって。」


 圭司が静かだと思ったら太田さんとRINEしてたのか。彩春は名前をひらがなにした「岡里いろは」という芸名で声優として今日10月1日から正式にデビューしたそうだ。


「ほとんど本名だけど大学の知り合いとかにばれない?」

「それはむしろばれた方がいいかな、って。」

「えっ、そうなの?」

「もしかしたら最初のファンになってくれるかも、でしょ。それに声優は結構本名多いんだよね。あと哲大の卒業生に酒下さかした茉夜まよさんっていう有名な声優さんがいてね。この人も本名で大学通っていたから問題ないかな、って。」


 圭司はそのままこの前、朋夏に話した内容を説明する。もちろん、報道された内容の何処までが事実でどこからがねつ造なのか、についても。


「……そうか、あれ、高倉……あっ、いまはいいんだよね?」

「ああ、こういう所と大学は問題ない。事務所とかイベント会場とかは雨東呼びで。」

「うん、わかった!それにしてもまさか雨東先生が高倉くんだったとは……。報道の内容はそんなに細かく追っていないから詳細はわからないけど、何処までが本当のこととか、高倉くんも言いづらいだろうに説明してくれてありがとう。」

「うん、親友だと思っているみんなにはこの際だからちゃんと知っておいて欲しくてね。」

「そう思ってくれているのが嬉しいよ。聞いた話は心にちゃんと留めておくね。」

「よろしく。」

「そして、未亜が早緑美愛とはねー。全然気がつかなかったよ。ウイッグ付けて、カラコンして、バッチリメイクすると声だけじゃなかなかわからないもんだね。」

「そうみたい。朋夏も全然気がつかなかったしね。」


 そんな話をしていたら料理を作り終わった朋夏が戻ってきた。配膳はみんなで手伝う。

 朋夏が作ってくれたご飯を食べながらいろいろな話で盛り上がる。大学の友達とこんな感じで話をするなんて予想もしてなかったけど、いろいろあっただけになんかとても嬉しい。


 食べ終わって、食後に紅茶を楽しんでいると朋夏が何もいわずに席を立ってダイニングとつながっている部屋へ向かった。1801は引き戸になっていてダイニングと連結できるけど、1803は普通に壁があって開き戸が付いている。なんとなくその後の行動が予想できたので、黙っていると圭司と彩春は不思議そうに眺めている。


「朋夏、どうしたんだろう?」

「私はこのあとの行動予想できるよ。」

「未亜は判るのか。なんだろう?」


 朋夏は部屋から2本のサインペンと色紙、3冊の本、そして4枚のCDを大事そうに抱えて持ってきた。やっぱりなあ。……あれ?もう一つ、あの包みはなんだろう?


「あの、雨東先生!なにとぞこの本にサインをいただけませんでしょうか!そして、早緑様!なにとぞこのCDにサインをいただけませんでしょうか!あと、この色紙にも……。」


 圭司が苦笑いしている。


「以前からあれだけ推してくれている日向夏さんですから、謹んでお受けしたいと思います。」


 圭司がなんか仰々しく承諾している。


「この前約束したけど、まさかデビューシングルまであるとは思わなかったよ。」

「デビューシングルも三枚あるよ!」


 そこまでしてくれている朋夏に感謝しながら私もサインを書き始める。


「でも、飯出さん、サイン本プレゼントの時に自分の分は抜かなかったんだね。」

「それね。自分の分を忘れてぴったりの数で依頼しちゃったんだよ……。」

「ああ、そういうことだったのか……。」


 二人でサインを書いていると彩春が苦笑いをしている。


「朋夏、本当に二人の大ファンだね……。さすが伝説といわれる配信をしただけあるよ……。」

「伝説?」


 私は思わず聴いてしまう。そっぽを向いた朋夏のかわりに彩春が説明してくれる。


「日向夏へべすってね、雨東晴西と早緑美愛の大ファンだっていうのを前面に出した配信もしているんだけど、二人が交際を発表したときに『雨東先生と早緑様の交際を祝して緊急配信』っていって、急遽配信したのね。それなのに感激して泣きっぱなしのままほとんど話ができずに1時間の枠を終わらせるっていう伝説を残したのよ。」

「そんなに好きなんだ!?」


 親友にそこまで推されているとなんかこう背中がむずがゆい!


「でも、4thアルバムはどうしようかな。」

「朋夏、買わないの?」

「彩春、なにいってるの!?買うのは大前提だよ!?4thアルバムはたくさんサイン会があるからさ。3枚のCDをそれぞれ別の店舗で買って、どれか一枚はサイン会に引っかかってくれたらって思ってたんだけどね。」

「朋夏!サイン会に申し込まなくてもいつでもサインするからね!?」

「飯出さん、いつでももらえる飯出さんが申し込むの止めたら普通のファンが合計三人サインもらえるかもしれないよ。」

「そうか!っていうかいつでもサインもらっていいの!?」

「親友が欲しいっていっているのに書かないなんてあり得ないよ!」

「やった!今度サインもらう用のライブブルーレイを買っておくよ!」

「ファンの熱量ってすごいよね。」

「あ、あと、シークレットライブは私の持ってる招待席をあげるからね。そっちも頑張らなくていいよ!」

「えっ!本当!?嬉しい!あっ、そうだ、忘れないうちにこれを……。」


 朋夏がさっき持ってきた包みを私の前に差し出してきた。


「えっ!?私に!?」

「今日は早緑様デビュー2周年の記念日じゃない。だからちょっとしたお祝いの品を。」

「ええっ!?ありがとう!でもそんな気を使わなくていいのになあ。開けてみてもいい?」

「うん!開けて開けて!」

「……あっ、クロシタンのハンドクリーム!しかも5本も!私がクロシタン使っているのよく知ってたね!?」

「インタビューで答えているのを読んだからね!」

「何処で答えたかもう忘れたけど、答えてたんだね!?」

「飯出さん、本当にすごいね。」

「……ねえ、これ、ハンドケア用の6000円くらいする奴じゃない?」

「うん、確かそれくらい。」


 ええっ!?そんな高いものを5本も!?


「そんなものもらっちゃっていいの!?って彩春よく知ってるね!?」

「クロシタンは私も使っているからね。いまはちょっと手が出ないなあって見ていたから。」

「彩春、貯金あるのに!」

「新人声優は節制が大事なの!」

「よし、デビューのお祝いに今度プレゼントするよ!」

「いいの!?やった!」


 朋夏って、本当にすごいなあ、と感心するばかりだった。そうだ、今日撮ってきたお礼動画の未編集バージョン、太田さんに許可取って朋夏にも見せてあげよう!楽しんでくれるといいな!

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