第082話○親友が大ファン
「これを見てほしい。」
「ノートパソコン?……えっ……。」
あっ朋夏が絶句した……と思った次の瞬間にはいきなり号泣しはじめた。
「たか……高倉……くんが……あ……雨東……先生……まさか……。」
「えっ?朋夏?あれ?圭司?これって?」
朋夏が雨東先生の作品の大ファンなのは知ってたけど、まさか泣き始めるとは思わなくて、思わず聴いてしまう。
「うん、日向夏へべすさんはかなり初期から雨東のことを応援してくれていたVTuberなんだ。全作朗読耐久配信もしてくれたって前にも話したことがあると思うけど、ほかにも書店大賞にノミネートされたときは、日向夏さんが自腹で本のプレゼントをする企画をしてくれたり、本当にすごい応援をしてくれているんだよ。本のプレゼント企画はKAKUKAWAと交渉して俺のサイン入りにしたものをKAKUKAWAが発送するところまでやったからね。」
「えっ、そんなに!?」
朋夏はしばらく泣き続けた。ようやく泣き止んだかと思ったら今度はなにやらぶつぶついいだした。
「未亜は高倉くんと同棲している……。高倉くんは雨東先生……。未亜は雨東先生の同棲相手……。」
朋夏がなにやら思考を巡らせているなあ、と思った瞬間、今度はこっちをすごい形相で見て叫んだ。
「……あっ!!!!!ええっ!!!!!まさか!!!!!うそでしょ!!!!?そんなことが!?!?!?!?」
「どうしたの!?朋夏!?なにっ!?」
「もしかして!!!!!未亜は!!!!!早緑……様!!!!?」
「うん、そうだよー。ってやっぱり早緑様なのね!?ま、まあ、いいけど。」
「えっ……。私、大好きな推しである早緑様と大学の同級生だったの!?しかも普通にリアルでRINEやりとりして、遊びにも何度も行ってて、お互いに親友だと思っている仲なの!?えええっ!?そんな奇跡あるの!?私、夢見てるの?……痛い!夢じゃない!えっ……。」
朋夏は早口でまくし立てながら自分の頬をつねったと思ったら、また泣き出した。どれだけ泣くのだろう……。そのまま、しばらく泣いたあと、ばつが悪そうな顔になった。
「……ごめん、感激しすぎて、ちょっとひどい姿を見せました……。」
朋夏がようやく落ち着きを取り戻したかとおもうやいなや、急に立ち上がり両手をテーブルの上に置いて鬼気迫るものすごい表情をして圭司の方を向いた。
「あのさ!雨東先生の件は私は全然気にしてない!っていうか私は雨東先生の味方だから!多分見てないからああいう前置きになったんだと思うけど、私、雨東先生の一件で、特にあのばかどもが捕まってからのマスコミの報道に真面目に切れちゃってさ。頭に血が上って、マスコミ報道を批判する配信をしてるんだよ。あの配信、まだ残してるけど別に見なくていいから!私は雨東先生の味方!それだけ憶えておいて!」
朋夏はさっき圭司が念押ししたのを勘違いしているみたい。でもそれって、朋夏の中で引き続き親友として付き合うのは当たり前だっていうことだよね。よかった、ちょっと安心した……。
「日向夏さん、そんなことまでしてくれていたのか……。本当にありがとう。」
圭司がびっくりした顔をして、深くお辞儀をする。
「やめて!そんなことしないで!頭を下げられるようなことしてないから!雨東先生は絶対に悪くないから!だから頭下げないで!」
「そうか、ありがとう。」
圭司も少し目が潤んでいる。
「そうか、まさかなあ……。でも、大崎がニュースリリース出してたけど、あんなに嘘ばかり流すとかひどいよね。結局、報道は全部デタラメだったんでしょ?」
朋夏は気軽に聴いたようだけど、私たちには重い事実。どう回答しようかと思っていたら圭司は淡々と返答した。
「一番最初に流れたことだけは事実だけどそれ以外はすべてねつ造だったな。」
「えっ、それって……。」
「飯出さんだから正直に伝えると奴隷のような生活をしていたあたりの話と友達との性行為を強制されたのは事実。それ以外は全部嘘。だから大崎のニュースリリースも全面否定ではないんだ。」
朋夏は絶句して両手をテーブルの上に置いたまま、うつむいてしまった。そして、なんとか振り絞るように一言。
「……ごめん、配慮が足りなかった。」
「そんなことはない。飯出さんは親友だと思っているからちゃんと真実を伝えたかったんだ。飯出さんがいうように大部分がねつ造なのは間違いないんだし。」
「でも……。」
「いや、全部ねつ造だって思ってくれていたのは嬉しいよ。」
そういうと圭司は立ち上がり笑顔で右手をまっすぐ差し出す。立ったままうつむいていた朋夏は自分の目の前に手が差し出されたことにびっくりした様子で顔を上げた。
「そうはいっても……って、いや、これ以上は良くないね。親友だっていってくれてありがとう!」
同じように右手を差し出し、二人はいい笑顔で握手をした。圭司、そこまで吹っ切れることができたんだな……。
「それで、その件があった関係で、大学と家以外では、未亜とはお互いの芸名で呼ぶようにしているんだ。だから大学とこんな感じでほかに誰もいないところ以外では、飯出さんもそうしてほしい。」
「うん、わかった!」
朋夏も理解してくれた、良かった。二人が席に着くとき、朋夏がこちらを向いて申し訳なさそうな顔で「未亜もごめんね。」といったので、私は首を振っておいた。朋夏は笑顔になって「ありがとう。」といってくれた。うん、この話はもうこれでおしまいだよ。
「それでね、もう正体ばれたから教えちゃうけど、早緑様のライブは事務所のマネージャに無理をお願いして、関係者席を回してもらいました。」
「やっぱりそうか。」
「圭司?」
「うん、飯出さんのいつもの感じだとチケットが取れたらすぐにみんなにRINEするはずなのに大学で話題が出るまで行ったことを話していなかったじゃない。あと、大学で話したときに飯出さんは『3階の正面スタンド』っていってたんだ。3階の正面スタンド席って、今回、全部関係者席だったんだよ。」
「えっ、そうだったの!?」
「俺も3階正面スタンドにいたからね。それで、なんでだろうなあって疑問だった。でもそれを突っ込むと正体がばれるから黙ってた。」
「そうかー、そういう細かいところが要注意だね。さすが雨東先生。それにしてもよく逢わなかったなあ。」
「ギリギリまで舞台裏の関係者控え室にいたから。終演のあとはすぐにバックステージパス使って未亜の楽屋へ移動したからね。」
圭司の洞察力と行動力は本当にすごいけど、いまはそうなった理由を知っているだけに心が少し痛む。
「それにしても飯出さんはなんで大崎に所属したの?日向夏さんって個人勢では結構長いことトップクラスじゃない。事務所に所属する必要ないような気がするんだけど。」
「あー、うん、表向きは活動の幅を広げるためっていうことにしているんだけど……。未亜と高倉くんだから正直なことを話しちゃうと怖くなってきたっていうのがあるかな。」
「怖くなった?」
「うん、最近、個人勢に限らず、VTuberの引退が増えているのは知ってるかな?個人情報探られたり、デマを流されたり、人によってはどこで調べるのかストーカーまで現れたりしていてね。それで身の危険を感じてやめるケースが、ままあるの。表向きは『リアルで目標が出来た』とか『ほかでやりたいことがあるから』とかっていってるんだけどね。実際には私は今のところ、どの被害にも遭っていないんだけど、すごく親しくしていたVTuberがそれでこの前引退しちゃってね……。いまの状況だといつそういう被害に遭うか判らないから。」
「でも、VTuber専門の事務所とかもたくさんあるよね?」
「うーん、もちろん、そういう専門の事務所でもいいんだけど、結局そういう事務所のVTuberも事務所が守りきれなくてけっこう引退しているんだよね……。スカウト自体は昔からたくさん来ていたから、五大総合芸能事務所をピックアップして、いろいろと検討して、大崎にしたの。」
気軽にやってそうなVTuberの世界もいろいろと大変なんだなあ……。
「そういえば、私、前に早緑様のCDを未亜に貸そうとしたけど、あれって本人に!?うわー、恥ずかしい……って、そういえば、あのとき、未亜、高倉くんから借りたっていってなかったっけ?」
「うん、いったと思うよ。だって、本当に借りたから。」
「えっ、高倉くんなんで?」
「未亜が
「あっ、そういうことか!」
「お礼にサインを書いて返したけどね!」
「えーっ!ずるい!私も早緑様のサイン欲しい!」
まあ、そうだよね!私も圭司から雨東先生のサインもらったし!
「今度、機会があったらいくらでも書くよ!」
「やった!ありがとう!あっ、こんな時間。これから晩ご飯だよね?ごめんね、長居しちゃって。」
「いや別にいいよ。俺も昔からお礼を言いたかった日向夏へべすさんに会えたし。」
「朋夏、部屋はどこなの?」
「私はこの隣の隣。」
「えっ!?同じ階!?」
「うん、8月20日に大崎と契約して即本所属になったんで、慌てて準備を始めて、8月26日にここへ引っ越してきたの。前住んでいたところは家賃が高い代わりにセキュリティ万全っていうから入居したんだけど、実際には宅配の人が部屋の人を呼び出さずに入れちゃったり、セキュリティがあまり良くなかったから。」
「朋夏ってこんな広い部屋に住んでいるの!?」
「ちがうよー。1803号室は2LDKだよ。ダイニングとか台所は変わらないっぽいけど、部屋自体は8畳が二つだね。片方を配信部屋にして、もう片方を寝室にしているよ。」
「同じ階でも間取りが違うんだね。」
「うん、私も今この部屋を見て同じ感想だった。」
「今度二人でうちにも遊びに来てよ!」
「うん、時間をあわせてご飯をみんなで食べたいね!」
「ああ、それはいいな。こんな偶然はなかなかないだろうし、有効活用していきたい。」
朋夏は自分の部屋へと帰っていった。ドアを開けて朋夏が入るまでついつい見送っちゃった。それにしてもこんな偶然あるんだね。でも、隣人が親友って言うのは嬉しいし、安心だなあ。
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