第029話●二人で帰宅
「未亜、本当に驚いてましたね。」
「まあ、早緑には本当に話していなかったから。でも、その分、コメントがものすごい盛り上がっていたから良かったわ。」
俺は隣の会議室で太田さんと
「先生、大変だと思うけど頑張ってね。」
「ええ、短いのでなんとかなるとは思いますが、下手なものは書けないので気合い入れて頑張ります。白子さんから『BOOK◇RUNNER専売の電子書籍にするんでいいの書いて下さいね』ってプレッシャーすごいですけど。」
「白子さんも楽しみにしてくれてたから。もちろん、私も楽しみよ。」
「まあ、これで全国各地一緒に行くための名目も立ちますし。関係者席で堂々とみていられます。」
「これだけ会場多いと自腹も大変でしょうから旅費会社負担はいいでしょ?」
「それは大きいです。しかもちゃんと原稿料いただけますし。」
「それはもちろん、仕事だもの。」
配信が終わって着替えた未亜が入ってきた。
「太田さん!もう、あんまり驚かせないで下さいよ!」
「美愛ごめんねー。こういうのはやっぱり本当に驚いてもらわないとねー。」
「もうそういうの本当に勘弁ですよー。」
「ファンの反応が怖かったけど、みんな喜んでくれているようで良かったよ。」
「私のファンはみんないい人だからね!」
着替え終わった未亜と一緒に帰る。9時近いので、事務所がタクシーを手配してくれた。
「このタクシーチケットって初めて使う……。」
「私は何度かあるよ。ライブの終わったあととかね。」
「ライブのあとって泊まりじゃないのか!?」
「都内だし家に帰っていたよ。自分の部屋でゆっくり寝たかったから。」
「そんなもんなんだなあ。」
タクシーを自宅近くで降りる。晩ご飯は事務所が出してくれたお弁当で済ませたけど、マンションのすぐそばにある24時間スーパーで野菜やら冷凍食品やら一通り購入する。これで明日の朝から料理をして食べられるようになった。
勝手口から入るのにはまだ慣れないけど、だんだん違和感もなくなるだろう。
「家に着いたな。」
「……あのさ、先に入るから少しだけ外で待って、後から入って欲しいんだけど、いいかな?」
「ん?よくわからないけどいいよ。」
未亜が先に入る。扉が閉まった。心の中で5つ数えてから開けて中に入る。
「おかえりなさい!圭司!」
「……た、ただいま……。」
「あれ?どうしたの?」
「……いや、これ……なんかいいな……。」
「うん!」
満面の笑みを浮かべた未亜からの「おかえりなさい」は、ものすごい破壊力だった。
「好きな人にこういってもらえるのって、こんなにも嬉しいんだな……。」
「私もやってほしいから!打ち合わせとかレッスンとかで遅くなるときとか楽しみにしてるよ!」
「ああ、そうだな。」
そのまま寝室に入り、ルームウェアに着替えて、朝付けて出かけた風呂の自動給湯が問題ないことを確認して、リビングへと向かう。なんとなくテレビを付けてぼんやり眺めていると同じくルームウェアに着替えた未亜がやって左隣に座った。
「風呂、もう炊いてあるから先に入るといいよ。」
「あっ、ありがとう!……全然気が回ってなかったよ。」
「今日はいつもよりプレッシャーがあっただろうから疲れたんだと思うよ。」
「うーん、さすがに疲れたよ……。じゃあ、入ってくるね。」
風呂から出てきた未亜と交代で俺も風呂に入る。
「出たよー。」
リビングに戻ると未亜はすっかり熟睡してしまっている。隣に座って軽く肩を叩いてみる。
「未亜、こんなところで寝ると風邪引くぞ。」
「……圭司。」
目を覚ました未亜がいきなり抱きついてくる。
「……ねえ、キスしたい。」
そういうと未亜のほうからキスをしてくる。気分が少しハイになっていたのか深いキスをしてくる。少し深いキスにもしかしたら未亜は気持ちはちょっと盛り上がっているのかもしれない。でも、ここから先はまだダメだ。だから顔をそっと離す。未亜はすっかり紅潮した、でも少し残念そうな顔でこちらを見つめているので、目をしっかりと見て話し始める。
「……やっぱり初めては大事だよ。なし崩しじゃなくて、気持ちを通じ合わせて、ちゃんとした思い出になるように。そうじゃないとだめなんだ。」
未亜がゆっくりと俺の胸に顔を埋めた。
「……うん、そうだね……私、本当に圭司に大切にしてもらえて嬉しい……。全部圭司に任せるね……。」
未亜は顔を上げると満面の笑みでこちらを見つめてくる。
「……どうする?もう寝るか?」
「……もう少しこうしていたいかな。」
「判った。ゆっくりするといいよ。」
「ふあああああぁ……。ちょっと肩借りるね……。」
大きなあくびをした未亜は肩にもたれかかってきた。あっという間に寝息が聞こえる。未亜、お疲れ。
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