第027話●同棲して初めて迎える朝

「圭司、朝だよー!」


 あれ?朝から未亜の声がする……。そうだ、同棲を始めたんだ!


「うーん、いま起きる……。部屋まで起こしに来てくれてありがとう……。」

「結構朝弱いんだね。意外!」

「……未亜は朝から動けるタイプなのか。」

「うん、目覚めはいいよ。」


 いままで知らなかったことも二人で生活を始めると見えてくる。きっとお互いにいやなところとかも見えてくるだろうからそのときはきちんと話し合いをしていかないといけないよな。


 手早く着替えてリビングに行く。ルームウェアは洗濯機に入れる。既に未亜は入れてあるみたいだ。


「今日は2限からだから朝ご飯はどこかで食べてから大学行こうか。」

「そだね。そういえば、同棲して初めての授業が心理学の授業らくしょうかもくだよ。」

「そうか、今日は金曜日か!あれから3ヶ月くらいでまさかって思うよ。」

「ほんとだよね。」


 なんとなく見つめあってニヤニヤしてしまう。


「そうだ、今日の帰りに野菜とか冷凍食品とか買って帰らないと。冷蔵庫になにもないのは困ってしまうから。」

「確かに!でも、今日は遅くなるけど、スーパーまだ開いてるかな?」

「ああ、この辺のスーパーを調べたら、勝手口の一つ向こうにあるスーパーは24時間営業だよ。」

「さすが!圭司は本当にその辺すごいよね。」

「まあ、必要だと思うものはとりあえず調べておくから。」

「本を書く人って、きっとそういうのが大事なんだろうね。私なんか心の赴くままに歌うことしか出来ないよ。」

「それで人の心をしっかりつかんでるんだから未亜はそれでいいんだよ。」

「そっか……。ありがとう、圭司。」

「うん。あ、早くしないと飯食う時間なくなるな。」

「そうだよ、早く準備してね。」


 朝ご飯は大学近くのモーニングで有名な喫茶店でのんびりと食べる。いままでだと朝を一緒に食べるなんて難しかったからこれだけでも嬉しい。

 2限の心理学の授業らくしょうかもくはあえて一番上の端、俺たちの始まりの場所に座る。


「この席から始まった関係がついにここまで至ったかと思うとなんか4月が懐かしくなってくるよ。」

「そうだよね。そういえば、初めてこの教室に入ったとき、まるでコンサートホールみたいって思ったんだよね。」

「やっぱりそこはアーティストっぽいね。」

「そうかなあ。あっ、一番最初、私が階段を上って近づいたとき、圭司、いやだなって思ってなかった?」

「えっ!?そんなことは……なかった……はず。」


 未亜はニヤニヤしながらこちらを見ている。


「いやあ、窓の外を眺めているふりをしていたけど、あれは絶対『来ないで欲しい』って顔だったけどなあ。」

「んー、もう忘れた!」

「じゃあ、そういうことにしておきましょう!」

「ああ、しといてくれ……。」


 先生が入ってきて、出席カードを配る。

 授業はいつも通り。未亜は聞き流しているけど、俺は結構真面目に聞いている。

 あっという間に今日の授業が終わったので出席カードを提出して外へ出る。


「圭司、この授業、結構真面目に聞いてるよね?」

「うん、人の心理について、基礎からしっかりと体系的に学べるのは、作品に役立てるからね。」

「ああ、そうか。そうだね。異世界もののハイファンタジーでも結局人が織りなす物語だもんね。」

「そうだよ。もちろん俺たちが認知していない本当の異世界に住む生物がどういう心理状況なのかは判らないけど、現代日本で発表する異世界ファンタジーはどこまで行っても現代日本人の思考や論理感の延長だから。」

「たしかにそうじゃないとすんなり理解できないもんね。」

「人の心理をしっかりと学んで、それを踏まえた作品を書いていくことは、とても大事なことだと思っている。」

「なんかの作品作りにおける根幹に触れた感じがして嬉しいなあ!」

「ありがとう、やっぱり一番の愛読者だな。」

「うん!」


 お昼を食べようと6号館地下ろくちかへ向かうと戻ってくる飯出いいでさん、岡里おかざとさんと鉢合わせした。この二人は本当に仲がいい。


「あー、お二人さん、6号館地下ろくちかは入れないよ。」

「じゃあ、ソコスファミレスにするか。」


 今日もいつものソコスファミレスへ向かうと相変わらずすぐに入れる。ランチを食べて、コーヒーを飲んでいると飯出さんがなにやらカバンから取り出す。もしやそれは!?


「未亜に貸してあげようと思って持ってきたんだ!はい、早緑様のCDだよ!」


 取り出されたのは早緑美愛さみあんのCDが3枚。


「えっ!?あっ!?」


 未亜がものすごい困っている。


「聴いてみて、感想聴かせてね!」

「あ、えっと、実は圭司も一回貸してくれてて……。」

「あっ、そうか!高倉くんも早緑様のファンだもんね!」

「付き合い始めたころにね、貸したんだ。」


 うそはいってないぞ!


「そっかー!じゃあ、コレはいらないね。」

「う、うん、その気持ちは嬉しいよ。」

「そういってもらってよかった!それにしても早緑様、今晩、重大発表とかするらしくて結構どきどきなんだよね……。」

「そ、そんなに大した話じゃないんじゃないかなあ、多分。」


 うん、本人がいうんだから間違いない。


「いやあ、だって、VTuberとかだと重大発表は引退とかが多いからさ!」

「まあ、聴けば判るんじゃない?」

彩春いろはは冷静すぎるって!」

「そろそろ大学戻らないと3限に間に合わなくなるぞ。」

「あっ!もうそんな時間か!」


 いやはや、飯出さんは早緑美愛のことが本当に好きなんだなあ。


 授業に出る二人を見送って、3限はいつもの場所4号館でのんびり、4限のマーケ論は飯出さんや岡里さんの4人でグループを組んで事例研究ケーススタディをした。かなり突っ込んだ議論が出来て面白かったけど、ほかのグループでは表面上のやりとりだけのところが多かったみたいだからメンバーに恵まれたのかもしれない。


 授業が終わり、飯出さんたちと別れ、二人で事務所へ向かう。今日は飯出さんが言っていたとおり、早緑美愛の「重大発表」生配信があるのだ。配信自体は夜8時からだけど、早緑美愛さみあんモードになる時間とかがあって、時間がギリギリなので教室を出るときに未亜が慣れた手つきでアプリを操作してタクシーを呼んだ。都内を電車じゃなくてタクシーで移動するって、やっぱり未亜って芸能人なんだなあ、という感じがしてきて、ニヤニヤしてしまったのは内緒。未亜にも気がつかれなかったみたいだし。

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