第38話 ジュダルとニコル
「くそぅ、惨めだぜ……」
昼下がり。
ジュダルはすっかりボロボロになった服を着込み、ギルドの裏庭で火をくべていた。
『白銀の翼』崩壊後、彼は依然としてギルドで過ごしていた。
本来ならここはジュダルの所有する建物ですら無くなったのだが、生憎彼には行くアテがない。
その為、協会の人間が跡地の視察に来るギリギリまで残り続けてやろうと考えたのだ。
「何で俺がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ、絶対におかしい。この世界は狂ってやがる……」
ジュダルは新聞を開く。
大きな見出しには
「ギルドさえ残っていれば、
新聞をぐしゃぐしゃにし、ポイっと投げ捨てる。
無論、行ければの話だが。
「せっかくの大儲けのチャンスが、畜生!」
ジュダルは土台を作り、大きな生の骨付き肉を火にかざす。
備蓄していた食料もこれが最後。
彼は自制が効かず、この大きな肉を日を分けて食べるという発想が出来なかった。
「これを食ったら当分肉にありつけねぇのか……」
これからの生活を考えると不安で仕方ない、それもこれも自業自得だ。
その時、庭の外から声が聞こえた。
「マキナさん達、あっちでも活躍してくれるだろうな!」
「何てったって
「私達は私達で今日のクエスト頑張ろ!!」
内容から察するに恐らく『虹の蝶』の団員だ。
な、何だと!?
よりにもよってマキナの奴が、
一体どこでこんなに差がついたんだよ!?
「畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生!!!!!!!!」
ガタッ!
すると、ギルドの入り口の方で物音がした。
明らかな人の気配だ。
「……な、まさか!?」
こんなところに用事があるのはギルド協会の人間くらいだ。
ジュダルは意を決してギルドホールに向かって走り出し、泣きながら叫んだ。
「はあああああん!! ここは俺のギルドだ!! 誰だろうと絶対俺は離れないからなぁ!!」
「――うわああああ!?!?」
急な大声に驚いた侵入者は尻餅を付く。
中性的な顔立ちをした、頭にゴーグルを付けた獣耳の少年だった。
他には誰もいない、身なりからして明らかにギルド協会の人間ではなかった。
「誰だお前!!」
身構えて損したと言わんばかりにジュダルは吠えた。
「ひいい!? ごめんなさいッス!? ごめんなさいッス!?」
「さっさと出て行きやがれ! ここは俺のギルドだぞ!!」
「すいませんでしたッス! すぐいなくなるッス……ってあれ、ここって確か『白銀の翼』ッスよね?」
「それがどうした?」
「確か、数日前に無くなったって聞いたッスけど……なんでも度重なるクエストの失敗で?」
「!!!!」
「それで空き家になってるなら数日泊まれるかもって思ったんス、でも人がいるなんて思わなかったッス!」
それを聞いた途端、
ジュダルは床に拳を何度も打ち付けた。
「――っああああああああああ!!!! マキナァ! 全部お前のせいだああ!! 絶対許さねぇからなぁ!!!!」
「わわわ、ちょっと何やってんッスかぁ〜!?」
「このジュダル様をコケにしやがってぇ!!」
「ジュダル……もしかしてあの炎剣のジュダルッスか!? このニコル感動ッス!!」
獣耳の少年ニコルは目をキラキラさせた。
「な、何なんだよお前、俺を知ってんのか?」
「はいッス! オイラの故郷はだいぶ辺境ッスけど『白銀の翼』と炎剣のジュダルの名前は届いてたッス!」
「ほ、ほぉ〜、まぁ当たり前だがな」
ジュダルは満更でも無い顔をした。
「あの〜、もし良かったらなんスけど……」
「?」
「……ジュダルさんの炎剣、見せて欲しいな〜、なんて! いや、本当図々しいのは分かってるんスけどやっぱり一度見てみたいッス!!」
「……」
だか生憎、ジュダルの手元にはもうイフリートは無い。
「やっぱり無理ッスか……?」
「……盗まれたんだよ」
「え?」
「盗まれたんだよ! ここの元鍛冶師になぁ!!」
ジュダルは声を荒げた。
「ぬ、盗まれた!?」
「ああ、使えねぇ奴だったからクビにしてやったんだがな、そしたら出て行く時にここの武器を全部奪って逃げやがったんだよ」
ありもしない出来事だ。
本来はジュダルが持ち帰れと言ったにも関わらず、ニコルが知らない事をいいことに事実をねじ曲げた。
「そんな!?」
「それがここが潰れた理由だ、そうじゃなきゃ王国1の武闘派ギルドが無くなるなんてありぇねぇだろ!!」
「た、確かに……」
「しかもそいつは今冒険者をやってやがるときた! 俺の炎剣を使えば活躍出来ることを分かってやってんだよ! そんな奴をのさばらせてる『虹の蝶』もクソみてぇなギルドだ!!」
「『虹の蝶』……あ!?」
その単語を聞いたニコルが顔を真っ青にさせた。
「そ、そうだったッス、このままじゃマズイの忘れてたッス!?」
「ああん? どうしたんだよ?」
「実はオイラ、冒険者になりたくで田舎から出てきたんス。それでどこかのギルドに所属しようと思って入ったんスけど、そこが闇ギルドだったんス……」
「……ほぉ〜」
ジュダルは自分の顎を撫でる。
「でもオイラ知らなかったんス! でも入団したその日に『虹の蝶』の攻撃にあって壊滅したッス……確か、壮麗のベローネとか言ってたッス」
「壮麗のベローネか、確か次代の剣聖候補の1人とか言う女だな」
ジュダルは頭の中で「俺よりは劣るがな」と付け加える。
「何とか隙を見て逃げてきたッスけど、きっと記録が残ってるはずッス! だから『虹の蝶』の人に見られたら間違いなく捕まっちゃうッスよ〜!」
「なるほどな」
「うわああん、おかあちゃ〜ん!!」
ニコルは床に顔を押し付け泣き出した。
「お前も色々あったみてーだな」
「ううう……!」
「その『虹の蝶』のギルドがこの街にあるのは知ってんのかよ?」
「え!?!?」
ニコルは更に顔を青くした。
「終わったッス……」
「だはははは! コイツはお笑いだぜ!!」
ジュダルは馬鹿笑いをした。
「お前がどうなろうと知ったこっちゃねぇ、さっさと出て行くんだな。俺はこれからメシの時間なんだよ!」
ジュダルは火をかけたまま放置していた肉を思い出し、裏庭に向かう。
すると、
「……は?」
グェ〜!!
1頭のワイバーンが、アツアツの骨付き肉を口で突いていた。恐らく焼けた肉の良い香りに釣られたのだろう。
「何やってんだお前ええ!!!!」
ジュダルは丸腰のままワイバーンに向かって突進する。しかし相手は高ランク指定されている飛竜種だ。
げしっ!
「ぶべええええええ!?!?」
発達した脚で軽く一蹴された。
「どうしたんスか!?」
ジュダルの悲鳴を聞いたニコルが駆け付ける。
「肉がぁ、俺の肉が食われる!!」
「ま、待っててくださいッス!!」
ニコルはワイバーンと距離を置く。
そして骨付き肉を視界に捉え、右手をかざした。
「――スキル【盗賊】発動ッス!!」
その宣言と共に両目が赤く光る。
「お前、スキル持ちだったのかよ……!?」
「はいッス! オイラの数少ない取り柄の1つッス!!」
そして、ニコルの右手に物体が転送される。
「……失敗したッス!」
握られていたのは立派な1本の骨。
残りの肉部分はワイバーンがムシャムシャとがっついていた。
「食べやすくしてんじゃねぇかよ!」
「ごめんなさいッス……あれ、このワイバーン、もしかして
「どうしてそんなん分かるんだよ」
ガックリ肩を落としたままジュダルは言った。
「前掛けの紋章ッス、今朝拾った新聞で
「新聞?」
ジュダルは投げ捨てていたぐしゃぐしゃの新聞を拾い上げ、広げる。
「本当だ、恐らくは送迎のワイバーンだなコイツは」
グェ〜!!
「つーことは、コイツに乗っていけば
ジュダルの口がニヤリと緩む。
「おい! お前ニコルっつったよな?」
「は、はいッス!」
「そのスキル、俺が正しい使い方をさせてやるよ。憎き『虹の蝶』の武器泥棒から炎剣を奪い返す!」
「ええ!? でも勝手に乗るのは不味いッスよ!!」
「んじゃテメェはここに残れよ、『虹の蝶』がウヨウヨしてるこの街で静かに暮らす自信があるならよ」
「う!?」
ニコルの胸に見えない矢がぐさりと刺さる。
「それに炎剣があれば『白銀の翼』は復活なんぞ容易いし、あの時の活躍が戻れば闇ギルド在籍くらい俺の権限で無くしてやるよ。ギルド復活に貢献したお前をサブリーダーにしてやってもいい」
「サ、サブリーダー……」
頭の中で自分が部下に称えられる姿を想像した。
「カッコいいッス!!」
ニコルの災難の原因は、彼の壊滅的な騙されやすさにあった。
「んじゃ決まりだ、さっさと乗れ! これからは俺のことはアニキと呼べ!」
「はいッス、アニキ!!」
ジュダルとニコルはワイバーンに乗りこんだ。
見てろよマキナ、『虹の蝶』
これから先はテメェらの邪魔をすることを生き甲斐にしてやるよ……!
「首を洗って待ってやがれ!」
ジュダルが叫ぶ。
2人を乗せたワイバーンが飛び上がり、『白銀の翼』跡地を旅立つのだった。
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