第29話 虹の蝶の死神


 闇ギルドを壊滅させたマキナ達4人の実力は『虹の蝶』内でも認知されることとなった。


 しかし、『虹の蝶』にはまだ腕の立つ者はいる。

 彼らの力もまた、蝶の放つ輝きの一部になっているのだ。



 ◇



「――やっぱ人通りが多い分変な奴もいるわね!」


 『虹の蝶』ギルドホールでステラは頬を膨らませながら言った。

 先日、街でジュダルがステラの武器を奪おうとした件のことだ。 


「怪我はなかったか?」


「平気よ、逆にきっちり痛めつけてやったわ!」


 ステラは親指で背中のリンドヴルムを指す。


「ちなみにどんな人だったのー??」


「すぐ立ち去ったからあんまり覚えてない、でも次見たらソイツだって気付けると思う」


「……災難だったな」


 マキナもそれがジュダルだと思うはずもなかった。


「ええほんっと! 何より『アタシからなら武器を奪える』と思われたのが物凄く腹立たしいわ!」


 尚もステラは憤慨する。


「それはそうと、ベローネはどうしたのよ?」


「あ、そのことなんだけどね〜」


「ベローネは指名のクエストが入ったみたいなんだ、だから今日は俺達3人でクエストに挑むことになる」


 ベローネはマキナが入る前から『虹の蝶』の最前線で活躍する冒険者だ。

 その信頼と実績から彼女を指名でのクエストも珍しくなかった。


「そっか、ま、アタシら3人なら問題ないわね。それにしても……」


 ステラは遠くのクエストボードの方向に顔を向ける。


「最近は大盛況ね」


 とにかく人が多い。

 ここ数日で更に入団者が増え、時間をずらしてもこの有様だった。


「依頼量も増えてクエストボードも大きくなったのに、それでもこれだけ混むなんてね〜」


「嬉しいやら悲しいやらって感じだな……ん?」


 すると、ギルドの入り口から1人の人物が歩いてくるのが見えた。


 長い黒髪と、それを引き立たせるような透き通る白い肌を持つ女の子だ。

 黒いボロボロのマントを羽織り、背中に装備された魔導銃が目を見張る。

 突き刺さるような目付きは、歴戦の強者を思わせた。


 コツ、コツ、と彼女の革靴が床を弾く。

 その姿を見て、クエストボード前の人集りが散り散りに開いていく。


「……」


 そして彼女は暫くクエストボードを見つめ、1枚の依頼書を剥ぎ取ると、受付に向かって再び歩き始めた。


「……はーすごいな!」


「やっぱり迫力あるなぁネイルさん」


「私もあんな風になりたいなぁ……」


「ミステリアスって、あの人のための言葉だと思う」


 離れた途端、団員達が彼女についての会話に花を咲かせる。


「……流石の存在感ね、『虹の蝶の死神』の名は伊達じゃないわ」


「死神?」


「そっかマー兄は初めてだよね! ネイルちゃんのこと!」


 マキナはアリア達から説明を受ける。


 『虹の蝶の死神』ネイル・ショット。

 愛用の魔導銃で仕留めた獲物は千を超えると言われ、受注するのは討伐クエストのみ。

 ギルドにも滅多に姿を現さず、たまに高ランクモンスター討伐クエストを受注しにやって来るという。


 所属して1ヶ月になるマキナだが、姿を見たのは今回が初だった。


「ちなみにネイル・ショットは本名じゃなくて愛称らしいわ」


「『虹の蝶』で1番の魔導銃士なんだよ!」


「なるほどな、それにしても素晴らしい魔導銃だった。メンテナンスも行き届いていたし、一体どこのメーカーだ?」


「アンタ本当に武器のことしか頭にないのね……」


 ステラはやれやれ、と言った表情を浮かべた。


「……はっ2人とも! ガラ空きになった今がチャンスだよ!」


 アリアはマキナとステラの腕を掴む。


「おわっ、アリア!?」


「ちょっ!?」


「突撃ーー!!」


 そのままアリアは2人を引っ張りながら駆け抜ける。


 ガシャーーンッ!


 オルトロスの【疾風の加護】の効果もあり、勢い余ってクエストボードに突っ込み、依頼書が舞い散るのだった。

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