#20 愚かな者達。
午後五時過ぎ…。
河越八幡警察署の正面入り口にはさいたま市の教育長、貞聖高校の理事長と迫池の三人がいた。その三人が三人とも笑顔である。僕が五時に登場予定だった事もあり少し前からそこにいたようだ。
もっともただ待っていただけでなく、理事長さんは名刺や学校のパンフレットなどを先んじてマスコミに配っていたと美晴さん達から聞いていた。
「是非、我が校をよろしく。取材のお申し込みはこちらから…」
そんな事まで言っていたらしい。
「ありゃあ、シュウで商売してるよなあ」
「そうとしか言えませんわ」
美晴さんと尚子さんがそんな感想を言っていた。もっとも僕が『貞聖高校に入学する事が決まっています』とまでは言っていないが、ここで学校の宣伝をしているのだから僕の進学先はこの学校だろうと考える人がいてもおかしくはない。
事実、マスコミの中には取材の申し込みの交渉をしていたところもあったようだ。先手必勝とばかりにマスコミが理事長と接触している場面が僕の登場を待ち生中継しているテレビに映り込んでいた。
「あまり間違った情報が錯綜するのも良くないし…。行きますかね」
「ああ、行ってこい!」
署長さんに見送られ僕は部屋を飛び出した。
□
「すいません、お待たせしました!!」
僕は小走りで河越八幡警察署の正面入り口に向かった。
「無事に『男性の為の新しい日常復帰プログラム』研修プログラムが終わりました。修了の手続きに手間取りまして…。誠に申し訳ありません」
そう言って僕は警察署前に陣取るテレビカメラを構える集団に頭を下げた。そして、僕の立ち位置として地面にバツ印の形にビニールテープが貼られた位置に向かった。ここが僕の立つ場所という事らしく事前にその説明は受けていた。その為、スムーズにその場所に立った。
そしてその横には先日顔を合わせた隣町の教育長、そして貞聖高校の理事長と職員である迫池の三人がいた。僕は軽く会釈をした。
「それでは佐久間修さんの研修プログラム終了の報告を始めたいと思います」
一山さんの声が響いた。
□
「まずは本日は僕の研修プログラム終了の報告についてお集まり頂きありがとうございます。先程申し上げた通り本日、無事に『男性の為の日常復帰プログラム研修』が終了いたしました。明日よりは一般人として暮らして参ります、よろしくお願いします」
そう言って僕は一礼した。するとカメラのシャッター音とフラッシュの嵐が僕を襲う。
実際のところ、その研修自体は午前中には終わっていた。先週、僕が意識を失った日の午前中の研修は完了していた。つまり半日分は終わっていた訳なので最終日の今日に残っていたのは半日分、当然ながら午前中に終わっていた。
その為、昼休みからはお世話になった婦警さん達に挨拶をしたり昼食を摂ったりした。その後、教育長や貞聖高校の二人が来てからは署長室に篭(こも)った。署長室ではこれからの事などを打ち合わせしていた。マスコミにどんなコメントをするか、そしてこれからの暮らしについてを…」
「クジテレビの柳沢と申します。佐久間さん、研修お疲れ様でした。これでいわゆる普通の生活が始まる訳ですが、まずは何をしたいですか?」
「そうですね、まずは高校への入学がしたいです。ご存知かも知れませんが僕は行方不明になる前は高校生でした。将来の生活設計の為にもしっかり学びたいと考えていまして…」
「なるほど、そうなんですね。そうしますと…」
記者の女性の声が少し低くなった。
「既に志望校を決めていらっしゃったりするんですか?」
「はい。実は前から決めていました」
僕はゆっくり、聞き取りやすくなるように返答した。
「差し支えなければ学校名をお聞かせいただく事はできますか?」
「はい、僕は構いませんが…」
バシャバシャバシャッ!今日一番のシャッター音とフラッシュが僕を包む。そのカメラマン達は僕を写すだけではない、どうやら僕と教育長さんや貞聖高校の二人も構図に納めようとしているみたいだ。
「僕が志望している高校は、河越八幡女子高校。通称『
□
ざわざわっ!
マスコミの皆さんが
「は、はちじょ?」
「はい。河越八幡女子高校、かつては河越八幡高校という校名でした。僕がかつて通っていた高校です。そこに入学…、気分的には復学といった感じですが志望しています」
「…そ、そうなんですか…」
おや?クジテレビのリポーターさんが拍子抜けしたような声を洩らしている。
「テレビ
お三方…。あ、教育長さんと貞聖高校の二人の事か。
「あ、はい。実は先週、こちらのお三方から貞聖高校に来てみないかと熱心にお誘いを受けていたもので…」
「「「「「な、なんだって!!」」」」」
集まっていた記者達が騒ついた。それだけではない、追求の声も上がった。
「復帰プログラムが終わるまでは一切の勧誘、勧奨を行うのはダメなはずだ」
「罪には問われないかも知れないが、倫理的責任が問われるのは間違いない!」
「だいたいおかしいんだよな。佐久間さんの研修修了の報告にいきなり同席している学校関係者っていうのも」
マスコミの人々が騒いでいる。
「ま、待ってくれ!こ、これはどういう事だ?佐久間君っ!?」
教育長が詰め寄ってくる。
「あっ、教育長さん。先週訪問いただいて以来ですね、お世話になっています」
バシャバシャバシャッ!シャッター音が響いた。
「い、いや…、そうではなくだな…」
教育長さんの勢いが止まった。
「ど、どういう事だねっ!佐久間君。き、気持ちは既に決まっていると言ってたじゃないかっ!」
「そ、そうよっ!それに勧誘したのはウチだけでしょっ!それにどうすんねよ、アンタ目当てに転入生が何百人も…。来年の予約だって入ってるのにっ!」
ざわざわっ、マスコミがさらにざわめく。
「やっぱり勧誘してたのかっ!」
「ウチだけって何だ?他に手を出させないように圧力かけてたのかっ!?」
カメラが一斉に三人の方へ向いた。
「僕がどこの高校を志望するかは誰にも話してはいませんでした。少なくとも今回の研修が終わるまでは高校の入学とかも出来ない訳ですし…。それより転入生とか来年の予約って何ですか?」
「アンタ目当ての入学希望者よっ!全国から来てるのよっ!」
「そうだ!今さらウチに来ないだなんて困るよッ!もう即金で入学金から寄付金まで収めてしまったんだ!」
「えっ!?何を勝手な事をしてるんですか!そもそも貞聖に入学願書すら出してないのに僕を生徒扱いして、人集めまでしたんですか?」
「くっ!そ、そんな事はどうでも良い!ウチに入ってくれ、そうでなければもう金は収めてしまってるんだ」
「返せば良いんじゃないですか?」
「な、何?」
「だって入金されたばかりなんですよね?だったら返金出来るでしょう?」
「そ、それは…出来ない」
「えっ?何でですか?」
「もう…使ってしまっているんだ…」
理事長はガックリと
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます