#19 マジックミラー。


 火曜日、午後三時過ぎ。

 今日は佐久間修の『新しい日常復帰プログラム』と呼ばれる研修が終了する日である。


 河越八幡警察署内の一室では三人の女性たちが待機していた。先週、佐久間修の高校入学を勧奨しにきた隣の市の教育長とその市内にある私立高校の理事長と職員である。


「いやー、日曜日に一報を受けた時には 小躍りしましたよ。市の教育長として大きな仕事をした気分だ」


「いやいや、私もこの場に同席出来るとは…。正直、今日もついさっきまで飛び回ってまして。我が校への転入希望者をかき集めておりましたよ。なにしろ今現在、一番注目されている男子が我が校に入学してくるんですから…」


「アタシもこの二日で四百人以上の転入手続きを完了させました。それも寄付金額の申し出が高い順から入学許可を…」


「おいおい、迫池君。そんなむき出しの言葉を使うんじゃないよ。あくまでも我が校へのに基づいてじゃないか。そんな強い入学希望を持つ生徒や保護者の気持ちにこたえないというのは教育者として問題があるだろう」


「という事は貞聖さんは今回たくさん設けていらっしゃる?」


「はははほっ!教育長、いやいやそんな事は…。入学金や授業料は必要経費ですから…」


「しかし、寄付金は丸儲けだろう?何かの予算に充(あ)てる訳でもない」


「参りましたなぁ、教育長。もう既に使途(しと)は決まっているんですよ。我々の福利厚生を充実させる為にねえ」


「ほほう、それは…」


「もちろん教育長にもはさせていただきますよ。そうでなければ…」


「確かにねえ…。『新しい日常復帰プラン』が終わらないと状態と規定されてるからねえ。学校関係者が直接会うなんて倫理規定に反するし…」


「その点、教育長なら日常復帰後の進学相談の名目で面談が出来ますから…」


「それと私のように元々接点があれば、元クラスメイト…友人がたまたま同行する事も出来ますし…」


「そうそう。その元クラスメイトがたまたま我が校の職員というだけで…。たまたま私も同席したに過ぎませんので…」


「ははは、よく言う…」


「まあまあ、この世は持ちつ持たれつ…」


「理事長、アタシにもボーナスとか…」


「分かっている、分かっている。いやいや、それにしてもあの男子生徒はまさに金の卵、金の成る木だ。こうなったら系列の大学へも進学させて…、就職も…」


「気が早いな。しかしそれなら理事長、これからも末長い付き合いを頼むよ…」


 笑いが止まらないといった感じで三人の話は続いている。入学希望者はまだまだいる、遠方からの入学希望者もおり転入手続きは今この瞬間も行われていた。


 さらに河越八幡警察署での研修が終わった後に佐久間修が今後について発表があるとマスコミ各社から告知があった。その発表の場に貞聖高校の理事長が同席する、この事がより転入希望者達を駆り立てた。佐久間修の入学先は貞聖高校だと内々に勧誘を受けていた女子高校生の親は確信に至るのである。


 さらに現在中学生である女子生徒の保護者達も色めき立つ。高校入学は来年だがその座を先に確保しようと問い合わせが殺到。来年の合格枠を先んじて買っておくという事さえ起こっていた。あまりのフィーバーぶり、寄付金を積み列を成す保護者達の様は理事長から見れば金を背負って巣に戻ってくる働きアリのように見えた。濡れ手に粟(あわ)とはまさにこの事、理事長はそんな呟きさえ洩らしていた。


……………。


………。


…。


「本当にあるんですね、取り調べ室にマジックミラーって」


 僕は思わず感心していた。


「まーな。もっとも調だけじゃなくて調事も出来るんだけどな」


「取り調べ室を見て顔を確認するというのはよく知られていますが、逆に隣の部屋にいる人が確認されているとはなかなか考えないものですわ。だからこうして油断した姿を晒してしまう事もしばしば見受けわ」


 僕の横には美晴さんと尚子さんがいた。


「んで…。シュウはどうするんだ?」


 真面目な顔をした美晴さんが尋ねてきた。


「もちろん予定通り進学先を発表します。やっぱり一番大切な事がありますから」


 僕は思った通りだったなと鏡の向こうの三人を見た。そして遠慮はいらないとも考えた。午後五時に始まる進路の発表、それが刻一刻と迫っていた。




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