第2話 何の踊りですの?


 侍女のスーザンに呼び出されました。スーザンはこの屋敷で唯一、私が気を許せる者です。なんていうんでしょうか。阿吽の呼吸と言いますか、同志と言いますか。とにかく信頼しているのですわ。


 着いてきてください、とのことだったので扇子をひらひらさせながらスーザンの後を歩きます。


「何事?」


 スーザンとふたりきりの時には猫撫で声は出しませんわ。あんなのただの処世術、つまり演技ですもの。


「‥‥その、申し上げにくいのですが」


 スーザンはグレーの髪を揺らしながらこちらを振り返りました。

切れ長の鋭い瞳は、何処となく不安そう。


「‥‥Bが来ております」


「なんですって?!」


 私はその言葉を聞いた途端にスピードを早めました。こうしてはいれませんわ。だってBが来たということは‥!!


 応接間の扉を思いっきり開けると、扉はバァン!と大きな音を立てました。ちょっと気合いを入れ過ぎてしまったわ‥!


「ごめんあそばせ、オホホホ」


「お、お久しぶりでございますぅ!アレクサンドラお嬢様ぁ!」


「久しぶりね!ベッキー夫人!」


 一体どこから出ているのかしら?と尋ねたくなる程に鼻を抜けるような高音ボイスを放つベッキー夫人。そう、この人がBですわ。

 何故Bと呼んで警戒しているかというと‥


「ご覧になってくださいませぇ!ジュリアお嬢様がただ今嗜まれてらっしゃるのは遠い南の国に伝わる情熱のアビシャバボドリアンヌダンスにございますぅ!」


「‥‥‥」


 ジュリアが汗だくになりながら、腰をぐるぐると回して時折「フォ!」と叫んでおります。頭にはどこぞのジャングルから採ってきたような大きな葉や花が巻かれ、顔面はどこぞの国の顔料でペイントされており、首や手首にはジャラジャラとアクセサリーが揺れております。このアクセサリー、恐らく黄金でできておりますがゴツすぎて普段使いはもちろんできません。


「あー、やられた‥」

「アリー様、漏れてますよ、声」


 スーザンに指摘されてハッとする。幸いベッキー夫人はリズミカルな手拍子をすることに夢中で私の本音は聞こえていなかったようですけども。


 ベッキー夫人は父が懇意にしていますデイヴィス伯爵家の専属旅行アドバイザーという不思議な立ち位置にいらっしゃる方でございます。どうにも無下にすることはできないのですが、ジュリアはいつもカモにされております。


 各地を旅行する度に不思議な文化や品物を持ち帰ってくるのは良いのです。異文化を知ることも非常に大切なことですから。

 しかしベッキー夫人の場合は、それを破格の値段で売り付けてくるわけです。いえ、貴族にとっては破格ではないのかもしれませんが、正直私にはその値段を出してまでは要らない‥と毎度思ってしまうわけです。そもそもこちらは求めていません。勝手に来て勝手に押し付けるのです。


 そしてベッキー夫人はわかっています。ジュリアがカモだということがわかっているのです。その為私がいない隙を見計らって、ジュリアに交渉を持ち込むわけです。


 ジュリアはそれはもう真剣な眼差しで腰を前後左右にカクカクさせ、フォ!と言っておりますわ。彼女は本気です。本気なのですいつだって‥。


「ベッキー夫人」


「はぁい!なんでしょうアレクサンドラお嬢様ぁ!」


 だからどうして毎度そんな声が出せるのよ!今すぐオペラ歌手養成所にぶち込みたいわ!そんなところがあるのか分かりませんけども!


「残念だけど、お姉様には似合わないと思うわ」


 上目遣いで悪びれもなく、ベッキー夫人に伝える。

ベッキー夫人の手拍子が止まった為、ジュリアの「フォ!」だけが虚しく響き渡る。


「そ、そんなことございませんわぁ!」


 ここまできて逃すものですか!と言った表情ね。


「お姉様、楽しいですか?」


 私はそう言って肩で息をするジュリアを見つめました。ちなみに、先程の「フォ!」で一旦踊りをやめたようです。


「‥た、た、楽しいわっ」


 頬を紅潮させ、ジュリアは言う。


「ふぅん。そうですか。では、ポヌペリンヌパリソンダンスとジンドロネッシャーダンスは、もうお辞めになったのですか?」


「そ、それは‥」


 ジュリアが言葉に詰まります。

ポヌペリンヌパリソンダンスの時もジンドロネッシャーダンスの時も、専用衣装と木や石でできたアクセサリーを散々買わされていたわよね。その上ボディペイント用のインクまで。


「ベッキー夫人、そう言うことですので‥今回は大丈夫よ」


 にっこりと頬を赤くしてそう伝えると、ベッキー夫人は悔しさからかフォォッ!と言って荷物をまとめ始めました。本当によく通る声だこと‥。ジュリアのアクセサリーや草や花などもいそいそと撤収しております。


 私が庭園から帰るのがあともう少し遅かったらと思うとゾッとしますわ。


 ベッキー夫人が出て行ったあと、ジュリアはぼうっと額の汗を拭いておりました。また、私に意地悪をされたとでも思っているかもしれませんけど。ただでさえ遠慮してドレスやアクセサリーをあまり買わない貴女が、ベッキー夫人には押されて買ってしまう。

 そしたら本当に欲しいドレスやアクセサリーを見つけた時に手を伸ばせなくなってしまうかもしれないじゃない。


「‥‥お姉様?本当にやりたいのならお続けになればよろしいかと。今度こそ長く続けたいと思えるようになったら買えばいいんじゃないかしら」


 扇子をパチン!としめて、少し強めに言いました。私の鋭い視線に、ジュリアはたじたじして、やがて小さく頷いたのです。

 その姿を見た私は、わざとらしく大きなため息を吐いてからスーザンと共に部屋を去りました。


 ほんっと世話の焼ける姉ですわね!!

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