攻撃目標
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──攻撃目標
フェリクスとエッカルトは待っていた。
シュヴァルツ・カルテルのジークベルトに麻薬取締局は司法取引に応じられないということを伝えるとジークベルトは『殺してやる』と言って、麻薬取締局も敵に回す態度を取った。そうでなくともジークベルトは“連邦”に混乱をもたらした張本人だ。
そして、フェリクスとエッカルトは待っていた。
麻薬取締局本局がヴォルフ・カルテルか、シュヴァルツ・カルテルか、あるいは『オセロメー』のどれをターゲットに攻撃を進めるのかを。
長い分析官とハワードたち麻薬取締局の幹部職員たちの会議の結果が伝えられるのを、フェリクスたちは待っていた。
そして、電話のベルが鳴る。
「もしもし?」
『ハワードだ。フェリクスだな? 結果が出た。我々はシュヴァルツ・カルテルを最大の脅威として排除することを決定した。現地の警察や軍と合同で捜査に当たり、ジークベルト・シェレンベルクを逮捕しろ』
「了解」
フェリクスは受話器を置く。
「攻撃目標は?」
「シュヴァルツ・カルテルだ。ジークベルトは結局自分で自分の首を絞めただけに終わったな。こうなってはもう助けることもできない」
「奴もドラッグカルテルのボスだ。助けてやる必要なんてない」
「それもそうか」
だが、奴は情報提供者でもあったのだ。
「さて、シュヴァルツ・カルテルをどう叩く?」
「俺としてはヴォルフ・カルテルによる平和などクソくらえだと思っているが、麻薬取締局本局はそれを望んでいる。パラスコ支部すらもそれを支持している。俺たちだけが歯向かうわけにはいかない。反乱軍にしては軍勢が少なすぎる。ヴァルター提督に依頼して、“連邦”海兵隊を動かそう」
「その必要はないだろう。既に“連邦”の警察と軍が動いてる」
「連中のボスは誰だ? 大統領か? いいや、アロイス・フォン・ネテスハイムだ。ヴォルフ・カルテルのボスに忠誠を誓っている。連中が何と命令されていると思う? ジークベルトは恐らくムショに行くまでもなく殺されるだろう」
「どうせ奴は死ぬよ。カールと同じだ。司法取引できず、ムショに叩き込まれて、喉を剃刀でざっくりだ。俺たちが拘束しても、結局奴は死ぬんだ」
「いいや。奴には生き延びる道がある。“連邦”のムショに収容されることだ。“連邦”のムショは今、『オセロメー』が幅を利かせていて、その『オセロメー』はヴォルフ・カルテルと敵対状態にある。上手くやれば、ジークベルトは生き残れる」
「それで俺たちが何の得をする? ドラッグカルテルのボスを生かしてやったからと言って、俺たちには何の得にもならない」
「いいや。アロイス・フォン・ネテスハイムがドミニク一家を殺害したときのことを扱う裁判で証人になってもらう。アロイス・フォン・ネテスハイムは多くの罪を犯してきた。その罪は裁かれるべきだ。そうだろう?」
フェリクスは証人を欲していた。
裁判でヴォルフ・カルテルを恐れずに証言できる証人を。
ヴォルフ・カルテルを相手に抗争を起こしたジークベルトならば適任だろう。
「確かにそれはそうだが……。俺は正直、ジークベルトって男が信用できない。この男は裏切り続けて、今の地位についた。俺たちを裏切らないという保証があるか?」
「ないな。奴の良心と復讐心にかけるしかない」
ジークベルトは裏切者だ。それもやむを得ず裏切ったのではなく、裏切ることで利益を得て、裏切りを続けてきた男だ。今回の抗争にしたところで、自分が生き残るための裏切りだったのだ。
そんな男が裁判で麻薬取締局を裏切らない確証があるか?
そんなものはない。奴は裏切るかもしれないし、裏切らないかもしれない。
ただ、ジークベルトのアロイスへの復讐心にかけるしかない。
「運が良ければ司法取引は可能になるかもしれない。少なくともジークベルトが生きていれば。死ねばもう無理だ。そういう意味でも奴を生かしておく価値はある。奴はドラッグカルテルのボスだ。ドラッグビジネスの深いところにいた。だからこそ、ヴォルフ・カルテルはジークベルトを殺そうとしてるんだ」
「それもそうだな。何もかもヴォルフ・カルテルの思い通りってのは面白くない。ちょっとばかり連中に泡を吹かせてやりたいものだ。これまではこっちが一方的に殴られているだけだった。殴り返してやろう」
「そうでなくちゃな」
フェリクスとエッカルトが拳を合わせる。
「では、ヴァルター提督に助力を乞おう。“連邦”の警察と陸軍がジークベルトを見つけ出す前に逮捕しなければ、奴は終わりだ。なんとしても奴を生きたまま捕まえて、“連邦”のムショにぶち込む」
「おう」
フェリクスたちはヴィルヘルムに連絡してから、オメガ作戦基地に向かう。
「ジークベルトについては我々も行方を追っていた。“連邦”政府の命令でな。“連邦”政府は言っていたよ。生死は問わない、と」
「間違いなく、死体にして差し出せという意味です。ヴォルフ・カルテルは“連邦”政府に恩を売っています。ヴォルフ・カルテルによる平和。このクソッタレな平和のせいで“連邦”政府は目が眩んだんでしょう」
「確かにドラッグカルテルに国の秩序を任せるなどどうかしてる」
ヴィルヘルムは頷いた。
「それで、何かジークベルトに繋がる情報は?」
「最後に会話した電話番号が分かっているだけです。今頃は移動したでしょう。だが、チャンスはあります。卑怯な手にはなりますが、我々が司法取引をに望んでいるという情報を流すのです」
「司法取引はできないのだろう?」
「ええ。できません。だから、卑怯なのです。偽りの餌で釣り上げる。そして、重要なのは奴を“国民連合”にすぐに移送するのではなく、“連邦”の刑務所に叩き込むことです。“連邦”の刑務所は『オセロメー』が半分牛耳っていますから」
「なるほど。ジークベルトが賢ければ生き残れるな」
「ええ。奴が賢ければ」
ヴィルヘルムが頷く。
「では、準備に入ろう。どうやって、奴に司法取引の話を流す?」
「“連邦”の警察や陸軍に気づかれてはいけません。そうですから、奴の使っていそうな電話番号を割り出してください。我々は奴が電話を掛ける状況を作り出します」
「どうやって?」
「奴らが外国人の傭兵集団を雇ったという情報を入手しています。そいつらを捕まえて、そいつらがジークベルトの情報を吐くかもしれないという情報を流します。これは警察や陸軍に気づかれても結構。そして奴が傭兵集団のボスに電話をするところを」
パンとフェリクスが手を叩く。
「傭兵集団を相手に戦争をするわけか」
「そういうことです。航空偵察で傭兵集団の根城を割り出します。これはシュヴァルツ・カルテルに対する捜査なので申請は受理されるはずです。住所から電話番号を割り出し、後は戦場で傭兵集団の兵士をひとりでも捕虜にできればいい」
「分かった。その方法で行こう」
かくして、フェリクスの側も動き出す。
ヴォルフ・カルテルと共通の目標である傭兵集団に向けて。
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