営業成績
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──営業成績
大学でのドラッグビジネスは軌道に乗った。
売人たちが上納金を収めにアロイスの下を訪れる。
ホワイトグラスは1本10ドゥカートという安値で売られている。そのため薄利多売が商売のコツだった。売人たちには広く、様々な学生にドラッグを売り込めとアロイスは指示していた。
そのアロイスも学期末のテストが終わり、休暇となって、大学でのドラッグビジネスに関する報告をハインリヒにすることになった。
ハインリヒと会うのは嫌なことだが、スノーホワイトの供給源はハインリヒだ。今はまだヴォルフ・カルテルという名の帝国の皇帝はハインリヒであり、アロイスはプリンスに過ぎないのである。
「ただいま」
「お帰りなさいませ、若旦那様」
屋敷に帰るとイーヴォが出迎える。
イーヴォはアロイスが生まれたときからずっとネテスハイム家に仕えてきた。当然ながら、ハインリヒの裏の顔についても知っている。だが、彼は馬鹿なことはしない。ハインリヒを捜査機関に通報したとしても、揉み消されるのが分かってるのだ。
ハインリヒは連邦検察官の中でも検事総長になった。事実上、“連邦”で起きる犯罪の全てを掌握できる立場だ。今のハインリヒには誰も手が出せない。
だが、不満は蓄積している。
犯罪を揉み消せるはずのハインリヒがどうしてシュヴァルツ・カルテルの売人が逮捕されるのを黙ってみているのかと。そう、既に攻撃は始まっているのだ。ハインリヒはドミニクのシュヴァルツ・カルテルを生贄の羊として捧げ、連邦検察官としての名誉と権力を高めると同時に、ライバルをひとり消そうとしている。
醜い争いは始まっている。アロイスはそれを止めるつもりだった。
シュヴァルツ・カルテルにはまだ価値がある。アロイスにとっての生贄の羊となってもらうための価値が。ハインリヒのためではなく。
「旦那様が書斎でお待ちです。お茶などお入れしましょうか?」
「構わない、イーヴォ。すぐに話は終わる」
アロイスの稼ぎの話をして、供給の話をして、それで終わりだ。
「父さん。入るよ」
「入れ」
ハインリヒは書斎でどっしりと椅子に座っていた。
体重が少し増えたのではないかという気がする。恐らくはアルコールの量が増えたのだろう。これまでは妻がいたが、今はもういない。ハインリヒのことを分かり、味方してくれる人間はアロイスだけになった。
そのアロイスもまたハインリヒを煙たがっている。
この権力欲に憑りつかれた男のせいでアロイスは今の状況にあるのだ。快く思うはずがない。ハインリヒがクソッタレなドラッグに手を出しさえしなければ、とアロイスはいつも考えてしまう。
「大学でのビジネスはどうだ?」
「順調です。黒字ですよ。供給量をもう少し増やしてほしいくらいです」
これがアロイスではなく、別の売人だったらこの場でハインリヒに上納金を渡すことになる。だが、アロイスはそれを免除されている。アロイスが働いて──こう書くとごく普通に汗を流して働いている人々にとって失礼だが──稼いだ金まで奪おうと思うほど、ハインリヒは欲深くはなかった。
それに儲けることの楽しさを教えることで、アロイスをドラッグビジネスに完全に引きずり込んでしまおうという思惑もあった。
アロイスにとっては今の自分の金は自分の帝国のための金だ。ハインリヒが死んで遺産を相続するのを待っていることはできない。ハインリヒは生きている間に過ちを犯す。それをアロイスは止めなければならない。そのためには金と暴力が、すなわち権力が必要になってくるのである。
「上出来だな」
アロイスの収支報告書を見て、ハインリヒは満足したように頷く。
「では、ビジネスを一歩進めよう。“国民連合”の留学生の中に売人はいるか?」
「いませんが」
「では、作れ。そして、そいつらを利用して、“国民連合”にスノーホワイトを運ばせろ。留学生は自由に“国民連合”と“連邦”を行き来できる。連中の荷物にスノーホワイト詰め、現地の売人まで流れるようにする。報酬は私が準備する。量にもよるが、ひとりあたり50万ドゥカートは出していい」
なんとまあ。ドラッグビジネスのボスはよくよくそういうことを考えつくものだ。
しかしながら、確かに悪くない案だ。ドラッグの売人はドラッグ中毒者を兼任している。そして、留学生ならば疑われることなく、国境を越えられる。
「NWCFTA──北西大陸自由貿易協定が取引を実に容易にしてくれた。ほとんどの車両は税関などでチェックされることなく、自由に行き来できる。それが“国民連合”の人間ならば、だ。“国民連合”の留学生を売人にしろ。そして、販路を拡大するんだ」
ドラッグビジネスの問題はどうやって“国民連合”の国境線を越えるかにあった。一度国境線を越えてしまえばこっちのものだ。現地の売人たちが商品を受け取り、地下銀行経由でハインリヒの下に代金が送金される。
「俺はそのビジネスでどれほどの利益が得られるんです?」
だが、重要なのはアロイスの懐に入ってくるかねだ。
「5割はお前のものだ。将来のビジネスのために勉強しておけ。金の使い道もな」
5割か、とアロイスは思う。
恐らく密輸されるドラッグはホワイトグラスが霞んで見えるほどの性質の悪いドラッグだ。スノーホワイトからは様々な麻薬が採取できるのだ。その精製方法次第で、中毒性も異なってくる。
「スノーパールですか?」
アロイスは何気なく尋ねた。
「そうだ。スノーパールだ。今はそれで勝負する」
ハインリヒはやや驚いたようにそう返した。
やはりなとアロイスは思う。
スノーパールは真っ白な丸薬だ。使う時には砕き、鼻孔などの粘膜から摂取するのが常だ。これはホワイトグラスが子供のおもちゃに見えるぐらいに危ない代物であることアロイスは知っている。当然ながら、値段もそれ相応だ。
スノーパール5ミリグラムで末端価格は300ドゥカートほどだと記憶している。中間の売人はそれよりも安い値段で買うとしても100ドゥカートは入ってくる。
留学生に5キログラムのスノーパールを持たせて越境させれば、5億ドゥカート。
その5割で2億5000万ドゥカート。
馬鹿でかい金額だ。
ホワイトグラスを大学で売りさばいていたときとはまるで桁が違う。
これだからドラッグビジネスに参入したがる人間は多いのだ。石油だってこんなには儲からない。留学生への報酬を差し引いても気にならない金額だ。
今のアロイスには金が必要だった。金があれば暴力が買える。金と暴力が揃えば権力が生まれる。ハインリヒの帝国のプリンスとしてではなく、自分の帝国の皇帝となることができるのである。
「分かりました。“国民連合”の留学生に顧客はいます。それを売人にしましょう」
「話が早くていいな、身内というのは」
ぼやくようにハインリヒがそう述べたのをアロイスは聞き逃さなかった。
「他のカルテルと揉め事でも?」
「キュステ・カルテルはホワイトフレークを扱わせろと言っている。だが、連中にホワイトフレークを扱わせれば、瞬く間に親と子の権力は逆転してしまう。それからシュヴァルツ。連中は被害妄想に陥っている。私がシュヴァルツ・カルテルへの取り締まりを強化したと勘違いしている」
実際にあんたはシュヴァルツ・カルテルを生贄の羊にするつもりなんだろうとアロイスは思ったが言葉には出さなかった。
「グライフ・カルテルとも関係を修復しなければならん」
無駄だよ。カールはあんたを裏切る。
「では、失礼します」
アロイスはそう思いながら、ハインリヒの書斎を去った。
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