第84話 終了予告

「俊……。俊、起きて! あ……、やっと目が覚めたわね。全く………、私のこと言えないくらいあなたも疲れてるんじゃないの?」


 目が覚めると、俺は遥の膝の上に戻っていた。遥は、少し神妙な面持ちで俺を見つめている。……ということは意識を失ったまま、ここまで戻ってきてしまったということか。うっかりしていた。俺は罰が悪そうに頭をかきながら、ゆっくりと上体を起き上がらせる。すると遥は安心したように息を吐いて、そっと足を崩した。


「私の予想通り、5月31日の夕方が私たちの行ける最終地点だったわ。あの後、また美琴が部室にやって来て、生徒会室に連れていかれたところで最初まで戻ってきたの。……だから、ここからまた部員探しをやり直さないといけないわね」


 人差し指をピンと立てながら、流暢に話す少女の姿。俺の意識の中でいえば一瞬の間に、遥はなぜか迷いが晴れて解決の糸口を見つけたかのような清々しさに包まれているように見える。そして行き過ぎるほどの清々しさは、俺に違和感を植え付け、一気に膨らませていった。


「俺が寝てる間になにかあったのか……? まさか……、新入部員の手掛かりを見つけたとか………?」


「見つけたわよ。色々と条件はあるし、複雑な気分だけど………。私……、たぶん隷属部に入ってくれる人のこと分かっちゃった」


「本当か……? それって、一体誰なんだよ?」


 予想外の回答に俺は咄嗟に立ち上がって、遥に詰め寄る。遥は俺の額にそっと人差し指を当てて、目を閉じてゆっくりと深呼吸すると、寂しそうに微笑んだ。


「私が思う人が誰かは、今は言わないでおくわ。さっきも言ったけど、その人を誘うには色々と条件があるから……。その条件を導き出せるまで、少しだけ考えさせてほしいの。だから、あと一周。10日だけ待って。上手くいけば、俊もすぐに分かると思うから……。だから、お願い………!」


 おそらく、遥は本当に新入部員の有力候補を思いついたのだろう。今まで共に築き上げて来た信頼が、俺にそう確信させていた。そして苦楽を共にして仲間の大切さを実感してきた人物が、心を込めて頭を下げている。俺は安堵してほっと息をつくと、遥の右肩を二回叩いた。


「分かった。遥が何を考えてるのか正直全く見当もつかないが、俺はお前のことを信じるよ。あと一周か……。まあ、一人で無茶だけはするなよ。今度一人で抱え込んでたら、隷属部全体でお仕置きしてやるからな」


「……そうね、くれぐれも無理だけはしないように気を付けるわ。でも、そんなに心配しなくても大丈夫。あと一周で、全て終わらせてあげるから。だから俊は……、私を信じて楽しみに待ってなさい。じゃあ……、私はもう行くわね」


 顔を上げた遥の顔にはまだほろ苦い笑みが残っていたが、それが安心と余裕で緩和されて余分な力は抜けたようだった。そしてこの繰り返しの終了を予告した張本人は自分のリュックを机から勢いよく手に取ると、何やらあわただしい様子で廊下を駆け去っていく。俺はそんな少女の姿を見送りつつ、遥の複雑な表情の意味をもう一度考え始めていた。

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