第15話 名前を呼んでよ2

 まさか水蓮寺母がここまで圧倒的な力を持っていて、水蓮寺では全く歯が立たないとは思わなかった。女子が肩に頭を乗せているだけでもパニックになるのにこんな特殊な状況に耐えられるはずがない。俺は熱くなった左肩から優しく水蓮寺の頭をずらして、彼女の顔を改めて見つめた。


「水蓮寺、一旦落ち着こう。今はお前のお母さんに心を揺さぶられてるんだ。俺たちは今日はそんなことをしに来たわけじゃ無いだろ? とにかく冷静になるんだ」


 近くに親がいるのもあって、俺はいつもより丁寧に繊細なものを扱うような意識で語りかける。だが数秒の沈黙の後、水蓮寺は俺の思惑通りに動くことはなかった。


「一条は……、俊は……、そう思ってるの? 私はただ……、自分の名前を呼んで欲しいだけなのに……。どうして? どうして、呼んでくれないの…………?」


 目の前でつぶらな瞳をうるうると滲ませて、水蓮寺遥はただ俺だけのことしか見ていないようだった。彼女の心の中には既に自分の母親のことは消えて、単純に俺に向かって感情をぶつけてくる。俺はそんな純粋そのものの想いをまともにくらい、今にも倒れてしまいそうなほど自分の全てを揺さぶられていた。


「ふふ……、遥ちゃんやればできるじゃない。ほら俊くんも女の子が勇気を出して名前まで呼んだんだからそれを無視するのは良くないんじゃないの!? 早く、早く二人のアツアツなシーンを見せてちょうだいよ!」


 場違いで無責任な呼び掛けに苛立ち、俺は咄嗟に睨みつけたが水蓮寺母は物怖じするどころか更にテンションをあげてしまう。水蓮寺母がまたウインクをし、こちらに向かって親指を立てたところで俺は観念してただ目の前の寂しそうな表情でこちらを見つめる少女の相手をすることにした。


「俊……、どこ向いてたの……? また私に何か隠そうとしてるの? そんなの……、もう嫌だよ………」


 初めて見る水蓮寺の守ってあげたくなる健気な可愛さに俺はさらに調子を乱される。なんだよ。いつも偉そうに振る舞ってるのはこの瞬間のためだったのか? 高低差が激しく、狂わしいほど愛おしいギャップに俺は酔いしれる。ダメだ、このままじゃ俺も水蓮寺と同じになってしまう。それだけはなんとしても避け……、なければ……。俺はこの状況から抜け出すために胸に手を置いて覚悟を決めた。


「俊……? 聞いてるの? ねえ……、名前を呼んでよ……」


「分かった……。言うよ、言うから……」


 そう言った途端に二つの視線が俺の口元に集まって来る。どうしても他の人には聞かれたくない。恥ずかしさと葛藤でいっぱいいっぱいになった俺は自然と水蓮寺の耳に口を当てていた。そしてボソッと相手が求める単語を呟く。言葉の端々まで聞き逃さないように目をつぶり、そして関係性の進展に照れるように遥は軽く頬を染め直した。

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