澄、氏治と諸将に策を授ける

 頭が、ふらふらくらくらする。


 光秀さまから聞いた状況というよりも、まだ毒が抜けきっていないのかもしれない。


 おそらくあたしに使った毒は、本当は致死量だったはず。


 相手はどこか忍びのはずで、暗殺指令であれば致死量を使うのは当然のはずだ。


 だけど、あたしが運悪く不老不死だったから、こうしてフラフラでも生きているわけだ。


 ――こんなことで、自分が不老不死だって実感はしたくなかったな。


 明智さまのお薬も、当然、役に立ったはず。


 内容的には解毒作用のある薬剤と、強心薬だったみたい。


 おそらく薬がなかったら、回復が遅くなってたはずだ。


 かなり貴重だったみたいで、値段と価値は聞かない方がいいと言われた。


「ううっ……くぅ!」


 無理やり戦装束である陣羽織に着替えさせてもらったあたしだけど、足はまだふらふらして何度も明智さまに支えてもらっている。


 どこの下手人か知らないけど、本当にすごい毒使ったんだな。


「澄殿!やはり無理では!」


「澄、無理をするな!もう、もう十分じゃ!」


「この一大事に、寝てるわけにはいきません!小田家が、生きるか死ぬかの瀬戸際なんです!」


 歯を食いしばりながら、光秀さまと氏治さまの言葉を拒否する。


 聞いた限り状況は、最悪。


 小田家は内部分裂状態で、結城多賀谷他の約一万ともいえる軍勢と戦わなきゃいけない。


 佐竹からの援軍も望めず、長尾家も関東についたばかりで援軍の要請が出来ない。


 体調不良のあたしと天羽さまだけじゃない、貞政さまもみんなの不信でまともに動けない。


 そんな中でも、光秀さまはあたしの考えを汲んで野戦で防御策と陣地を作る策を用意してくれた。


 十分、感謝しなきゃいいけない。


 ただ、それだけじゃ不十分だ。


 それはあたしの誕生日に、行芽ちゃんが伝えてくれた牛久に怪しい動きがあるということ。


 そして、ただ無暗に耐えるだけでは戦に勝てないこと。


 その両方を考えれば、あたしにはみんなに伝えなきゃいけないことがある。


 ――お願い、それまで何とか持って!


 何度も遠のく意識を、氏治さまのくれた守り刀を握ることでつなぎとめる。


 ――どこだか知りませんが、残念でしたね。


 ギリッと奥歯をかんで、それでもあたしは笑って見せる。


 ――あたしは、本当に不老不死でしたよ。大切な小田家を、あたしの死で崩そうなんて、甘かったですね!


 それは、またいつ死の淵に落ちるかもしれない中での、精いっぱいの強がりだった。


 * * *


「皆さん、出陣前の大事な時、お集まりいただき感謝いたします」


 出陣前の表情の間、所掌に頭を下げながらも腕が小刻みに震えている。


 いつ倒れてもおかしくないけれど、今は意地を張って声を張らなければいけない。


「此度の戦、大変厳しいものになると思われます。ですが、決して負けぬ相手ではありません」


「ま、負けぬですと」


「勝てぬ相手ではなく、負けぬ相手……?」


 評定の間に、ざわつきが起こる。


 うん、やっぱり全軍の中で意思統一がなされてなかったか。


 何とか目覚めが間に合ってくれて、よかった。


「此度の戦、明智さまからも提案があったように各家が柵と畝を用い、平野に簡易的な砦を作り耐えしのぐ戦いになります」


 将たちもこれはわかっているのか、うなづきあっている。


 なるほど、じゃあ、ずれてるのは少しだけか。


「しかし、必ずしも打ち滅ぼす必要はありません。此度の戦、敵を諦めさせればこちらの勝ちなのです。負けねば、勝ちです」


「ど、どういうことじゃ、澄?」


 質問をしてきた氏治さまに、あたしは小さくうなづいた。


「敵は今回、乾坤一擲の大勝負といわんばかりの大軍です。おそらく、持っている物資をかなり使っての戦を仕掛けてきています」


 敵軍の数と状況は、行芽ちゃんや明智さまが集めてくれた情報で明らか。


 結城や多賀谷、他の地方豪族が一回の戦で出せる兵力やそれに必要な物資のギリギリのはず。


 証拠に、荷駄隊の数はそれほど多くない。


 少ない物資と過剰ともいえる兵力で一気に小田領を占領し、減った資材と資金を回収するくらいの勢いだってことだ。


「つまりこの戦、こちらが耐えてしまえば、兵糧や資金を一時的に枯らすことができるくらいの量。一年近くは、小田に攻め込む余裕はなくなります!」


「なるほど。明智殿も申していたが、負けねば勝ちというのは、そういうことか!」


「金と米がなければ、戦は出来ぬ。防戦一方でも構わない。戦でこちらが敵を押さえつければ、自滅するか……」


 先ほどとは違うざわつきが、表情の間に広がっていく。


 よし、貞政さまの一件はともかく小田軍の方向はそろってきたかな。


 あとは、持ってよね……あたしの身体!


「此度の戦、普段とは勝手が違い戸惑うこともありましょう」


 そう、最後は無理やりかもしれないけど小田家のみんなに希望を持たせなきゃ。


 これが、あたしに今できる精いっぱいだ!


「しかし、この雫澄の計略知眼は、皆の力が一つとなり小田家が守る戦で勝利をつかむことを見通しています!」


 ざわめきの声が、徐々にそろい、鬨の声へと変わっていく。


 これで、あたしの役割は8割がた終わりかな。


 あとは、氏治さまと明智さまに任せよう。


 そう気を抜いたとたんだった、目の前が暗くなりあたしは膝から崩れ落ちた。


「す、澄!」


「……氏治さま、お任せしますよ。あたしは此度の戦、さすがに陣中で共にとはいきませんから」


 徐々に遠くなる意識の中、あたしは氏治さまの手をつかむ。


 悔しいけど、陣中で倒れてそれが軍の動揺になったら最悪だ。


 だから、今夏あたしは小田城に残り、実際の戦場は氏治さまに任せることになる

 。

 大丈夫だ、氏治さまは川越のことがトラウマになってるけど、きっと大丈夫だ。


「うむ!任せておけい!この者たちと共に、見事小田家を勝利に導いて来ようぞ!」


「三日です」


 力強い氏治さまの声に安心したのか再び薄れゆく意識の中で、あたしはこの策の大きなカギを氏治さまに何とか伝える。


 この策で一番大事なのは、こちらが耐え抜く時間。


 いつまでも耐えろと、あたしは言いたいわけじゃない。


 大事なのは、いつまで耐えるかってことだ。


「澄?」


「戦から三日耐え抜けば、あたしたちの勝ちです。あと……本城後詰の役に、信太頼範さまを……」


 何とかそれだけ伝えたとき、あたしの意識はまるで役目を果たしたかのように再び闇に飲まれていったのだった。


 * * *


「澄殿、われらを後詰とはどういう意図で?」


 出陣を見送るのは、あたしと小田城代を務める信太頼範さま。


 信太氏は小田家の中でも小田家に信頼をされている一族で、四天王には名を連ねていないもののかなりの力を持つ。


 今回の戦は、小田家にとっても総力戦だからぜひ出てもらいたい。


 だけど、あたしの見通しが正しければ小田城の守りをどうしても強力で、かつ小田家に信頼されている人に任せたい。


「万が一の時、小田城を今任せられるのはあなた様です。あたしの目が正しければ、必ずや城代にしたことが役に立ちますから……」


 訓練用の打ち刀を杖にしながら、何とかあたしは声を振り絞った。


 あたしの目が、今回の戦の全貌をどれだけ見通せているかはわからない。


 ただ、情報を整理すればこの小田城に強力な兵を残すのは自明の理のはずだったからだ。


「氏治さま、明智さま。そちらは、お任せしましたよ」

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