第97話 雨は突然に……
ポツリ、ポツリ
ちょっとした広場でりんご飴を食べていれば、雨は突然に降り始めた。小雨ではなく、時間が経つにつれて激しい雨になっていく。
「奏太くん、雨です」
「とりあえず濡れない所に行こ」
「そうですね」
琴葉から貰ったりんご飴をしっかりと片手に握りしめ、もう片方の手で琴葉の手を握る。奏太が落としたりんご飴は勿体ないが、近くのゴミ捨て場に捨てた。
「今日は雨の予報じゃなかったはずだけどな」
「天気ばかりは的中出来ないので仕方ないです」
「これが続くようだったら祭りは中止かもな」
「それは寂しいですね」
そう会話する間にも、雨は降り続ける。走って雨宿りをする場所を探すが、今は祭りの最中、当然近くの雨宿り出来そうな場所には先客がいた。
なるべく空いてそうな場所に行くも、奏太達はここの地元ではないのでどうしても出遅れてしまう。そうすればどんどん近隣の場所は埋まっていき、遠くだけが残った。
拓哉達と連絡する間もなく進み続ければ、祭りのあった場所からは、かなり離れた公園に着いた。
「ここなら大丈夫だな」
「そうですね」
公園の屋根付きのベンチに座って、一息つく。ここの公園に来るくらいなら、距離的には旅館に戻った方が良かったかもしれない。しかし、咄嗟の事だったので上手く対応出来ないのは仕方なかった。
携帯の電源はあるので、旅館名を調べて道を辿れば、なんとか帰り着く事は出来る。それも雨が止んだらの話だが。
ひとまず濡れない場所についたので、拓哉に連絡をした。
『よく分からない公園に来た』
そう送れば、返信はすぐに返ってくる。
『俺らが傘持って迎えに行くから、そこで待っとけ』
そんな頼りになる返事が返ってくれば、奏太はホッと安心した。その返信を確認した後に、また一文送られてくる。
『俺らも場所分かんないから時間かかるかも』
『いや、来てくれるだけで助かる』
『ま、なるべく早く向かうわ』
拓哉とそんなやり取りをして、画面を閉じた。何にせよ最悪の事態は避けれそうなので良かった。拓哉にはまたお世話になったので、今度恩返しでもしなければならない。
濡れた浴衣に傷つかないように、軽く絞る。浴衣は雨をかなり吸ってらしく、それなりの量の水が出てきた。
「……へくちっ!」
奏太が色々と考え事や行動をしていれば、隣からはくしゃみをする声が聞こえて来る。
雨に濡れて寒いのか、琴葉は小刻みに手を震わせていた。奏太も琴葉も公園に来るまでにかなり濡れたので、琴葉が凍えてしまうのも納得だった。
いくら夏とはいえ夜は冷える。おまけにびしょびしょとなれば、体も冷えてしまうだろう。琴葉なんていかにも風邪を引きそうな体をしているので、今すぐにでもお風呂に入れてあげたい衝動に駆られる。
「寒いか?」
「はい、少し」
隣に座っている琴葉に目を向ければ、こんな状況すらも自らの物にしていた。水も滴る良い女とはこの事なのかと、身を持って実感した。
「琴葉、手貸して」
「手ですか?」
奏太が言えば、琴葉は何の心配もする事なく、すんなりと手を出す。琴葉が出してくれた手を、奏太はここに来た時同様、優しく握った。
走っている時は必死で気づかなかったが、琴葉は冷たい手をしていた。その手は小さくて細く、年に似つく少女らしい手だ。
ゴツゴツしている場所なんて一切なく、柔らかくてすべすべしている。
「奏太くんの手、温かいです」
「俺も濡れたけど、割とまだあったかいかも」
「頼りになる男の子ですね」
「頼ってくれるのなら嬉しい」
奏太に手を握られながら、琴葉は小さく微笑んだ。いよいよ本格的に冷えてきたのか、寒さの表れが顔にも出ていた。
「俺脱ぐ」
「はい?」
素頓狂な事を言ったからか、琴葉は困惑の音色を出した。
「今は大丈夫かもだけど、このままだったら俺も冷えそうだから、そうなる前に脱ぐ」
「服をですか?」
「服というか浴衣だな」
「全部……?」
「何言ってんだよ。流石に上だけだ」
いくら奏太でもこんな所で裸にはなりたくない。外で上裸になるのに抵抗がないわけではないが、特に気にするような事もない。
琴葉がそれをするというなら止めるが、奏太がするなら問題はない。男性用の浴衣の上だけを脱ぐのは簡単なので、奏太はあっという間に上裸になった。
風の通りを良く感じるが、びしょ濡れの浴衣を着るよりは良いはずだ。
「私も脱ぐべき………なのでしょうか、」
「琴葉は駄目だから」
「もちろん脱ぎませんよ!?」
両手で胸の辺りを抑えた琴葉は、声を上げる。そんな素振りからも分かるのだが、琴葉はやはり震えていた。
本当はかなり寒いのかもしれない。上から下まで全て濡れた服が体に密着しているのだから、時間が経つにつれて体温が下がるのは当たり前だ。
「……でも、少しくらい絞る」
「すみません、お借りしてたのに」
「気にしなくていいよ。急に降った雨が悪い」
これに関しては誰のせいでもない。天気の変化なんて人知を越えた何かじゃないと当たる事なんて不可能に近いのだから。
「さっそく絞りたいんだけど、浴衣緩めてもらえるか?」
「………脱げば良いのですか?」
「違うそうじゃない。帯とかをちょっと緩めて欲しいんだ」
「あ、絞りやすくするためですね」
奏太はベンチに座った琴葉の後ろに回る。前の方は奏太がやったら色々とやばい事になるだろう。夜の公園で浴衣を緩めた、なんて誰かに見られたら、どんな噂が流れるか予想もつかない。
なによりも、前と後ろを同時にやった方が時間的にも効率が良い。少しでも良い状態で凄いて欲しいので、奏太はスタンバイした。
「あの、浴衣緩めますね……」
琴葉の声と同時に、しゅるりと衣擦れの音が聞こえ始める。後ろからでは前にどんな光景が広がってるのか分からないが、見えない分余計感じる物があった。
琴葉の肌を離さまいとピッタリくっつく生地を、優しく触れる。その生地をゆっくりと引っ張れば、水を吸い取った浴衣が琴葉の肌から離れていく。
「あ、」
くっついた部分を絞っては戻して、絞っては戻して、と同じ動作を繰り返しているうちに、つい油断してしまった。
ゆっくりと引っ張っていた浴衣を、力加減を間違えて強く引いてしまった。まだ着ている浴衣の多くが肌に密着しているので、途中でひっついて止まるかと思ったが、そんな事はなかった。
どんどん引っ張っていき、それは止まる事を知らない。あまりの引っ張り具合に体制を崩してしまえば、琴葉の着ていた浴衣はさらなる強さで引っ張られる。
崩れた体制を戻した直後に琴葉に目を向ければ、浴衣は奏太と同じように腰の辺りまでしかなかった。
「………奏太くんのえっち」
奏太の目に映ったのは、辺り一面真っ白な壁に水色の線が入った琴葉の背中だった。
-----あとがき-----
・花火シーンを見たかった方はごめんなさい。ついこちらのシーンを思いついてしまって……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます